第24話 集合 一
「大変です!刀馬様!妖術師が…」
一人の兵士が刀馬の部屋に駆け込んで来た。
しかし、言葉を全て言い終える前に、背中から斬られ、刀馬の目の前で死んだ。
「もう遅い」
そう言いながら兵士を斬ったのは、妖術師だった。
「何が望みだ」
刀馬は冷静に妖術師を睨み付けて聞いた。
「従うなら教えてやろう。風間刀馬、お前は人質になれ」
妖術師は刀を刀馬に向けて言った。
園蛇は長い旅を終え、政府の建物の前の市場街に来ていた。
「やっと戻って来れましたか」
園蛇は疲れ気味に呟いた。
何日かかったか分からない。
とても長かった。
履いていた藁草履もボロボロになっていた。
園蛇は長旅に疲れを見せていた。
今すぐにでも休みたいぐらいだ。
その時、園蛇の後ろからどよめきが聞こえた。
その声に振り返ると、綺麗なドレスに身を包んだ女性がゆっくりと歩いてくる姿が見えた。
だんだんと近くになるにつれて、顔がはっきりと見えて来た。
「皐っ…!」
園蛇は驚きと共に声が漏れた。
皐は見違える程美しかった。
とても似合っていたのだ。
「!園蛇様!」
皐も園蛇の存在に気付き、声を上げた。
皐は慣れないドレスと靴に走ることが出来ず、ゆっくりと歩いて園蛇の元へ向かった。
「無事だったんですね、良かったです。園蛇様」
皐は笑顔で言った。
「あ、ああ。皐も無事で良かったです。それでその姿はどうしたんですか?」
「あっ…変…ですか?」
皐は俯き、顔を赤らめドレスをキュッと握って聞いた。
「いや、綺麗ですよ、皐。よく似合っています。(梢にも着させてあげたかった)」
園蛇は微笑んで皐に言った。しかし、その微笑みは、哀しげな顔をしていた。
(あ、今梢さんのこと思った…)
皐はその哀しげな微笑みを見て、感じ取った。そして、皐も顔を暗くした。
(追いつけない…)
皐は俯きドレスを強く握った。
「あっ、あのっ、我、着替えて来ますね。なんていうか、その、ここでこの姿は、は、恥ずかしくて…」
皐は俯いたまま、しどろもどろになりながら、梢の事を払拭する様に言った。
「そうですね。分かりました。我も着替えたい所でしたから、丁度いいですね」
園蛇はそんな皐の事はつゆ知らず、答えた。
「はい」
皐は返事をすると、園蛇とゆっくり歩き各自の家へと向かった。
「また、ここに戻ってきます。皐は家で待っていて下さい」
「はい」
園蛇は皐を家まで送ると、駆け足で自宅へと向かって行った。
皐はそれを見届けると、家へと入った。
家へ入ると、皐は大きくため息を吐いた。
「やっぱり、園蛇様の中には、梢さん、しかいないのかな…このドレスを見ても、梢さんの事を思うなんて…園蛇様のバカ…」
皐は一粒二粒と涙をこぼした。
園蛇は足早に家に帰ると、着替えを始めた。
(皐、綺麗だった。きっと梢も着ていたら、綺麗だったでしょうね)
園蛇は着替えながら、皐の姿を思い出し、梢の事を考えていた。
手早く着替え終え、再度旅の準備をした。
そして皐の家へと向かった。
「皐、準備は出来ましたか?」
園蛇は戸の前で皐に呼び掛けた。
皐ははっと我に返った。
涙を流し、ずっとその場に立ち尽くしていたのだ。
「まだ、待って下さい。もうすぐ終わりますから!」
皐は慌てて答えながら、靴を脱ぎ部屋へ上がった。
着慣れないドレスを脱ぎにくそうに脱いだ。
二度と着ないであろうドレスに、少し名残惜しさを感じながらも、今はそれどころではないと、慌てて新しい着物を手に取り、着替え始めた。
やはり、いつも着慣れている着物の方がしっくりして落ち着く。
皐は着替え終え、無くなった呪符を補充した。そして新しい藁草履をおろし、履き終えると、家の戸まで向かった。
戸に手をかけた時、ふと、先程の事が思い返される。
園蛇のドレスを見る姿。梢を想っての哀しげな微笑みを。
「あの、園蛇様」
皐は戸越しに呼び掛けた。
「はい」
園蛇は戸の向こうから返事をする。
「我は、"梢さん"ですか?」
皐は悲しげに呟いた。
「っ…違いますよ。皐は皐です」
園蛇は一瞬ハッとなったが、すぐに冷静さを取り戻し答えた。
「嘘です」
皐は即答した。
「嘘ではありませんよ、皐。どうしたんですか?急に」
おかしな質問をする皐に、園蛇は小首を傾げた。
