第22話 葵 一
繻樂はベッドの上で目を覚ました。
ぼんやりとぼやける視界の中、辺りを見回す。
殺風景な寝るだけの部屋といった感じの質素な部屋だった。
繻樂はゆっくりと起き上がった。
随分と古いのか、ベッドはギシギシと動く度に音を立てた。
繻樂は大分はっきりしてきた視界の中、自身に起きた事を思い返し考えた。
竜巻に呑まれてから、どこに飛ばされたのかさっぱり分からない。
着地には、扇二分咲、木の葉で葉を掻き集め、クッション代わりにし、着地した。
着地したと言っても、葉をクッションにしたが、勢い余って飛び跳ね、地面に叩き付けられ転がった。
その後からの記憶が無かった。
「あの土嵐…絶対霞様の…」
繻樂が呟いたその時、扉が開いた。
「あら、目が覚めたのね。良かった」
長袖のロングワンピースを着て、エプロンを付けた女の人が入って来た。
「あなた、お名前は?私はアリア。門の前で倒れていたのよ」
アリアと名乗る女性は、水の入った洗面器とタオルを、近くにあった机に置きながら言った。
「我は風間繻樂。助けて頂いたこと、礼を言う」
「いいのよ、困った時はお互い様。ここでは助け合わないと生きていけないものね」
アリアは微笑んで答えた。
「あの、ここは何処でしょうか?」
「ここ?ここはアドゥーラ孤児院よ」
「アドゥーラ孤児院?」
繻樂は、聞き覚えのない名前に首を傾げた。
「ここは何処の国ですか?」
繻樂は部屋の雰囲気、女の人の服装、聞いた事の無い孤児院の名前から、他国であると察していた。
「ポルネス国だけど…それがどうかしたの?」
アリアはきょとんとして聞いた。自らこの国にいる筈なのに、この国は何処ですか?と聞く者はいない。驚くのも無理は無かった。
「ポルネス国…!」
繻樂は少し考え、何処の国にいるのか理解し、呟こうとした言葉を噤んだ。
ここは孤児ばかりが集まる国、ポルネス国だった。
繻樂はそれを言おうとして止めた。失礼に値するのではないかと思ったからだ。
この国では、孤児が多く集まる為、色々な所に孤児院が多々あるのだ。
繻樂はベッドから降りた。
「もう、身体は大丈夫?」
それを見てアリアが聞いた。
「あ、ああ。世話になった」
繻樂は部屋を出ようと、部屋の扉へ向かって歩いていった。
「もう行くの?」
アリアは立ち去ろうとする繻樂の背に向かって言った。
「急いで行かなければならない所があるのでな」
繻樂は振り返る事なく言った。
「そう、残念ね。子供達と是非遊んで行って欲しかったんだけど」
アリアは酷く残念がった。
「我に子供相手は向いていない」
繻樂は自嘲気味に軽く笑って言った。
「そうかしら?もう随分と気に入られているみたいだけど?」
アリアはクスッと笑ってみせた。
繻樂は疑問に思い、部屋の扉を開けてみると、そこには目を輝かせた子供達が立っていた。
「おねえちゃん、ゲンキになった?」
「おけがなおった?」
「あそぼー」
「おにごっこしたい!」
「かくれんぼだよ」
「おままごと!」
突然、子供達が次々に喋る。
繻樂は話すタイミングがなかった。
そしてこの状況に驚いていた。
今まで子供に囲まれた事など無かった。子供達の熱気、パワーに少し押されていた。
「気に入られたわね。少しぐらいいいでしょ?遊んで行ってあげて?お客さんなんて珍しいんだから」
アリアは、その繻樂の様子をお見通しかの様にクスリと笑って言った。
「…分かった」
繻樂は子供達の笑顔を無下にすることが出来なかった。
「ありがとう」
アリアは微笑んだ。
繻樂は子供達に連れられ外に出た。
繻樂は、無邪気な子供達に手を引かれて歩く。
その子供達の手は暖かった。
「ねぇねぇ、なまえはー?」
「繻樂だ」
繻樂は短く答える。
「しゅらくー?わーい、しゅらくー」
「ねぇ、しゅらく、なにしてあそぶ?」
「何でもいい」
繻樂はため息を吐く様に言った。
「えー、それじゃあダメだよ」
「わたしね、おままごと」
「えーいやだよ」
「かくれんぼ」
「おにごっこ」
「つみきにしようよ」
「おすなあそびー」
子供達は次々に言い合い、半ば喧嘩状態になった。
「意見をまとめてくれないか…」
繻樂は頭を抱える様に、ため息を吐いて言った。
「しゅらくはなにがしたいのさー」
一人の子供が少し怒った様に聞いた。
「我?」
繻樂は突然の事に少し驚いた。
「なにかないの?」
