第34話 最終決戦 ニ
「今ならまだ、我の仲間になることを許してやるぞ」
「ふん、そんなものに屈しはしない」
繻樂はそう言いながら、ゆっくりと立ち上がり始めた。
動く度、傷口が開き、血が滲んだ。
「まだ抗うか」
「当たり前ですよ。繻樂様が、貴方となんか、共に行く筈がない」
綜縺は男に短剣を振り回し言った。
男はふいの襲撃にも関わらず、軽々と避けていた。
しかし、最後の一振りだけ、男の頬を掠めた。
少しだけ傷ができ、血が垂れた。
「少し掠めただけですか」
綜縺はチッと舌打ちをした。
「貴様、何故呪いの女が我に屈しないと言い切れる?」
「それは、繻樂様は何と言われ、罵られようとも、この国が好きだからです!愛しているからです!そんなお方が、この国を滅ぼす事に、力を貸すと思いますか!?」
綜縺は男の問いに叫んで答えた。
「綜縺…」
繻樂に笑顔が現れた。
「はっ、愛するだと?馬鹿らしい。こんな腐った階級のある国の、どこを愛せるのだ!?」
男は怒りを露わにした。
「階級制度ですか。それは我もおかしいと思います。ですが、だからと言って、国を滅ぼすのは間違っています!」
「間違ってなどいない!我がこの国を滅ぼし、新たな国を創り上げるのだ!」
男は叫んだ。
「扇七分咲、水舞」
繻樂は男に水をぶち撒けた。
「これで少しは目が覚めたか?」
繻樂は蔑む様な目で言った。
「なんだと!」
「確かにこの国の階級制度はおかしい。けれどそれを、国を滅ぼして作り変えるなんてやり方、間違ってる!」
繻樂は痛みも忘れ叫んだ。
「ならどうしろと!」
「我が作り変える。階級制度、身分制度の廃止だ。前途多難だろうが、我はやり遂げる!」
繻樂は強い眼差しを瞳に写し言い切った。
「ふん、そんな事、出来る訳が…」
男は嘲笑った。
「そう思っているから、出来ないのだろう?現に今、出来ていない」
繻樂は冷静に呟いた。
「妖怪も操れず、力も弱いお前に何が出来る?」
男は狂った目で、繻樂に問い掛ける。
「それは今、お前も同じだろう。だが我には仲間がいる。皆がいる。理解者を少しずつ増やしていけば出来ない目標じゃない」
繻樂はその問い掛けに冷静に答える。
「戯言だな」
男は嘲笑った。
「お前こそ、心改め、我等と国を作り直さないか?」
繻樂はまだ男に希望を込めていた。
「ふん、そんなこと、死んでも御免だ」
男はふいっとそっぽを向いた。
「なら、仕方ないな」
繻樂は目を伏せると舞い始めた。
「扇八分咲き、薔薇舞!」
「!」
男はそっぽを向いていて、反応が遅れ、薔薇に片足が捕まってしまった。
その薔薇は、皐が以前、砂姫に捕まった時と同じ物。
薔薇は見る見る内に、男の身体中に巻き付いた。
男は抵抗しなかった。
抗えば、自分を殺す事になる事を知っていたからだ。
「我を殺すか」
男は静かな声で聞いた。
「ああ」
「それは、この国の反逆者だからか?お前の意見に賛同しないからか?そうやって、これからお前は、お前の思い通りにならない奴等を殺して行くのだろう?」
「違う。殺しなどしない。ちゃんと説得する」
繻樂は強い眼差しで否定した。
「どうだかな。我を殺すのはお前のエゴだろう?」
「違う!」
繻樂は叫んだ。
「じゃあなんだって言うんだ?我を殺す理由は!?」
「妖術師だから…」
繻樂は小さく答えた。
「ふ、それはこじつけだな。結局お前も罪人よ」
男は愚かだと言いたげな顔をしながら言った。
「そうかもな。命令と命令じゃない殺しで全てが変わってくる。正直、何が正答か、我にも分からない。けど、そこで悩んで、決断出来なければ、この国は変えられない」
繻樂は段々と俯き声も小さくなったが、最後には強い意志を持って、男の問いにはっきりと答えた。
「そうか、いつか苦しむだろう。命令とは何か、殺しとは何か。お前のしていること、全てが殺しに繋がって…」
男が話している途中に、綜縺が短剣を男の腹に突き刺した。
「いる…とな…」
男は言葉を漏らした。
その瞬間、繻樂は悲しげな顔をしながら、手に力を入れ、薔薇を締め上げた。
薔薇はしまり、隙間から血が飛び散った。
少しして綜縺は男から短剣をゆっくりと引き抜いた。
「すみません。何故かどうしても繻樂様にはこの人を殺して欲しくなくて、身体が勝手に…」
綜縺は苦笑いを浮かべて言った。
「良い。なんか、こっちも、…ありがとう」
繻樂は少し照れながら笑顔を見せた。
綜縺の鼓動は高鳴った。
「さて、妖怪達も片付いたみたいだな。後は刀馬様に任せよう。我の言葉より、刀馬様のお言葉の方が届くだろう」
繻樂が周りを見て、安堵しながら言った。少し寂しさを滲ませていた。自分の言葉が、今の大臣達に届かないと認識していたからだ。
そして、あの男の嫌な言葉達が蘇るからだった。
「今しがた、国を変えると大口叩いた者が、随分弱気だなぁ」
ガハハッと笑い声が聞こえてきそうな声が、繻樂と綜縺に近付いて来た。
「刀馬様!」
繻樂は驚き、声を上げた。
「国を変えたいのなら、今の大臣達を唸らせよ。説得せよ。それが出来ぬようでは、お前の望みは叶わんぞ」
刀馬は、繻樂にキツイ口調で言った。
「これが第一歩、ですか」
繻樂はゴクリと息を呑んだ。
「ああ。我も出来る限りの事はしよう」
刀馬は少し微笑んだ。
「はい」
繻樂は強く返事をした。
その時、妖怪を倒し終えた皆が、繻樂の元に集まった。
「主ー!」
嵐は急いで駆けてやって来た。
「主、大丈夫か!?」
嵐は繻樂のボロボロの有り様を見て、ひどく心配した。
「ああ、平気だよ」
繻樂はそう言ったが、すぐにふらつき、嵐にもたれた。
「大丈夫じゃないじゃないか!早く我の背に」
嵐は慌てて繻樂を自分の背に促す。
「ありがとう」
繻樂は嵐の背に乗り、癒しを受けた。
「皐さん、ありがとうございました。上手くいったんですね」
綜縺が皐に近付き、礼を言った。
「はい、あの後砂まで細かくして土に埋めました。」
皐は、泥まみれになった姿で答え、笑顔を見せた。
「強くなりましたね、皐」
隣にいた園蛇が微笑んで皐に言った。
「えっ!ほ、本当ですか?あ、ありがとうございます」
皐は頬を赤らめ、少し慌ただしく答えた。
「さあ、皆、我について来て欲しい。この政府内の建て直しや大臣達の説得に協力してくれ」
繻樂は嵐の背に乗りながら、皆に言った。
「はい!」
妖怪との戦闘で疲れているにも関わらず、皆元気に返事をした。
その後、繻樂達は大臣達の元へ行き、妖術師、殲滅を伝えた。
そして、怪我人を繻樂、綜縺、嵐が治し、建物の修復には、園蛇、皐、颯月が付き添った。
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