第27話 雅 一

野宿を終えた翌日、嵐と繻樂は普通に戻っていた。綜縺の仲介もあり、仲直りしていた。

そして、また繻樂達は村々を回り、行く先々で多くの怪我人の治療にあたった。

どの村も同じ様に悲惨で、これを雅がやったのかと思うとぞっとした。一体どれだけの人を殺せば気が済むのかと。

それから何日もかけ、皆は村々を練り歩いた。

皆にも段々と疲労が見え始めた頃、ある森の中で、突然雅が姿を現した。

皆に驚きが走った。

「雅!お前なんでこんな事してんだよ!」

一番に口を開いたのは颯月だった。

「妖術師に何をそそのかされたかは知らないが、村人を襲うのはお門違いじゃないか?」

繻樂は、雅を睨み付けて言った。

「うるさいっ!全てお前が悪いのだ。お前さえ産まれて来なければ、我はこんな目に遭う事も無かった!」

雅は、繻樂達を鬼の形相で睨み付けた。

「黙れっ!この十四年間、お前のせいで繻樂がどんな思いをしてきたか!」

嵐は雅に叫んだ。皆、各々、怒りが沸々と沸いていた。

「黙れ!我がどんな仕打ちを受けてきたかも知らずに、知った風な口をきくな!」

雅は声を荒げた。

「知っている。颯月から聞いた。お前が我の片割れなのか?」

繻樂が冷静な口調で聞いた。

「そうだ!片割れだ!お前の悪しき妹だ!」

この国では、双子は忌み嫌われる存在。中でも、後から産まれる子はより忌み嫌われていた。

「雅が我の片割れ…妹」

繻樂は、雅が妹である事を初めて知った。

「どうして我の周りの者ばかり殺す?」

繻樂は哀しい眼をして聞いた。

「復讐だよ」

雅はすぐに答えた。

「復讐なら、我を直接殺せばいいだろう?何故周りの者達なんだ」

繻樂は問い詰めた。

「周りを殺して、お前を精神的に苦しめるんだ!」

雅は人が変わった様に、鼻高らかに笑って答えた。

「周りに疎まれ、忌み嫌われ、精神的に追い詰めて、じっくり痛めつけてから殺してやる!」

雅の眼は狂っていた。狂気に満ちた眼だ。もう正常な人間では無かった。

雅は刀を抜刀し、繻樂に襲い掛かって来た。

繻樂も嵐から降り、刀を二本抜刀し、雅を迎え撃った。

雅の振るう太刀を左の刀で受け止め、右の刀で雅を斬り付ける。

雅は軽やかに後ろに飛び退き、繻樂の攻撃を避ける。

今度は繻樂が斬り掛かりに行く。

それを雅は受け止める。

刀同士で競り合いが始まった。

「雅…」

競り合う中、繻樂が雅の名を呼んだ。

「お前がその名を呼ぶな!虫唾が走る!」

雅はそう言うと、刀をむちゃくちゃな振り方をした。

狂気に満ち、乱雑に刀を振り回す。そこに太刀筋など無かった。

繻樂はその乱雑な攻撃をひとつひとつ受け止めたり、流したりしていた。

「雅、我はお前を殺したい程恨んだ。お前を殺して復讐したい。周が翔稀馬様を殺した時の様にっ」

繻樂は戦いながら、雅に話しかけた。

「ふっ、だったら今すぐそうすればいいだろう?周に翔稀馬を殺す様に仕向けたのも、我だ」

雅は鼻で笑い、繻樂を挑発して来た。

「それじゃあ、変わらないんだよっ!」

繻樂は大きい一撃を繰り出しながら、声を張り上げた。

雅は飛び退き間を空けた。

見守ることしか出来ない皆は、繻樂の張り上げた声に驚いた。今まで聞いたことが無かったからだ。

「殺しても、復讐しても、気持ち良くなんかない」

繻樂はハァハァと肩で息をしながら、狂気に満ちた雅に訴えかけた。なんとか正気に戻って欲しかったのだ。

「さっぱりしないんだよ、雅。お前もそうだったんじゃないのか?だからこんな意味の無い復讐ばかりしているんじゃないのか?こんなことしていたって、いつまで経っても気持ちなんて晴れないだろう?」