子供は問い詰めた。
「いや、特には…」
繻樂は困り顔で戸惑った。
「それがいちばん、ダメなんだよ!」
子供が繻樂に怒った。
「うふふ、それじゃあ、くじ引きにしましょう」
アリアが仲裁するように入ってきた。
いつもの事なのか、アリアは箱を持って来ていた。
「やっぱりさいごは、くじびきなのか…」
子供達は落胆したように言う。
「文句は言わない。引くわよ」
アリアが箱を振り、中に手を入れて一枚の紙を掴み、箱の外に取り出す。
そして皆が見守る中、ゆっくりと折り畳まれた紙を開く。
『歌』
アリアは開いた紙を皆に見せた。
『うた?』
子供達が首を傾げる。
「お歌の時間みたいね」
アリアはうふふと笑いながら言う。
「えー、うたなんて、だれもいってないし」
子供達の中から不満の声が上がる。
「うふふ、私が言ったのよ」
アリアは笑って言った。
『アリアー!』
子供達から一斉に声が上がった。
「ね、なにうたう?」
しかし、皆はすぐに気持ちを切り替える。
くじ引きに慣れているのだ。
アリアの唐突さもいつもの事だった。
「しゅらく、なにかうたってよ」
「!我は歌など歌わない」
不意に話を振られ、繻樂は焦った。
「えー、うたってー」
「うたって、うたって、うたって」
子供達から一斉にコールが始まった。
「一曲なにかどう?」
アリアが優しく誘う。
「―っ」
繻樂はアリアにまで言われ、戸惑った。
うーん、うーんと悩み、一つゆっくりと深呼吸をすると、繻樂は返事をした。
「分かった。一回だけだぞ」
「わーい」
その言葉に子供達は喜び、アリアも嬉しそうに微笑んだ。
そして繻樂は心を落ち着かせ、ゆっくりと歌い始めた。
繻樂の歌声は、透き通っていて綺麗な声だった。普段の声とはまるで違った。
♪あなたの笑顔はとても素敵で
我には眩し過ぎた
あなたとの時間が夢の様で
今も夢の中にいたい
あなたの傍に隣にいたかった
一緒に未来を歩いていたかった
もう二度と逢えなくても
我は今日もあなたを想っています
今を夢にして目を覚ましたい
そしたらあなたは傍にいる
眩し過ぎる笑顔を目に焼き付けて
二度と傍を離れないの
大切なものはいつも壊れる
けれどあなたとの幸せは壊れないわ
もう二度と逢えなくても
我は今日もあなたを想っています♪
「おねえさん、すごい。なけてくるよ」
「うんうん、なけるうただ」
「かなしい」
歌い終わると、次々に子供達が感想を言う。
中には涙を流す子もいた。
「…泣かすつもりはなかったんだが…」
繻樂はその反響に戸惑った。
「素敵な歌ね。聞いたことない歌だったわ。あなたが作ったの?」
アリアが尋ねた。
「いや、昔からある。故人を想う歌だ」
繻樂は首を左右に振って答えた。
しかし、この曲は今、繻樂が翔稀馬を想って歌った即興歌だった。イルサネ国に伝わる歌など無かった。
「そう。悲しい曲だけれどいい歌ね」
アリアがそう言うと、一人の女の声が聞こえて来た。
「葵(あおい)、その歌嫌い」
「あら?あなたは?」
アリアはキョトンとて聞いた。
「妖術師!何故ここに」
繻樂はその女の気配で妖術師と分かった。
「それはこっちのセリフ。イルサネの者が何故ここに。また我らを殺しに来たか」
黒装束のフードを被った葵と名乗る女は、刀を構えて言った。
「しゅらくー、あのこ、しりあい?」
事の事態を分かっていない子供達は無邪気に聞く。
「アリア、子供達を家の中へ。外は危険だ」
繻樂は子供の言葉を無視し、刀を二本構えながら、アリアに指示した。
「え、ええ。皆、こっちよ。部屋に入って」
アリアは戸惑いながらも子供達を誘導する。
子供達は「えー、なんでー?」と不満そうな声を上げている。
しかし、アリアの言うことは絶対なのか、渋々言う事を聞き、部屋の中へ入っていく。
「その子達は孤児。助ける必要なし」
葵はそう言うと、繻樂の横を通り過ぎて、部屋へ向かう子供達に刃を向けた。
その動きは素早かった。
「!」
繻樂は驚いたが、すぐに反応して葵の攻撃を止めた。
「邪魔しないで!」
葵は声を荒げた。
「やめろ。殺しは罪人だぞ。それにこの子等は何もしていないだろう」
葵の攻撃を牽制しながら、繻樂が言った。
「散々我等の仲間を殺しておいて、お前等は罪人じゃないの!?命令で殺せば何でも許されるの!?」
「!」
繻樂はその言葉に息を呑んだ。
