第31話 霞

皆は、二部屋目も同じ様に、役人や大臣を助け出し、刀馬の元へ向かっていた。

その途中、皆が合流した時、二人の妖術師が現れた。

「そんなに暴れていいのかなぁ?」

妖術師の男の子がとある方向を見て言った。

皆がその方向を見ると、宙に吊るされ、惨殺された男女の遺体がぶら下がっていた。

それは、役人達が抵抗しない様にと、見せしめに殺されたものだった。

「お父様!お母様!」

繻樂は驚き、声をあげた。

惨殺されていても分かった。自分の両親だと。

皆に驚きが走った。

「大人しくしないと皆、ああなっちゃうよ?」

男の子がニッと笑って言った。

「大丈夫ですか?繻樂様」

綜縺が繻樂の身を案じた。実の親を殺されたのだ。平気ではいられまい。

「ああ…大丈、夫だ…」

繻樂は激しい動悸に見舞われた。

「繻樂様?」

その異変に綜縺が心配そうに聞く。

繻樂はその場に両膝を付いて、胸に手を当て俯いた。

「繻樂!」

嵐が慌てて近付いた。

「繻樂様、お気を確かに。お気持ちは分かりますが…」

「違うんだ、綜縺…」

繻樂は震え、息を切らしながら言った。

「え?」

綜縺は思わず聞き返した。

繻樂は綜縺の両腕にしがみ付いて、震えながら言った。

「親が殺されたのに、涙が出ないんだ…殺されてるのに、良かったと思っている我がいるんだ…」

無理もないだろう。あれだけ虐げられ、無下にされてきたのだ。その親に愛情など持てまい。

「大丈夫ですよ、繻樂様。繻樂様の心は間違っていません。そう思うのも仕方のない事なのですよ」

綜縺はそう言いながら、繻樂の背をさすりながら言い、優しく抱き締めた。

「綜縺…」

繻樂は回された腕をきゅっと掴み、眼を瞑った。

「酷過ぎる」

皐はあまりの惨殺さに顔を青ざめて言った。

「そうです。これが妖術師なんですよ」

二人の妖術師の間から現れたのは、霞だった。

「霞!お前どうゆうつもりだ!」

嵐が叫んだ。

「どうもこうも、こうゆう事ですよ!」

霞はそう言いながら妖術師の男の子の背後に行き、背後から小刀で左の首筋を勢い良く斬りつけた。

斬りつけられた男の子は、首から血しぶきを流し、驚いた顔をして、前に倒れていった。

「霞、お前…」

嵐は呆気に取られた。

そして霞は、倒れた男の子を足で蹴って仰向けにし、懐に手を入れた。

そして小瓶を取り出した。それは繻樂の力が入った小瓶だった。

「おいっ!何をする!霞!この裏切り者め!」

もう一人の妖術師が怒って言った。

「裏切るも何も、最初から貴方についた覚えはありません。我は両親を貴方達に殺されている。そんな人達の側につくとお思いで?」

霞は嘲笑うかの様な顔をして言った。

「霞様…」

繻樂が霞を見て呟いた。

知らなかったのだ。霞の両親が妖術師に殺されている事を。

綜縺はそっと繻樂から離れた。

「繻樂様、力、少しはお戻りではないですか?」

霞は繻樂に尋ねた。

「あ、ああ、不思議と…」

繻樂は戸惑いながら答えた。

「それは我がこの小瓶に少しずつ力が漏れ出す様に細工をした為」

霞は小瓶の栓に手を掛けながら言った。

「なんだと!?それを返せ、霞!」

妖術師の男が刀を突き向けながら、霞に突っ込んできた。

「受け取りなさい、繻樂!貴女の力ですっ!」

霞はそう言うと、小瓶の栓を抜き地面に叩きつけ、割った。

すると中に入っていた繻樂の力は、自然と繻樂の元へ行き、繻樂の身体に吸収されていった。

(これが我の本当の力…)

