第23話 葵 二
しばらく二人は刃を交え、戦っていた。
両者譲らぬ攻防。少し繻樂の方が優勢だった。
繻樂は葵の攻撃を受け止めると、もう片方の刀を振りかざし、葵へ攻撃を仕掛ける。
葵はギリギリ攻撃をかわした。
しかし、横腹に軽い切り傷が出来た。
「チッ」
葵は繻樂を睨み付け、舌打ちをした。
「葵は強いの。負けないの」
葵は怒気のこもった声で言った。
「お前の負けだ。諦めろ。これ以上続けても無意味だ。負けは見えているだろう?」
繻樂は淡々と告げる。
しかし、少し息が荒れていた。
「殺すの?命令だから?罪にならないから?」
「罪人は殺すべき存在。罪人はこの世から消し去るべき。命令は絶対だ。それを曲げることは出来ない」
繻樂は葵の問いに淡々と答える。
「我等妖術師が何をしたって言うの!?そっちが悪いんじゃない!葵達を虐げるから!なんで、葵達がこんな目に遭わなきゃいけないの!?葵、ただ産まれただけだよ?悪い事なんてしてないよ?」
葵が怒りを露わにし、叫んだ。
「”ただ産まれただけ”か。確かにな。我もそうだ。ただ産まれただけだ。双子にな」
繻樂はあくまでも淡々と答える。
そこに感情がない様に。
「そうよ、双子に産まれたのがいけないのよ!なんで双子になんか…」
葵は感情を剥き出しにし、繻樂に叫んだ。
まるで、今までの鬱憤をぶつけている様だった。
「双子に産まれた事を恨んでも仕方ないだろう。産まれてしまったんだから。それよりもどう生きるかだろう?」
繻樂は悟す様に言う。
「葵、そんな出来た人間なんかじゃない」
葵は拗ねた様な口ぶりで言った。
「だろうな。何かを恨んでしか生きていられないんだろうな」
繻樂は冷たく核心をついた。
「ーっ!そうよ!悪い!?葵はお前みたいに幸せに育ってないの!」
葵は怒って叫んだ。
「我だって幸せじゃないっ!」
今まで淡々としていた繻樂が、顔を険しくさせ、怒鳴った。
「どれだけの大切な人が我の前から消え、死んでいったか。我に関われば死ぬと言われ、呪いの女と言われ、虐げられてきた呪いの女だ!これのどこが幸せだっ!」
繻樂は叫び、怒鳴り、感情を剥き出しにした。
「でも、親はいるんでしょ?いるだけマシじゃないっ!」
「いないも同然だ!我を愛してもいない、大事にもしていない。最後には産まなきゃ良かったとさえ言われた身だ。親はいないも同然だろう。いたってマシなんかじゃない。お前は双子を嫌う親なんて欲しかったのか?」
繻樂はだんだんと落ち着いていき、最後には悲しげな声で聞いた。
「!違う。葵はそんな親はいらない!」
葵は思っていた理想とは違い戸惑った。
「双子はなぁ、親に捨てられる運命なんだよ。我だって、捨てられた方がマシだったよ」
繻樂は怒りのこもった声で、葵に言った。
「じゃあ、どうしろって?どうやって双子は生きていくのよ!?」
葵は心の底から叫んでいた。
「強くなれ。一人で生きていけるだけの強さを身に付けろ。だれも恨まずに生きていけるだけのな」
繻樂は冷たく言い放った。
「そんなの…」
「出来ないだろうな」
繻樂が戸惑う葵の言葉を奪って言った。
「我も出来ていない」
繻樂は悲しそうに呟いた。
「双子に産まれた者は、人を恨まずには生きていけないのかもしれない」
そして繻樂は目を伏せて言った。
「そうなのかもね、恨まずに生きるなんて葵には…無理」
葵はその場にへたり込んだ。
もう、戦闘意欲は感じられなかった。
「もう疲れたのなら死んで楽になれ」
繻樂は葵に近付き言った。
「葵、死ぬの?」
葵は目を潤ませながら繻樂を見上げた。
「命令があるからな。どのみち殺さねばならん」
繻樂は一本の刀を葵に向けて言った。
「命令ね…命令があれば好き勝手やり放題ね。略奪も殺しも何でも出来る。命令ってずるいね」
葵は見上げるのをやめ、俯いた。
「何故命令による殺しが無罪か聞いたな。それは命令だからだ。絶対服従の命令だからだ。それに従ったまでのこと。罪に問われる理由がない」
繻樂ははっきりと言った。
「だから葵を殺す事も罪じゃない」
「そうだ」
「葵はね、まだ生きるよ。もっともっと、葵と同じ様に苦しんでいる人を殺して、助けてあげるの」
葵は薄ら笑いを浮かべ空を見上げた。
その時、黒装束のフードが取れた。
短い黒髪。ショートヘアーだった。
「傲慢だな。そんなのただの自己満足に過ぎないだろう」
繻樂は髪の事など気にもせず、冷たく言い放った。