葵はそんな繻樂には目もくれず、子供達に攻撃を仕掛けに行く。
しかし、それを素早く繻樂が間に入り止める。
「葵、孤児嫌い。孤児はいらない。孤児不幸。不幸要らない」
刀と刀でギリギリと押し合いながら、葵が言った。
「不幸かどうかは自分で決める。お前が勝手に決め付けるな」
繻樂は葵を睨み付けた。
「不幸よ、孤児は不幸。だから葵の手で殺してあげるの」
葵は不敵な笑みを浮かべた。
「やめろ。殺す必要なんかないだろ」
「殺す必要があれば殺していいの?我等みたいに」
葵は見下す様な目をした。
「!」
繻樂はまたも葵の言葉に息を呑む。
葵は後ろに飛び退き、体勢を立て直した。
そして繻樂に攻撃を仕掛けに行った。
「ねぇ、教えてよ。どうしたら罪に問われない殺しが出来るの?同じ殺しなのにどうして命令があれば無罪なの?」
葵は攻撃しながら、繻樂に問い詰めた。
「それは…」
繻樂は防戦一方の中、言葉に詰まった。
考えた事もない疑問だった。当たり前過ぎて、何も感じていなかった事だ。
けれど、言われてみれば、葵の疑問には納得がいってしまう。
普通の殺しが罪に問われるのに、命令による殺しは罪に問われない。
その差はなんなのか。
答えられなかった。
「それは何?答えられないのね。お前も所詮、政府に動かされている駒に過ぎないのね」
「お前こそ何故殺す?」
繻樂が反撃しながら、話題を変える様に言った。
葵は身軽に体を動かし、繻樂の攻撃を避けた。
そして繻樂との間を開けた。
「孤児が嫌いだから」
葵は見下す様な目をして答えた。
「なんの恨みがある?」
繻樂は警戒し、刀を構えて聞いた。
「葵は捨てられたの!産まれてすぐ、捨てられたの!孤児なの!」
葵は子供の様に叫んだ。
「それだけで孤児を恨むのか」
「同じ悲しい思いをするなら、殺してあげた方がマシよ!」
葵は言いながら、繻樂に襲い掛かった。
「傲慢だな。思い違いも甚だしい」
繻樂は攻撃を受け止めながら言った。
「うるさいっ!葵は双子ってだけで捨てられたの!」
葵は素早く刀を動かして、怒涛の攻撃をする。
繻樂はそれを難なく受け止める。
「双子か」
「そうよ、双子よ。産まれてすぐ捨てられて、一人はすぐに死んだわ」
再び葵からの攻撃が来ると、繻樂はかわし、反撃に出た。
しかし、葵も難なく繻樂の攻撃を受け止める。
「葵は妖術師の砂姫に拾われた。孤児で双子で妖術師でもない。そんな異端児の中で必死に認められる様に、人一倍努力して頑張った。妖術師の一員として認めて貰う為にっ!」
葵は繻樂と刀を交えながら、話した。
「それで?」
繻樂は冷たく突き放した。
「っ!」
葵は一旦身を引き、繻樂と間を空けた。
「葵は強くなった。庶民農業階級に産まれて、お前の様に幸せなんかじゃなかったけど、強くなった。でもっ!双子って事実は消えなくて、妖術師の中でも虐げられた!お前に双子の苦しみは分からないっ!」
葵は、今までの想いをぶちまける様に叫んだ。
「黙れ!」
繻樂が声を張り上げた。
「お前だけが双子に苦しんでいると思うな。我も双子だ」
繻樂は葵を睨み付け、語気を強めた。
「!双子…じゃあ何故そんなにも飄々と生きていられるの!?」
葵は繻樂の立ち振る舞いに、信じられないという顔をした。
「飄々とはお門違いじゃないか?我は飄々となんか生きていない。毎日を必死に生きて、噛み締めている」
繻樂は強い眼差しで、葵を見つめて言った。
「同じ双子のくせに随分幸せそうじゃない。片割れも同じ様に幸せなのかしら?」
葵はそう言うと、再び攻撃を仕掛けて行った。
「さぁ?他人の幸せは、他人が勝手に決められる定義じゃない」
繻樂は、さらりと避けながら言った。
葵はめげる事なく、攻撃を続ける。
繻樂もそれに応戦する。
「けど、今、片割れがどこにいるのかも、生きているかも分からない」
繻樂は応戦しながら答えた。
(身体が軽い。以前よりも。何故だ?弦郎様の修行の成果?)
繻樂は戦いながら思った。
力を奪われ失くしてから、刀でここまでの長時間戦うのは厳しかった。
しかし今はまだ余裕があった。
そして繻樂には、勝敗が見えていた。
葵の動きは大きくて隙や無駄が多い。
心が荒れているせいだ。
そんな葵相手に、負けるはずがないと繻樂は考えていた。
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