第26話 ケンカ

繻樂達は重い空気の中、まずは一番近い村へ向かっていた。

皆、政府内の事が心配だったり、霞に対する疑惑、疑念が拭えなかったりした。

心のどこかで霞は”仲間だと信じたい”と皆が思っていた。

そして、一つの村に辿り着いた。

そこは荒れ果て、血の臭いが充満し、横たわる人々がいた。

また、間違いなく雅の気配が残っていた。

「ひどい…」

余りの惨劇に皐は言葉を失った。

「早く助けましょう。まだ助かる人はいます」

綜縺が言い、一番に村人に駆け寄って行った。

それに続いて繻樂達も続き、動き出した。

皆、自分に出来る事をした。

綜縺は治療に専念し、颯月は生存者を探し、瓦礫をどかした。園蛇と皐は出来る限りの応急処置をした。

嵐と繻樂は怪我人の側へ近寄った。

「ひ、ひっぃ、呪いの女だ。我はもうだめだ」

村人は繻樂を見るなり、怯えながらそう言った。

「失礼な!助けに来たのだぞ!」

嵐が怒った。

「良い」

繻樂は嵐を足で軽くポンと叩き牽制した。

そして、嵐から降り村人へと近寄って行った。

村人はより一層怯えるばかりだった。

「我は何もしない。安心しろ、嵐に任せる」

繻樂は座り込んでいる村人にそう優しく言い、嵐にこの場を任せた。

嵐は繻樂に言われた通り、金の鬣を振るい、村人の怪我を治し始めた。

繻樂は一人、村の奥へと進んで行った。

この村は殆どの人が死んでいた。

悲惨にも程があると言っていい程の惨劇だった。

繻樂は残った雅の気配を探っていた。

(どこにいる、雅。何故こんな事を?何故こんなにも人を殺す?)

