第28話 雅 二

「颯月さん…戻りましょう?」

皐が、動かない颯月を心配しながら言った。

「一つ言いますが、貴方の敵は、繻樂様ではありませんよ?雅さんをこんなにしたのは、妖術師です」

園蛇が忠告する様に颯月に言った。

「ああ、分かっている。でも殺したのは繻樂だ。我は許せない」

颯月は立ち上がり、拳を握り締めながら言った。

「そうですか。我なら、”救ってくれてありがとう”と言いますがね」

園蛇は自分の意見を述べた。

「!」

颯月は酷く驚いた顔をした。

「あのまま妖術師に操られ、心を壊し続ける日々から解放してくださったのですから、それを分からない程馬鹿ではないでしょう?貴方は。それに、死刑もきっと残酷な方法だったでしょう。最後まで痛み、苦しみながら死ぬより、この方法の死に方の方が良かったのでは?」

「………」

颯月は園蛇の言葉を聞いて、押し黙った。

「我々も戻ります。戻るかはご自身で決めてください」

園蛇は何も言わない颯月に対し、そう言うと皐と来た道を戻って行った。


「いいんですか?」

皐が園蛇に聞いた。

「ええ、きっと、正しい道を選んでくれる筈です」

園蛇は願う様に言った。

そして二人は黙ったまま歩いて行った。

そんな中、皐はこんな事を思っていた。

(やっぱり繻樂様とは生きる世界が違うんだ。あんなに簡単に人を殺せてしまうなんて、我とは違う)


「くそっ!…分かってるよ、そんな事…」

颯月は一人悪態をつき、拳を握り締めた。

分かっていた。この方法でしか救い用がない事も、これが最善の方法である事も。

それでも、守りたかった。生きて守りたかった。出会ってからずっと、一度も守れなかった。そんな抑えられない悔しさや哀しみが颯月を襲い、誰かのせいにしなければ自分を保っていられなかった。

そして、これからの身の振り方を考えていた。

このまま一人何処かへ去るのか、繻樂達の元へ戻るのか。

颯月は一人、悩んでいた。

考える中、湧き上がるのは悔しさよりも、怒りや恨みと言った復讐心だった。

雅をこんなにしたのは、誰なのか。

双子に産まれてきて何が悪かったのか。

普通に産まれてきていたら、もっと雅は幸せだったんじゃないか。

それを考えると、色んな人への憎悪が溢れてきた。

まず、売りに出した雅の父親。

そして養父となった父親。

村の人々。

役人。

妖術師。

様々な人が思い浮かんだ。

そして残るは繻樂。

助ける為だったとは言え、中々颯月の中ではぬぐい切れない憎しみの感情があった。


颯月は雅の開いた目をそっと閉じた。

すると、ただ、眠っているかの様だった。

「くそっ…ごめんな、雅…」

颯月は雅の隣に正座し、膝の上で拳を作り、泣いた。

涙は止まらない。止まる事を知らず止めどなく溢れて来る。その涙の中に様々な感情を乗せて。


野宿の場所に颯月以外が集合した。

繻樂は嵐から降り、嵐を背もたれに座った。

先程の戦いで疲弊していた。

「さて、雅を食い止めるという目的は果たせました。明日からどうしますか?」

綜縺が一番に口を開いた。

「信じたくはないが、雅の"霞様と妖術師が手を組んでいる"が本当なら厄介だな」

繻樂が瞳に影を落として言った。信じたくなかったのだ。霞は仲間であって欲しかった。ましてや妖術師などと手を組むとは思いたくもなかった。

「これだけ情報が少ないと動けませんね」

園蛇が肩を落として言った。

「それでも、行くしかないのかもしれません」

皐が不安そうな顔をしながら言った。

「無謀ですよ、皐。これだけ情報が無いのに迂闊に敵地に乗り込んでどうするんですか?死にに行く様なものです」

すぐに園蛇の牽制が入った。

「それでも、今、苦しんでいる役人さん達がいるんですよ、助けないと」

皐は食い下がった。

「皐…」

「皐さんの言葉に乗って、一度乗り込んで見ますか?」

綜縺が少し明るめな声で言った。

「綜縺、鎮静剤が撒かれていたらどうする気だ?嵐は特に、我らだって使い物にはならんぞ」

繻樂が、襲われたあの時の事を思い出して言った。

「それは大丈夫でしょう。あんなバカでかい広さの建物全てに鎮静剤を撒くなど出来ません。出来たとしても自分達のいる小さい範囲内だけでしょう。それに、その鎮静剤をずっと使っている理由も利点もありません。だって、鎮静剤は妖術師に効きにくいというだけであって、多少は影響がありますからね」

綜縺はスラスラと述べた。やけに妖術師に詳しかった。

「詳しいな」

繻樂が怪訝な顔をして言った。

「あなたが襲われてから調べたんです。繻樂様は何も教えてくれませんでしたからね」

「そうか」

繻樂は短く応えた。

「行く方向になって来ていますが、本当に行くのですか?」

園蛇が不安そうに聞いた。

「行きましょう。ここで手をこまねいていても仕方ありません。"情報が"と言っていても、情報はやって来るものではありませんしね」

綜縺が言った。

「そうだな。一か八か行ってみるしかないだろう」

繻樂が言った。

「分かりました。なら、行ってみましょう。もしかしたら、助けられるかもしれませんしね」

園蛇が了承した。

「…颯月さんは来ますかね?」

皐が心配そうに聞いた。

「さぁ?あいつ次第だ。我々がいちいち気に掛けても仕方のない事だ」

繻樂は素っ気なく答えた。

その後は皆、話す事もあまり無く、夕飯を済ませ、各々眠りに付き、夜が更けていった。


翌朝、身支度を済ませ、皆が出発しようとしていると、颯月がやって来た。

「…我も一緒に行かせてください。妖術師をこの手で殺します」

颯月は嵐に乗った繻樂の前に行き、強い眼差しでそう言った。

「そうか、分かった。行くぞ」

繻樂の号令に、皆黙ってついて行った。


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