「違う!これは助けてるの!救済措置よ!」
葵は声を荒げた。
「その態度が傲慢だと言っているんだ。お前はそうやって、自分を正当化させたいだけだ。晴らせない恨みを晴らそうとしているだけだ。偽善に過ぎない」
繻樂は冷酷に告げる。冷たい目をしていた。
「うるさいっ!同じ双子だからって知った風な口を聞くな!」
葵は立ち上がり、繻樂に迫った。
「もう、言い残すことは無いか?」
繻樂は冷たい目で、最期の言葉を聞く。
「お前、妖術師になれば良かったのにね。そんなにも人を容易く、無慈悲に殺せるのなら」
葵は悲しげな目をして少し俯いた。
「もう、何人も殺してきたからな。慣れだろうな」
繻樂は小さいため息を吐きながら答えた。
「慣れ…ね」
葵は軽く目を伏せて呟いた。
「さようなら、もう話す事はない」
繻樂はそう言うと、刀を振り上げ、葵の頸動脈をスパッと斬った。
首から大量の血が勢いよく噴き出した。
「あ、あお、い、は…」
葵は首から血が流れるなら呟き、その場にうつ伏せに倒れた。
繻樂は葵が死んでいくのを静かに見守った。
しばらくして、事の顛末を全て見ていたアリアが繻樂の隣にやって来た。
「殺してしまったのね」
「殺せと命令があったからな。それに、こいつは死にたがってた」
「何故、そう言い切れるの?彼女、生きたいって言っていたのに」
アリアが悲しげな顔で尋ねる。
「最後の一振り、避けようと思えば避けられた。けど、あいつはそれを避けずに受け入れていた。ご丁寧に首を傾け、斬りやすい様にまでしてな」
葵は最後、抵抗する事なく、目を閉じ、首を繻樂に見せ、身を任せていた。
「それでも、殺して良かったのかしら?」
アリアは疑問を問い掛ける。
「命令があったからな」
繻樂は、アリアの問い掛けに短く答える。
「命令であれば殺しは自由。そんな世界にあなたは住んでいるのね」
アリアは辛そうな顔をし、瞳に影を落とした。
「ああ(命令は絶対だ。その命令で殺したものが罪だと言うのか?じゃあ、何が罪で何が罪じゃなくなる?)」
繻樂は短く答えた。
その言葉の中に煮え切らない思いを抱えて。
「アリア、こいつを埋葬する義理はないが、子供達の目に入らないところに運びたい。何処かないか?」
繻樂は葵の遺体の片腕を肩に回し、引きずる様にして持ち上げた。
「こっちに。孤児達を埋葬する墓地があるわ。そこなら、子供達は近付かないわ」
アリアは指をさし、墓地まで案内した。
「ありがとう。こいつの事は任せた。好きにしてくれ」
繻樂は雑に葵を墓地に降ろし、アリアに言った。
「ええ、ここの墓地に一緒に埋葬しておくわ。きっと寂しくないわ」
アリアは快諾した。
「アリア、ここからイルサネという国に行きたいんだが、順路は分かったりするか?」
繻樂はアリアを見て言った。
「自分の国へ戻るのね」
アリアはどこか寂しげな顔をした。
「ああ」
「今この国は隣国と戦争中よ。簡単にはこの国から出られないわ」
アリアは繻樂をここに止めるかの様に忠告した。
「心配するな」
「戦争という自由に殺しの出来る世界に足を踏み入れるのね」
アリアは繻樂の言葉に割って入った。繻樂の言わんとする事が分かったからだ。
「戦争中の殺しは命令と自己防衛だ」
繻樂は迷う事無く言った。
「だから罪じゃない」
アリアは悲しげな目で、繻樂の言わんとする事を言った。
「そうだ」
繻樂は頷いた。
「…分かったわ。道順を教えるわ。でも、戦争中だという事を忘れないで。この先は危険よ」
アリアは観念した様に言い、再度忠告した。
「ああ。それでも行かねばならないんだ」
繻樂は強い眼差しでアリアを見つめた。
「そう。ここを出たら、真っ直ぐ街の西出口に向かって。街を出たら戦争していると思うわ。そこを横切って、ひたすら西へ進んで。そしたら、見えてくる筈よ。かなり遠い遠い道のりだけどね」
アリアが道順を説明する。
「分かった。ありがとう、アリア。世話になった」
繻樂は礼を言った。
「子供達には会わないのね」
「会ったって悲しい思いをさせるだけだ。短い間しか関わっていないんだからな」
繻樂は目を伏せて言った。
「そう、分かったわ。気を付けて。どうか神の御加護が有りますように」
アリアは手を胸元で合わせ祈った。
アリアのその言葉を最後に、繻樂はアドゥーラ孤児院を後にした。
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