第32話 それぞれの強さ
皐は妖怪に向かって行き、短剣で妖怪を斬りつけた。
妖怪が怯んだところに、すかさず呪符を取り出し「薬術八式、感染!」と叫び、傷口に呪符を飛ばし、貼り付けた。
妖怪は叫び、倒れ込み死んでいった。
「大丈夫ですか!?」
皐は、襲われていた役人に声を掛けた。
「あ、ああ、ありがとう。助かったよ」
役人は礼を言うと、また戦いに参戦して行った。
皐が振り返ると妖怪達が集まってきていた。
数にしておよそ10体。
皐はゴクリと唾を飲み込んだ。
「やあー!」
皐は声をあげ、次々に短剣で妖怪達を斬りつけた。
斬りつけるだけでなく、心臓を突き刺すなど、様々な攻撃を仕掛けた。
そして皐は呪符を五枚取り出した。
以前なら自信がなく、絶対にやらないことだった。
けれど、今なら自信がある。
皐は一呼吸置いて、唱え始めた。
「薬術四式、蛇毒、薬術五式、焔、薬術八式、感染、薬術九式、破肉、薬術十式、破骨」
皐は冷静に読み上げた。
それを一斉に妖怪へと投げ放った。
一枚一枚の呪符は、狙い通りの所に行ったり、行かなかったりしたが、次々と妖怪を倒していった。
皐は肩で息をし、息切れをしていた。まだまだ完全にコントロールするのは、皐には荷が重かった。
それを見ていた園蛇は少し驚いた顔をしたが、すぐに笑顔になった。
(成長しましたね。皐)
颯月は、槍で妖怪と対峙していた。
華麗に槍を振り、妖怪に傷を与えていった。
しかし、槍では殺傷能力に欠け、数回斬り付けてやっと倒していた。
「おい、お前、農業階級だろう。下がっておれ」
一人の大臣が颯月に見下す様に言った。
農業階級では、呪符が使えず、不利だからだ。
「(チッ、どいつもこいつも舐めがって)大丈夫です。戦えます」
颯月は心の中で舌打ちをしながら、大臣に丁寧に答えた。
颯月はそう言うと、果敢に妖怪に向かって行った。
しかし、一体倒すのに時間が掛かり、体力も消耗してしまう。効率が悪かった。
(くそっ、やっぱり使うしかないのか、琥雅。禁忌なのに)
颯月の頭に呪符と琥雅が過った。
そして、槍をしっかりと握り返し、心の中で意を決した。
颯月の一大決心だった。
「くそっ!琥雅!今こそ我に力を!禁忌を犯せ!」
颯月はそう叫ぶと、呪符を取り出した。
周りにいた大臣達は驚き、騒めきが走った。
颯月は呪符を槍の先端に刺し、深く息を吸った。
「呪符よ、雷を纏え!」
颯月がそう叫ぶと、呪符は雷を帯びた。颯月はその槍を妖怪に向け、斬り刻んでいった。
「なんと、農業階級の庶民が呪符を使った…」
大臣達は呆気に取られていた。
颯月はそんな事は気にも止めずに、次々と妖怪達を倒していった。
繻樂は、最後の妖術師と対峙していた。
繻樂の顔は悲しみと怒りが混じり、強張った顔をしていた。
そして、霞の赤い血が乾き、赤黒い線が頬に描かれていた。
「どうした?顔が強張っているぞ」
男は嘲笑いながら言った。
繻樂はその挑発的な言葉に、少し乗ってしまった。
繻樂は男に向かって走って行き、刀を振り回した。
連続で攻撃するも、全て男は刀一本で余裕で受け止めていく。まるで攻撃が読まれている様だった。
繻樂は恐ろしい程の形相で、怒りを露わにしていた。
そんな乱れた攻撃では、読まれて当然。避けられるのは当たり前だった。
ずっと防戦一方だった男は、大きく一振り繻樂に攻撃を仕掛けた。
繻樂は咄嗟に刀でガードした。
男の攻撃には力強さがあり、一つの攻撃が重かった。
繻樂は顔をしかめながらも、耐えた。
しかし、男の攻撃が当たった瞬間、刀は半分に折れ、刃先は繻樂の後ろに吹き飛んでいった。
「…っ!刀がっ」
繻樂に衝撃が走った。
まさか刀が折れるとは思っていなかったのだ。
繻樂が愕然としていると、男は容赦なく刀を振り下ろしてきた。
繻樂に避ける余裕は無かった。
その時、黒い大きな影が繻樂を包み、男から遠のいた。
そして男の前に牽制するかの様に矢が一本飛んできた。
「大丈夫か、繻樂」
繻樂を抱き締めたまま、その人は優しく言った。
「刀…馬様」
繻樂は暖かい腕の中、刀馬を見つめて言った。
刀馬は綜縺に助けられ、今この場に来た所だったのだ。
あの矢の牽制は、綜縺によるものだった。
綜縺は繻樂を助けた後、園蛇達の方へこっそり向かって行った。
「皐さん、皐さん」
綜縺は男に気付かれないよう小声で、皐を呼んだ。