繻樂は今まで、命令により沢山の人を殺し、あるいは処刑もしてきた。その中で、一度も気持ちいいや楽しい等の快楽は覚えた事が無かった。

いつも後味悪く、感触も血の臭いも全てが残り、気分が悪かった。

隠しているだけで、繻樂は人を殺すのが嫌いだった。


生きている村人全員を助け、繻樂達は村を後にした。

雅の情報は得られなかった。

繻樂達は、沈黙したまま、次の村へ向かった。

そして行く先々で村人達を助けて回った。

どこも同じ様に悲惨な場所になっていた。

何日もかけ、村を練り歩いた。

とある日の夕方。

一行は森の中で休憩し、野宿することにした。


繻樂は森の中に流れる川辺にいた。

「翔稀馬…」

水を眺めながら、繻樂は哀しげな顔で呟いた。

「また、奏音宮様の事を考えているのか?」

嵐が後ろから来て、ため息交じりに言った。

「嵐…また、か…いつもだよ。草津師範のことだって、嵐のお母さんの事だって、我と恋仲になった皆の事だって全部…」

繻樂は目を伏せて言った。声色はとても哀しかった。

「なぁ、繻樂。主は一体いつまで何十人もの人の命の哀しみを背負う気だ?」

嵐は憐れむ様に言った。

「いつまでって…」

突然の思いもしない嵐の質問に、繻樂は言葉を失った。

「だってそうだろう?死んだ人間はいつまで想っても生き返らないんだぞ」

「死人を忘れろと言うのか!?」

繻樂は、憤慨して言った。有り得なかった。愛しい人達を忘れろと言われたように感じた。そしてそれを嵐に言われるとは思っていなかった。

「違う、繻樂!前に進んで欲しいんだ!母様や草津師範が死んでから、主は時が止まっている!」

嵐は弁明した。嵐には、繻樂の時間が止まっている様に感じていた。そこから抜け出して欲しかった。

「止まってなんかいない!ちゃんと前に進んでる!」

繻樂は激しく怒り、嵐に食い下がった。

「進んでない!いつまでも未練残して、形見にすがって、笑顔も無くして、何が進んでる!?」

嵐は頭に血が上り、繻樂に怒鳴り散らした。

「何も無くしてなんかいない!我はちゃんと我で在る!進んでる!嵐のバカ!」

繻樂は自分を再認識させるかの様に言い、嵐に暴言を吐いた。

「奏音宮様はずっと主の本当の姿を見たがってたんだぞ!前に進んで欲しいって思ってたんだぞ!」

繻樂に前に進んで欲しくて、時を進めて欲しくて、嵐は叫んだ。

「もうやめて!翔稀馬様の話を出さないで!」

繻樂は頭を抱え、しゃがみ込み膝を付いて叫んだ。

「何故だ!?それは主が前に進めていない証だろう!」

繻樂への苛立ちで、嵐の口調はどんどん強くなっていった。

「我に忘れる事なんか出来ない!」

繻樂は頭を抱えたまま、首を左右に大きく振った。

「忘れろとは言ってない!乗り越えろ、主!

「やめて!」

繻樂は懇願する様に言った。

「もうそのぐらいにしておきなさい、嵐」

二人の言い合いの間に割って入ったのは、綜縺だった。

「綜縺!」

嵐はびっくりして少し後退りした。嵐に対する威圧があったからだ。

「人は急に変わることなど出来ませんよ。繻樂様も少しずつ乗り越えていける筈です」

綜縺は繻樂の前にしゃがみ込み、優しく繻樂を抱き締めた。

「綜縺…」

繻樂は頭を抱えていた手をそっと離し、ゆっくり綜縺を見上げた。

「綜縺…」

繻樂はゆっくりと綜縺の胸の中に顔を埋め、抱き締め返し、静かに涙を流し始めた。

そんな様子を見ていた嵐は、苛立った様にふんと鼻を鳴らし、その場を立ち去って行った。


繻樂は暫く、綜縺の胸の中で泣いていた。

翔稀馬達の事を忘れられていない自分に苛立ち、悲しみ。

嵐に言われた事に言い返せない怒り、翔稀馬の死を再び感じる悲しみ。

色々な感情が混ざり合って、止めどなく涙が溢れた。

そんな繻樂を綜縺は優しく抱きしめ、頭をそっと撫でた。

まるで割れ物を扱うかの様に優しく、愛おしく、そっと触れた。

その綜縺の気持ちに応えるかの様に、繻樂は次第に泣き止んでいった。

「綜縺、翔稀馬は何を思って死んでいったんだろうな」

ふと、繻樂は綜縺に呟く様な、か細い声で聞いた。

「変われなかった我を恨んで死んでいったのかな…」

綜縺が答える前に、繻樂は綜縺の胸元の着物を掴んで更に呟いた。

「きっと翔稀馬は、貴女の事を思って亡くなって逝ったと思います。恨んでなんかいませんよ、彼はそんな男ではありません。それに、繻樂様は翔稀馬が亡くなって、何を思いましたか?恨みましたか?きっと違うでしょう?」

綜縺は、優しく繻樂の頭を撫で続けながら、繻樂に諭す様に優しく言った。

「髪を切って、吹っ切ったつもりだったのに、変わったつもりだったのに、我は何一つ変わってはいないんだな」

繻樂は綜縺の着物をさらに強く握り締め、胸の中に顔を埋めた。

その身体は、微かに震えていた。

「別に無理に吹っ切らなくてもいいのでは?愛しているのなら、尚の事忘れてはいけない存在です。」

綜縺は撫でるのを止め、頭を触り抱き締めながら優しく言った。

「変わりましたよ。髪を切るだなんて前代未聞の行為、今までの繻樂様ではしなかったでしょう?それは、今までずっと一人だった繻樂様に、翔稀馬がもたらした変化なのです」

綜縺は繻樂を抱き締めたまま優しく言い続けた。

「翔稀馬の死は無駄ではありません。今、繻樂様の周りには、皆が近くにいます。もう一人では無くなりました。それは変化の一つになりませんか?そしてこれは、翔稀馬がもたらしたものではありませんか?翔稀馬が亡くならなければ、集まる事の無かった人達です。これは翔稀馬の贈り物なんです」

「もう、二度と触れる事の叶わぬ肌。手。唇。顔。身体。

もう、二度と見る事の叶わぬ優しい笑顔。美しい姿。しぐさ。武術。

もう、二度と聞く事の叶わぬ声。笑い声。

全てを、全てを、感ずる事も、触れる事も、見る事も、聞く事も、叶わぬ翔稀馬の“死”

もっと翔稀馬と共にありたい。

翔稀馬となら、この先の未来が変えられる気さえもしていたのに。

もっと近くで、これからもずっと…

翔稀馬の側に我がいたかった。

何故、皆我の周りから消えて逝くのだ。

何故、常に我だけが残される。」

繻樂は悲しみの籠もった声で、あの時思った事を、思い出し口にした。

「そうでしょう?翔稀馬も同じだった筈ですよ」

綜縺は愛おしそうに繻樂を抱き締めた。

繻樂は暫くその胸の中に身を委ね、少しずつ落ち着いていった。

「それに知っていますか?繻樂様、この皆で旅をする中、口調が少しずつですが、和らいでいっているんですよ。それも変化の一つではないですか?」

そんな繻樂に綜縺が言った。

繻樂は、綜縺に初めて会った時、”貴様”と呼び、”雪城”と苗字で呼んでいた。それが今では、”綜縺”になり、こんなにも近い存在となっている。園蛇達に対しても、威圧的な話し方は、少しながら和らいでいた。

(綜縺…これが、…………、だろうな)

繻樂は優しく目を閉じ、綜縺の胸の中に身を委ねた。


皐と園蛇と颯月は、今晩の焚き木を拾い集めていた。

一足先に、園蛇が野宿をする場所に帰って来ていた。

「痛いですね、嵐の言葉。我にも刺さります」

二人の言い合いを聞いていた園蛇が、戻って来た嵐にバツが悪そうに言った。

「ふん、ならお前も早く吹っ切ればいいだろう」

嵐は苛立った様に言った。

「そう簡単に忘れること等、出来ません。ましてや我の手で殺してしまった人なのですから」

園蛇は自分の両手の平を見ながら言った。まるでその手が、血に染まっているかの様に。

「髪を切って、吹っ切れたと思ったんだがな。見当違いだったらしい」

嵐はため息交じりに言った。

「嵐は吹っ切れているのですか?母親の事」

園蛇は少しきつい口調で聞いた。

「もう十四年も前だ。吹っ切れているよ。前に進んでいるしな」

「そうですか。きっと、我も繻樂様も吹っ切りたくないんですよ。吹っ切って、また人を好きになった時が怖いんです。また失うかもしれないという恐怖が襲い掛かるんです」

園蛇は切なげな眼をして言った。

「分からんな」

嵐は苛立ったように答えた。

「誰かを好きになってみないと、この気持ちは分かりませんよ」

そこで話は途絶え、二人は皆が戻って来るのを待つことになった。

暫くして、皐と颯月が焚き木を抱え戻って来た。

園蛇はすぐに動き、皐から焚き木を受け取り、焚き木置き場まで持ってきた。

その光景は仲睦まじく見えた。

園蛇達は集まった焚き木で火を起こし始めた。

着々と野宿の準備を進めていく。

そんな中、綜縺に連れられ、繻樂が帰って来た。

「嵐、謝りなさい。あなたは言い過ぎです」

綜縺が強めの口調で、嵐に言った。

「…何故だ?我は間違っていないだろう?」

不貞腐れた様に嵐は言った。

「ええ、確かに。間違っていない部分もあります。けれど、前へ進むスピードは人それぞれ。誰かが勝手に決められるものではありません。強要も出来ません。それを嵐は、繻樂様にしようとした。それは謝るべきです」

綜縺は強い口調ではっきりと言った。

「………悪かった。すまない、主。でも我は主に前に進んで欲しかったんだ」

少し不貞腐れながらも、嵐は繻樂に謝った。

「いいよ。我も前へ進める様に頑張るよ」

繻樂はそう言うと、嵐の頭を撫でた。

「あの、何がどうなって?」

焚き木拾いに行っていて、事の顛末を知らない皐が、園蛇に小声で聞いた。

颯月もそれに便乗し、園蛇から事情を聞こうとしていた。

「後で話しますよ」

園蛇は短く答えた。

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