「うるさい!我は楽しい。楽しんでいる!次々に人が死に、お前が苦しむ姿が堪らない!」

雅は甲高い笑い声を上げた。もう、修羅の道に堕ちていた。

「どうした?殺さぬのか?呪いの女が!」

繻樂が黙り込んでいると、雅はさらに嘲笑いながら挑発してきた。

「雅、本当にそう思っているのか?」

繻樂は最終確認かの様に聞いた。

「ああ」

雅は短く答えた。

「そうか、我も貴様に募る恨みがある。ここで死んでもらう!」

繻樂はもうそれしか、雅を救う方法が無いと感じていた。

「我はまだ死なぬ」

雅は刀を構えた。

繻樂も同時に構えた。

二人は睨み合った。

「待て!雅!正気に戻れ!」

耐え切れず、声をあげたのは颯月だった。

「っ!颯月」

一瞬、雅の瞳が揺れた様だった。

「もうこんな事止めてくれ!これ以上罪を重ねてどうなるんだ!」

颯月は必死に懇願した。

しかし、その願いは届かず、雅と繻樂は戦いを始めた。

暫く見ていた颯月だったが、堪らなくなり、気が付いたら二人の戦場へ駆けていた。

激しい戦いの中、刀を乱れて振り回す雅には、隙が出来る。

繻樂は、”今だ”という大一番の隙を見付け、迷う事無く刀を雅に向けて刺した。

確かに、ぐさりと人の身体に刺さる感触があった。

しかし、繻樂はすぐに異変に気付く。

刺されたのは、二人の間に走って来た颯月だった。

「―っ!」

繻樂は驚き声を失った。

「颯月―っ!」

雅が悲鳴とも取れる声で叫んだ。

繻樂はすっと颯月から刀を引き抜いた。

「いけない」

綜縺が慌てて駆け寄り、すぐに治療を開始した。

「颯月、颯月、なんで!?」

雅は倒れ込む颯月に何度も呼びかけた。

「雅を…まも…りたか…ったから…」

颯月は苦しい中、息も絶え絶えに言った。しかし、その顔は笑っていた。

「何故、笑っていられる!?死ぬかもしれないんだぞ!」

雅は取り乱した。

「だって…雅を、すくえ、たから…」

「分かったか!これが愛する人を失う哀しみだ、辛さだ、苦しみだ!」

繻樂は刀を鞘に戻し、雅に叫んだ。

颯月の事は心配していなかった。

急所は外していたし、治療を行うのが綜縺だ。信頼出来た。繻樂は必ず助かると確信していた。

「そんな、そんな…颯月。死んじゃ嫌!我、貴方の事が好きなのに!」

雅は修羅の道から生還していた。そして今の颯月には意識が無かった。

その日は、そこで野宿することになった。

颯月の治療も終わり、安定していた。

繻樂はずっと颯月の側にいる雅を森の中に呼び出した。

「何だ?」

雅は苛立ちながら聞いた。

「お前、今ここで死ぬか?」

繻樂が聞いた。

「はぁ?」

雅は意味が分からないと、怪訝な顔をした。

「お前は罪人だ。政府に行って地獄を味わいながら死刑にされるより、今我に首を一発飛ばされた方が楽だろう?」

繻樂は淡々と告げた。

「はっ、何を言っている。今政府は妖術師と霞が手を組んで占拠しているんだぞ!そこでどう死刑を行う?」

雅は嘲笑った。

「妖術師を殲滅した後に行う」

「その前に逃げるぞ」

「ならば今ここで殺す。どうせ遅かれ早かれ、お前は死ぬのだ。なら、今死んでも良かろう?」

繻樂はそう言うと、一本刀を抜刀した。

「我は死なぬ」

雅も応戦する様に、刀を抜刀した。

二人共、静かに睨み合った。

最初に動き出したのは繻楽だった。

雅は繻樂の攻撃を受け止める。

「潔く死ね、雅」

刀を合わせながら、繻樂が言った。

「我は死なぬ。生きて、もっと多くの人を殺してやる!双子を、我を蔑む人間を!」

雅は言いながら繻樂の刀を押しのけた。

すかさず繻樂は、攻撃を仕掛け、雅も反撃し、戦いが始まった。

暫く戦いが続いた時、茂みから腹を押さえ、苦しそうな顔をしながら颯月が現れた。皆も様子が気になり、一緒に来ていた。