繻樂はみなぎる力に驚いた。

そして小瓶が割れると同時に、ブスッと刺さる音が聞こえた。

妖術師の男が、霞の横から横腹を刺していたのだ。

「カハッ!」

霞は口から血を吐いた。

妖術師の男は刀を引き抜いた。

霞は前のめりに倒れ込んだ。

「霞様っ!」

繻樂は慌てて立ち上がり、霞に駆け寄った。

「霞様、霞様」

繻樂は霞の頭を自分の膝に乗せた。

皆も慌てて近寄った。

「扇無分咲、守備!」

繻樂は皆を結界で取り囲んだ。

綜縺は急いで手当てを始めた。

「医術一式、診察」

綜縺は呪符を使い、霞の身体の中を見た。

横から刺されたにしては酷過ぎる傷。

回りの内臓が斬り刻まれていた。

「どうだ、綜縺」

嵐は診察の時間がもどかしく、焦って聞いた。

「内臓が斬り刻まれています。傷口を閉じても意味ないでしょう。それにこれだけ斬り刻まれていては、接合のしようがありません」

綜縺は診察の結果を述べた。

「そんな、霞様…」

繻樂は霞の頰を撫でた。

「大方…刀に、かまいたちを…纏わせて、いたのでしょう…」

霞が苦し紛れに言った。

「霞様、喋らないで、傷が」

繻樂が、目を潤ませながら制した。

「ふっ、どうせもう我は長くはない。皆、すまなかった、ありがとう」

霞は目を閉じ、肩で息をしながら言った。

「霞、もしかして、土嵐で我々をバラバラにしたり、役人を助ける時に武器をくれたりしたのは全部、霞の策略か?」

嵐が驚いた様に聞いた。

「ええ、そうですよ…力は分散されますが、各々一人ずつ…殺した方が、妖術師と対峙するには…丁度良い。一人一人が、倒してくれるかは…賭け…でしたけどね…」

霞は苦しそうに嵐の問いに答えた。

「妖術師に取り繕う為、わざと妖術師に…繻樂を襲わせ、力を奪わせました…すみません」

霞は続けてそう言った。

「そんな、霞様、我は全然…」

繻樂は顏を横に振った。今にも泣きそうだった。

もう誰にも死んで欲しくない。

繻樂の脳裏に焼き付いた言葉だった。

妖術師の男は、繻樂の強力な結界に、近付く事が出来なかった。

霞の腹からは暖かい血がどんどん出てくる。その血は徐々に繻樂の着物を赤く染めていった。

「ありがとう、繻樂…我は、幸せ者ですね…最後に、貴女に膝枕を…して、貰えるなんて…」

霞は苦しそうだが、嬉しそうな顔をした。

「霞様!」

繻樂は叫んだ。

同時に、霞の顔に涙が二粒零れ落ちた。

「泣かないで…下さい、繻樂。我は貴女に、出会えて良かった」

霞は言いながら、繻樂の頰に血の付いた手を伸ばした。

そして優しく触れると、霞は微笑んだ。

「貴女の事が…好き、でした…。最後に、…伝えられて…本望、です」

そう言うと、霞の手はそっと繻樂の頰を伝う様に、離れていった。

繻樂の頬には、赤い霞の指先の血が、線になって描かれた。

繻樂はその手を、驚きながら両手で包み込む様に握った。しかし、力無い腕は重たく、段々と下へ下がっていった。

繻樂は知らなかった。霞が好意を持っていた事に。

繻樂に動揺が走った。

「霞様?霞様!」

繻樂は霞の手を地面に付け片手で握り、もう片方の血の付いた手で、霞の頰を何度も何度も撫でた。霞の頬は、繻樂の手に付いた血が移り、霞んだ線を付けていた。

嘘だと信じたかった。その温かい温もりに。

しかし、その場にいた全員が分かっていた。

霞が死んだと。

繻樂はボロボロと涙を流した。その涙は全部霞の顔に零れ落ちた。

繻樂は何度も霞の名を呼び、頰を触り、手を握った。

その度に、霞の頬に付いた血は、繻樂の涙で洗い流される様に、どんどん霞んでいった。

「嫌だ、嫌だよ、霞様。死なないで」

繻樂の悲しい命乞いが響いた。

「霞様ぁー!」

繻樂は身体を丸め、霞の顏に近付き、涙を流しながら叫んだ。

霞の顔はひどく穏やかだった。


繻樂は泣くのを無理矢理早々に止め、霞を膝から下ろし、立ち上がった。

着物の袖で涙を拭い、歯を食いしばった。

今ここで泣き崩れている暇は無かったのだ。

まさに、感情に浸るには早過ぎると言うものだった。

「皆、いくぞ。あの妖術師を倒す」

繻樂は妖術師を睨み付けて言った。

皆は一斉に返事をした。

「繻樂様、妖怪達が…」

綜縺が周りを見て言った。

役人や大臣達だけでは追い付かない程の量の妖怪がいた。

「ああ、皆は妖怪を倒してくれ。あれは我が片付ける」

繻樂は刀を一本抜刀した。

「主一人で大丈夫か?」

嵐が心配そうに聞いた。

「力が戻った今なら大丈夫だろう。それにヤバくなったら皆がいるしな」

繻樂が冗談混じりに言った。

「全く、主は」

嵐はふっと笑った。

「仕方ない人ですね、一人で突っ込むくせに」

園蛇が軽く笑った。

一瞬にして皆の緊張がほぐれた。

「繻樂様、我は刀馬様を助けに行きます」

綜縺は言った。

「ああ、頼む」

繻樂はそう言うと結界を解いた。

「行くぞ!」

「はい(おお)」

繻樂の号令に、皆んなは各自散って行った。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る