「どうして?どうして?園蛇様。どうして我を見てくれないのですか!?」
皐は戸に向かって叫んでいた。
今まで抑えていた思いが溢れ返り、止まらなかった。
「見ていますよ」
園蛇はそんな皐に優しく答える。
「見ていません!園蛇様が見ているのは、我を通した梢さんです!」
「!そんなことありません、皐」
園蛇は必死に否定した。
「だったら、我を好きになって下さい!我は園蛇様が好きです!」
「残念ながら、我に貴女の思いを受け取る事は出来ません」
園蛇は悲しい顔をし、戸から顔を逸らした。
「そうですか…」
皐はため息を吐き、落胆した。ここまで思いは届かないものなのかと。
しばらく、二人の間に沈黙が生まれた。
「園蛇様、どうしてそこまで梢さんに執着するんですか?」
皐は戸にもたれ掛かって聞いた。
「梢は、我が殺したんです」
園蛇は俯き答えた。
「!嘘です。梢さんは感染症で亡くなっています」
皐は目を見開いた。
「ええ、その感染症を引き起こさせたのは我です」
「えっ…どうゆう…」
皐は戸惑った声を上げた。
「薬の調合中、我のミスで梢は感染を受けてしまったんです。梢は面会謝絶となり、最期は一人で死んでいきました。事故だったからと言っても、人殺しです。罪には問われませんでしたが、人殺しです。そんな我が梢を忘れて、幸せになって良い筈がありません」
園蛇は暗い声で自分を責めるように言った。
「そんなっ…でも、事故なんですよね、事故だったら人殺しなんかじゃ…」
皐は戸に向き直り慌てて言った。
「いいえ、人殺しですよ。周りはみんな否定してくれましたけどね。そんなんじゃないんですよ」
「?」
園蛇の含みのある言い方に、皐は引っかかった。しかし、それはすぐに分かった。
「好きだったんです。梢の事。恋人でもありました。そんな恋人を殺してしまった苦しみは消えません」
園蛇は目を伏せて言った。
「恋人…」
皐は衝撃を受けていた。
二人が恋人だと知らなかったのだ。
「それに、我はまだ忘れられないのです。こんな気持ちで貴女と付き合うのは失礼です」
園蛇は頭を左右に振りながら告げた。
「じゃあ、その苦しみが消え、梢さんを忘れる事が出来たら、付き合ってもらえますか?」
皐は戸に向かって、悲しげな目をしながら言った。
「え…」
園蛇は突然の申し出に、反応する事が出来なかった。
「我は、酷いとは思いますが、園蛇様に忘れて欲しいです。梢さんの事。我だけを見て欲しいです」
強い眼差しの中に、悲しみの入った目をして皐は言った。
「絶対という約束はできませんが、努力はしましょう」
園蛇は優しい目で頷いた。
「さあ、皆さんを探しま、しょう…」
園蛇はそう言いかけて、ふと視線を感じ、横を見ると、そこにはニヤニヤする嵐とニコニコする綜縺がいた。
「園蛇様?」
皐は不可解な言葉の切れに疑問を持ち、戸を開け首を覗かせた。
「雪城さん、嵐」
皐は二人の姿を見て、家を出て来た。
「頑張って下さいね、お二人共」
綜縺はにっこりとして言った。
「え?まさか、さっきの聞いて…」
皐は一気に顔が赤くなった。
「からかわないで下さい。こちらの問題ですから」
園蛇は怒った様に言った。
「早く乗り越える事だな」
嵐がボソリと呟いた。
「それより、お二人共無事だったんですね」
綜縺が話を打ち切った。
「ええ、今合流したところですので、何も状況については話せていませんが。そちらは?」
園蛇は聞いた。
綜縺達はお互いに起こった出来事を話し、情報交換を行った。
「お互いの行き着く地で妖術師が…」
綜縺が顎に手を当てて考え込んだ。
「可笑しな話ですね。上手く出来すぎています」
園蛇が険しい顔で言った。
「それに今、この街も可笑しい」
嵐が周りを見渡しながら言った。
「一体、我達がいない間に何が…」
不安そうに皐が言った。
繻樂は一人、黙々と歩いていた。
しかし一人だと、歩きながら様々な事を思い出してしまう。
辛かったこと、悲しかったこと、翔稀馬のこと。
翔稀馬と出会ったのは二十三歳の頃。
上流貴族階級の食事会でだった。
きらびやかな着物や装飾品で着飾り、豪華な料理に舌つづみを打つ者達。
そんな中に、繻樂も不本意ながら参加していた。
両親にこの中から夫となる人物を探せと言われていた。