「!颯月」

雅がいち早く気付いた。その時、雅は動きが止まってしまった。

繻樂はそれを見逃さず、雅の身体に右肩から左下に刀を入れた。雅の体は斜めに斬られ、血が噴き出した。

「雅―――っ!!!!!」

颯月は目を見開き、腹の痛みを忘れ、叫んだ。

雅は前に倒れ込み、繻樂はそれを避ける為、後ろへ下がった。

「雅、雅」

颯月は雅に近付いていき、何度も名を呼び、身体を揺すった。

「おい、綜縺、早く雅を」

颯月は綜縺に治療をお願いしようとした。

「もう手遅れです。傷が深過ぎます」

綜縺は雅の傷口と溢れ出る血の量を見て言った。

「そんな…雅…」

颯月は雅の背中の着物を握り締め、俯いて涙を流した。

繻樂は刀の血を振り払い、和紙で刀を拭き、鞘にしまった。

繻樂のその行動は、皆にはとても冷酷に見えた。

「繻樂、貴様!何で雅を殺した!?」

颯月は雅の着物を掴んだまま、キッと鋭く繻樂を睨み付けて言った。その頭に階級の事など忘れていた。

「恨むか?」

繻樂は冷酷な眼で言った。

「!ああ、恨むよ、恨むに決まってんだろ!」

颯月は、繻樂を睨み付けながら叫んだ。

「そうか。では、恨めばいい。恨んで我を殺せばいい」

繻樂は、冷酷に言った。

「!」

颯月はその言葉に驚いた。そんな言葉が返って来るとは思ていなかったからだ。

「それに、奴は罪人だ。政府内で処刑に合う事は決まっていた。政府で残虐に殺されるのと、今ここで一太刀で殺されるのと、どっちがいい?それとも、お前も雅と共に罪人になり、逃亡生活でも送る気だったのか?」

繻樂は冷徹に言った。

「くそっ!なんて奴だ!お前はやっぱり呪いの女だ!」

颯月は着物から手を離し、拳を地面に叩き付け、俯きながら叫んだ。

「おいっ!」

あまりの暴言に耐え兼ねた嵐が、言葉を発したが、繻樂に制止された。

「そうだが?今更なんだ?我は実の妹さえ手に掛ける呪いの女だ」

繻樂は、颯月を見下した様に言っていたが、自分にも言い聞かせる様に言っていた。

「死ねー!」

颯月は頭に来て、雅の使っていた刀を手に取り、繻樂に向かって行った。

繻樂はすかさず一本の刀を抜刀し、応戦した。

がむしゃらに振り回す颯月。

繻樂は、それを軽くいなし反撃はしなかった。

「待てっ!」

嵐は颯月が大きく振りかぶった時、颯月の懐に入り体当たりをして、颯月を吹き飛ばした。

「颯月!もう止めないか!お前も分かってるんだろう?あれは仕方なかった。あれが唯一の救い方だって」

嵐は叫んだ。

「くそっ!くそっ!くそぉ―――!!!!雅、雅、雅…」

颯月は泣き叫んだ。助けられなかった悔しさ、悲しみ。こんな方法でしか助けられない事が堪らなく悔しかった。そして恨むしか出来ない事にも腹立しさを覚えた。

「………」

そんな颯月を、繻樂は浮かない顔で見ていた。しかしすぐに気持ちを切り替えたかの様に、刀を鞘にしまい、嵐に飛び乗った。

「我は戻る。まだ我等と行くのなら戻って来い」

繻樂は颯月にそう言うと、嵐と来た道を戻って行った。綜縺も繻樂にそっとついて行った。


「やはり晴れるものでは無いか…」

繻樂はぼそりと呟いた。

「繻樂…我もだ。母様の敵討ちが出来たけれど、すっきりするものではないな。逆に繻樂に嫌な立ち回りをさせてしまった…」

嵐は顔を暗くして言った。

「気にするな。ああしか救い方が無かった我自身が憎らしい」

繻樂は唇を噛み締めた。

「復讐は…無意味だぞ」

繻樂は俯き呟いた。

綜縺はずっと傍にいた。

繻樂は傍にいても本音を吐露する程、綜縺に気を許していた。

綜縺は静かにそこにいて、何も聞いていないかの様に振る舞っていた。


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