「?あの、何をされて…?」
綜縺の目の前には壺と壺の中に財宝が入っていた。
皐は疑問を持ちながらも、走って綜縺に近付いた。
「これは!あの村の」
皐は近くに来て初めて壺を認識し、驚いた。
それは誰かに奪われた壺が目の前にあったからだ。
「これは妖術師の道具です。早く壊して下さい。彼の力も半減するでしょう」
綜縺は早口に説明した。
「でも、どうやって…」
皐は戸惑った。
「感染で脆くして、破骨で衝撃を与えればきっと」
「でも、こんな量、感染で脆くするなんて時間が…」
皐は困惑した。
「時間は我が稼ぎます。皐さんはそれに専念して下さい」
綜縺は半ば無理矢理、皐に壺を差し出す。
「…分かりました」
まだ不安はあるが、皐を意を決し、壺を受け取った。
「おい、何をしている?」
「!!!」
その時、突然妖術師の男の声が聞こえ、綜縺と皐は心臓が飛び出る程驚いた。
「皐さん、早く遠くに!」
綜縺は皐の背を押した。
「えっ、でもっ…」
皐は押し出されながら、困惑した。
この状況下で、綜縺一人を置いて行けなかった。
「早くっ!」
綜縺は鬼の形相で叫んだ。切羽詰まっていたのだ。
「は、はいっ!」
皐はそんな綜縺に圧倒され、慌てて半分コケそうになりながら、綜縺に背を向けて走り出した。
「貴様、何をする!」
男は綜縺の胸倉を掴み持ち上げた。
綜縺は首が締まり、苦しそうにした。
皐は走り走り走り、遠くへ来た。
「ここなら…」
そこは皆から遠く、妖怪もいない場所だった。
皐は壺を逆さにし、財宝を全て出した。
そしてまず、少しだけ壺の中に財宝を入れた。そしてその財宝の上に感染の呪符を貼り、その上にまた少し財宝を入れた。そして呪符を貼る。それを四回繰り返し、最後に財宝の一番上にも感染の呪符を貼った。
(早く、早く、早く…)
皐は財宝に感染の力が行き渡るのを、ただただ待つしかなく、酷く焦っていた。
数分後、皐はもういいだろうと、一枚の呪符を取り出した。
「薬術十式、破骨!」
皐は唱えると、財宝の一番上に貼った感染の呪符を縦に貼ったのに対して、横向きに貼った。
するとパリンッ!パリンッ!と壺の中で音を立て、どんどん財宝が壊れていく音がした。
皐は待っている時間の間に、拾って来た太めの木の棒を使い、壺の中の粗く壊れた財宝を潰していった。
暫く潰し続けると粉々になった。
そして今度は壺に五ヶ所、破骨の呪符を貼り付け、破壊した。
壊れた壺を集めると、また破骨を使い破壊した。
そしてさっきの太めの木の棒で粉々に潰した。
「出来たっ…!」
皐は汗だくになりながら、粉々になった壺と財宝を見て言った。
そこまでの作業に何分掛かったか分からないが、長い時を掛けていた。
「刀馬様、ご無事で」
繻樂は抱かれたまま震える声で言った。
「今ぐらい、じいでいい!もう無理をするな、繻樂」
刀馬は繻樂をぎゅっと抱き締めた。
「お爺…様、我、我…」
繻樂は折れた刀を地面に落とし、刀馬の、胸の中で泣いた。
「今まで良く頑張ったな、もう良い。後はじいに任せなさい」
刀馬は泣く繻樂の頭を撫で、短い髪を優しく触り、眺めた。
繻樂が髪を切った時の事を思い出していたのだ。
「刀馬様、ありがとうございます。でも、もう大丈夫です」
繻樂が涙を拭きながら言った。
「しかしな、繻樂、そなたは頑張った。もう良い」
刀馬は抱き締めるのを止め、繻樂の肩を掴んで言った。
「いいえ、まだ戦いは終わっていません。それに今は感傷に浸っている暇は無いのです」
繻樂は首を横に振って答えた。
「我は戦います。お爺様のお陰で冷静さを取り戻せました。今なら…」
繻樂は続けて刀馬に言った。
刀馬はその強い眼差しに負けた。
「分かった。行くのだな」
「はい」
「無理はするなよ」
刀馬は心配そうに言った。
「はい、お爺様」
繻樂はニコッと可愛い笑顔を見せた。
刀馬の脳裏には笑顔で笑う、幼い頃の繻樂が蘇り、はっとなった。
繻樂は一瞬で真剣な顔に戻り、妖術師の男の元へ向かった。
刀馬がはっと気付いた時には、繻樂はもう遠くにいた。
「やっと、笑える様になったのか、繻樂。この旅は良いものだったのだな。良い仲間達に出会えたのだな」
刀馬は、走り去る繻樂の姿を見ながら微笑んだ。
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