今までの縁談は、もう少しという所で相手が殺され、亡くなっていた。
最近では、呪いの女という悪名のせいで、誰も近付こうとはしなかった。
「嫌ね、呪いの女まで参加しているわ」
「折角のお食事もまずくなりますわね」
そんな声が聞こえてきた。
しかしそんなことは日常茶飯事なことで、慣れていた。
そんな中で、相手を探さねばならない等、無理な話だと繻樂は思い、諦めていた。
「あの、お隣、ご一緒しても?」
少し年上の男性が声を掛けてきた。
「え、ええ」
繻樂は突然の事に少し驚くも、返事を返した。
それが翔稀馬との初めての出会いだった。
翔稀馬は食事をしながら、沢山繻樂に話し掛けて来る。
繻樂の周りには、座りたくないと周りはガラガラだった。
翔稀馬はそんなことを気にする様子も無く、笑顔を向けて来る。
(どうして?呪いの女と知らない?そんな筈はない)
繻樂は戸惑った。
「あの、失礼を承知で申し上げるのですが、”繻樂”と、呼んでもよろしいでしょうか?」
「え…」
突然の申し出に繻樂は戸惑った。
「あ、すみません。ずうずうしいですよね。身分が下のくせに」
翔稀馬は恥ずかしそうにし、すぐに自分の言葉を撤回しようとした。
「いや、別にいいです。あなた様なら」
「本当ですか!?ありがとうございます」
翔稀馬は繻樂に眩し過ぎる笑顔を見せた。
繻樂はこの時、翔稀馬を夫として迎えようと考えていた。そこに愛は無く、利用だった。
そんな事とはつゆ知らず、翔稀馬は笑顔で話を続ける。
食事会は終わり、翔稀馬とは、また会う約束をして別れた。
家では特に褒められたりせず、さも当たり前かの様に受け止められた。こうなる事が当然だったかの様に、すぐさま縁談の話を進めていった。
何度目かのデートで、繻樂は翔稀馬に怒られた事を思い出した。
「繻樂、また任務に行っていたのですね」
翔稀馬が悲しそうに言った。
「ええ、それが我の仕事ですから」
繻樂はそんなことには気づかず答えた。
「無事に帰って来てくれて良かったです。繻樂」
「帰ってきますよ、翔稀馬様の為です」
繻樂は翔稀馬に笑って見せた。
翔稀馬はそれを見て、一気に表情を暗くした。
「…無理に笑うな。自然に笑ってくれ」
翔稀馬は小声で言った。そこには怒気がこもっていた。
「えっ…翔稀馬様?」
繻樂はその声に怯えた。
「悪い。今のは忘れてくれ」
翔稀馬はバツが悪そうに言い、手で口を覆った。
(あの時の言葉…今なら分かる?あの時の言葉の意味も全部。今、我は笑えているだろうか、翔稀馬…)
”どれが本当の自分なのか。どれが無理をしている自分なのか。そして、ありのままの無理なきそなたを是非、我の前で見せて欲しいな”
(我は今、無理をしていないだろうか、笑えているだろうか、翔稀馬…)
繻樂は空を仰ぎ見て思った。
温厚な翔稀馬が怒ったのは、あれ一回だけだった。
颯月は琥雅にもらった呪符を一枚取り出し、眺めながら歩いていた。
イルサネ国に戻ってきて、本当に使っていいのか、階級を破る禁忌の行為をしてもいいのか、迷いながら呪符を眺めていた。
その時、反対側から歩いて来る人影が見えた。
颯月は慌てて呪符をしまい、隠した。
お互いに距離を縮めていき、顔を認識出来た時、それは知った顔だった。
「繻樂様…」
「颯月か、無事で良かった」
繻樂は足を止め、颯月にそう言うと軽く微笑んだ。
(…!こんな風に笑うこと出来るんだ。笑顔、初めて見た気がする)
颯月は、繻樂の不意の微笑みに驚かされた。
「行こう。この先を抜ければ市場街に出られる。その先の政府の建物に行けば誰かいるかもしれない」
繻樂はT字路の先を見つめた。
「はい」
「なぁ、お前は雅の事を知っているのだろう?教えてくれないか、雅の事。我は何も知らないんだ。どうして我を殺さず周りの人間ばかり殺すのか。どうして我を狙うのか。分からない事ばかりなんだ」
繻樂は歩きながら、颯月に言った。
繻樂は雅に恨みしかなく、知らない事だらけだった。近くに雅について知っている者がいるのなら、知りたかった。
「雅は、産まれてすぐ売られてきた双子です」
颯月は繻樂の問いに答え、話し出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます