第33話 最終決戦 一

「貴様、何をする!」

男は綜縺の胸倉を掴み持ち上げた。

綜縺は首が締まり、苦しそうにした。

「待てっ!」

そこに、少し息を切らしながら、繻樂がやって来た。

「しゅ、らく、様…」

綜縺は苦しみながら言った。

「綜縺を離せ」

繻樂は残った一本の刀を抜刀しながら言った。

「お前か…」

男は綜縺を掴んでいた手を離し、繻樂の方へ振り返った。

綜縺は尻もちを付き、地面に落ちた。少し苦しそうにむせていた。

繻樂は何も言わず、男に斬り掛かった。

男はひらりと軽く宙を舞ってかわし、繻樂の後ろに立った。

繻樂はすぐに振り返り、刀を振るう。それは軽々と男に避けられる。

まるで繻樂の攻撃を見抜いている様に。


(攻撃が荒い。繻樂様は一体何を焦って…)

綜縺は繻樂の攻撃を見て思った。攻撃が荒々しい。避けられて当然だった。

(なんとかしないと…)

綜縺は立ち上がり弓と矢、それに呪符を持った。

綜縺は呪符を矢の刃先に刺し、弓を引き絞った。

狙いは妖術師の男だった。

「矢よ、増えろ、そして燃えよ」

綜縺は小声で呟いた。

そして勢いよく右手を離し、矢を放った。

矢は男に向かいながら数を増やし、男の元へ辿り着いた頃に燃え始めた。

男と繻樂は戦いながら、その放たれた矢に気付き、素早く避けた。

「繻樂様!こちらは大丈夫です!どうか焦らずに!」

綜縺は大声で繻樂に叫んだ。

「邪魔だな」

男はそう呟くと、綜縺に向かって行った。

「綜縺!」

繻樂は思わず叫んだ。

「大丈夫です!繻樂様は繻樂様!落ち着いて下さい!」

綜縺は矢に風を纏わせ男に放ち、攻撃をしながら、叫んだ。

「落ち着く…」

繻樂は綜縺の言葉に耳を傾け、考えた。


その間、男と綜縺は、刀と鉄の矢で交戦していた。

「弓士階級のくせによくやるな。しかも鉄の矢か」

男は刀と鉄の矢を交えながら言った。

「ありがとうございます。でも我は職人、弓士階級ですよっ!」

綜縺はそう言いながら、刀を薙ぎ払った。

「ほう、職人。まさか禁忌を犯していたとはな」

男は綜縺と間をあけて言った。

職人は武器を作れても、それを使う事は禁止されている。

認められているのは、護身用の短剣ぐらいだった。

「我はこの世界の階級に屈したく無いのでね」

綜縺はニッと笑った。


(落ち着け…落ち着け。我は何を焦っている?)

繻樂は俯き、少し震えながら考えた。

あの時、刀馬の元では大丈夫だった筈なのに、再び戦場へ来て、冷静さを失っていた。

(大丈夫、大丈夫…焦るな。…皆がいる。そう、今なら一人じゃ無い。仲間がいる。大丈夫だ…気を強く持て!)

繻樂は心の中で自分自身に喝を入れた。

そして、決心したかの様に前を向き、刀を鞘にしまい、胸元から扇を取り出した。

扇はあの弦郎から受け継いだ扇だった。

(弥八様、弦郎様、刀馬様、皆…我に力を貸して…)

繻樂は胸元に扇を当て、両手で包み込みながら願った。

そして繻樂はその場で一人、静かに舞い始めた。

静かな舞は足音立てず、洗練された動きに、風に舞う姿。それは美しく何かの調を奏でているかの様だった。

「扇術式、二十八、大連癒し」

繻樂は舞い終わると扇を下から上へと振り上げた。

すると、戦場一体に金色(こんじき)に輝く光の粒が降り注いだ。

その粒は傷を負った大臣や役人達に癒しを与え、傷を治していった。

大臣や役人達は驚いていた。

有り難いと喜ぶ兵士もいた。

繻樂は既に次の舞へ移っていた。

さっきとは違い、洗練されてはいるが、怒りが混じる様な荒々しさを表現した舞だった。

「扇術式、二十九、大連呪縛!」

繻樂はそう叫ぶと、扇を左から右へ横に振った。

すると今度は、妖怪達に鎖の様なものが絡み付き、動きを抑えた。

「今です!皆様!攻撃を!」

大臣達は驚くばかりで、戸惑っていたが、園蛇の一声にハッとなり、再び攻撃を始めた。


「やってくれるな、風間繻樂」

男はキツい目付きで繻樂を睨み、綜縺に背を向けた。

綜縺は背を向けた男に大量の矢を放った。

それを男は宙に飛び上がり、あっさりと避けた。

そして、避けた先には繻樂がいた。

矢は繻樂に向かって行く。

繻樂は矢に見向きもせず、風の様に舞っていた。

「扇術式、九、風舞」

繻樂は扇を下から上に振り上げ、風を放った。

すると矢は繻樂の目前で向きを変え、再び男に向かって行った。

「風舞で追尾させるか」

男は刀で矢を薙ぎ払いながら、言った。

「矢よ、雷電」

綜縺は冷静に言いながら、矢を放つ。

矢は雷を纏っていた。

「ふん、懲りずに何度も同じ技を。学習しないな」

男は刀を一振りし、矢を軽く薙ぎ払う。

男に矢の攻撃は無駄だった。

「馬鹿なんでね」

綜縺は弓をしまい、短剣と鉄の矢を持って、男に斬り掛かった。

「そうか。確かに馬鹿だ。こんな程度のもので向かって来るぐらいだ」

男と綜縺は激しくやり合った。

その時、繻樂の声が聞こえた。

「扇術式、十二、雷電!」

綜縺は素早く身を引いた。

男もすぐに気が付き、後ろへと飛び退いた。

二人がいた場所には激しい雷が落ちた。

「二対一か」

「分が悪い、と言いたげですね」

繻樂が男を睨んで言った。

(これが本来の繻樂様の力…)

綜縺は繻樂の力を実感し、驚いていた。

先程繰り出した、大連癒しで、皆を回復させたかと思えば、大連呪縛で妖怪達を捕縛し、それを今も戦いながら維持している。

その中で、男に強い攻撃を繰り出している。

一撃、一撃の舞いは短いが、何度も連続で舞っていれば、疲れるのは当たり前だ。

しかし繻樂は、全く疲れていない様だった。

「いや、楽しい限りだよ!」

男は抑えていたらしい力を解放させた。

すると男の力の余波は妖怪達へ届いた。

男の力で、妖怪達に付いていた呪縛は消滅した。

「ああああぁぁぁぁ!!!!!」

瞬間、繻樂が叫び声をあげた。

繻樂の全身から、切り裂かれた様に、血飛沫があがった。

呪縛という技は、破られると術者に反動が返ってくるものだった。

繻樂は呪縛の反動を受け、地面にうつ伏せで倒れ込んだ。

「繻樂様!」

綜縺が遠くから叫んだ。

間に男がいて、繻樂に近づけなかったのだ。

「だいじょ…うぶだ…これくらい…」

繻樂は口から血を吐きながら、頭だけを持ち上げて言った。

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