第21話 琥雅 二

そして琥雅は槍を持ち、すぐさま颯月に教え始めた。

「まず、呪符の属性は分かるか?」

「分かるよ、それぐらい」

颯月は呆れた様に言った。

属性は、火(炎)、水(氷、水)、光(雷)、風(嵐)、地(草、花)、鉄(鋼)と、六種類の属性がある。

それぐらいなら、庶民でも知り得ている事だった。

「だよな。それなら、使い方」

琥雅は"当たり前だよなー"という笑いをした。

そして辺りを見回し一枚の葉を拾った。

「勿体無いから今は葉っぱで代用するけど、これを槍に突き刺して、呪符の言霊を唱える」

琥雅は説明しながら、実際に葉っぱを槍に突き刺す。

「”呪符よ、燃えろ”とかね。本物の呪符だったら、呪符が燃えて槍の刃先に炎を纏う筈だぜ」

「やりたい事を呪符にお願いする感じに言えばいいんだな」

颯月が理解したように言う。

「そう。なるべく的確な言霊を、短く呪符に伝える事が大事」

琥雅はコツを教える。

「意外と簡単なんだな」

あっさりと説明が終わり、拍子抜けした。

「まぁね。これを庶民だけ禁止にする理由も分かんないだろ?」

「確かに…」

颯月は考え込んだ。

「休憩しようか。手合せの続きで疲れてるだろ」

見兼ねて琥雅が言う。

「ああ」

颯月は琥雅と一緒に木にもたれかかって座った。


「なあ、お前が守りたい雅ってどんな奴なんだ?」

琥雅が颯月の方を見て聞いた。

「色恋沙汰に興味はない」

颯月はスパッと切り捨てた。

「連れないなぁ。我はね、最近まで居たんだ。守りたい人」

琥雅は少しため息を吐き、向き直って空を見上げた。

「そうか」

颯月は興味なさそうに答えた。

「可愛い子だったよ。無邪気でね」

琥雅は俯いた。顔に陰りがさした。そして語り出した。

「ジャングルの中に捨てられた少女だった。初めて会った時は、ビビッてて、何も話してくれなかった。ただただ恐怖に囚われた顔をしていたよ」

琥雅はごくりと一口水を飲む。

「でも、我が食べ物を差し出すと、恐れながらも、食べてくれたんだ。その時、初めて少し笑ってくれたんだ。嬉しかったよ。もっと見たいと思った」

琥雅は思い出しているのか、少し嬉しそうに言い、顔がほころんでいた。

「我はそれから少女と過ごした。少女も段々打ち解けてくれて、自分がリトだと教えてくれた。リトといる時間は楽しかった。我の色の無い世界に色をくれた唯一の子だった」

琥雅は嬉しそうに空を見上げた。まるでリトを想っている様だった。

「でもリトは、病気だったんだ。親はきっと医療費が払えなくて、捨てたんだ。この国もまだ未発展途上国の一つ。死ぬまでの食費すら惜しかったんじゃないかな。自分の子を捨てられる気がしれないけどね」

最後は怒り混じりの声で言い、唇を噛み締めた。

「死んだのか?」

今まで黙って聞いていた颯月が聞いた。

「ああ、最近ね」

琥雅は、表情を暗くして短く答えた。

「ご愁傷様」

颯月も短く言う。

「ああ」

「なんか、琥雅は妖術師らしくないな」

颯月はぼそっと呟いた。

「ぷっ、なんだよ、それ」

琥雅は笑って言った。

「だって、そんなにも人の死に心を痛めて怒るだなんて」

颯月は今まで出会った妖術師を思い返して言った。皆、殺すのを楽しんでいる様だった。

「我等妖術師だって人だよ。お前等と同じ様に喜怒哀楽は持ってるよ」

琥雅はフッと笑って答えた。

「でも、琥雅はそれが人一倍強そうだ」

「…我はね、一度、妖術師失格と言われた身なんだ」

琥雅は突然言い出した。

「試験でもあるのか?」

颯月は琥雅の顔を覗き込む様にして聞いた。

「いや、ないよ。ただ、妖術師には、どれだけ”無慈悲に人を殺せるか”が必要なんだよ」

琥雅は暗い顔をした。

「”無慈悲に人を殺す”か…」

颯月は俯き、顔を暗くした。

「妖術師に産まれたからって、誰もが妖術師の素質を持っているわけじゃないし、なりたいわけでもない。でも、妖術師って種族に産まれてしまった以上、そこからは抜け出せないんだ」

琥雅は悲しげな表情を浮かべた。

「妖術師に産まれた奴等はね、戦闘訓練、殺しの訓練をさせられて、殺す事が出来ない奴は、仲間に殺されるんだ。そして強い奴だけが生き残る。弱肉強食、少数精鋭の世界なんだ。そこで我は最初の頃、失格だと言われていたのに、皮肉にも八人集の一人になった」

「八人集?」

颯月が聞き返した。

「妖術師の中でも強いとされる八人の集団のことさ。その仲間に、気付いたらなってた」

琥雅は簡単に答えた。そして、また悲しげな表情を浮かべた。

「なんで人を殺すんだ?強いなら妖怪を倒して助ければいいだろ?」

颯月は自分の思った率直な疑問をぶつけた。

「我らの先祖は、妖怪を操るって事で昔の人に嫌われて、虐げられて生きてきたんだ。それで、今もその恨みは残ってて、妖術師とそうでない人との間に隔たりがある」

「そうなのか…」

颯月は、妖術師との間にそんな怨恨があるなんて知らなかった。

どう答えていいか分からなかった。

「でも、我は特に恨んだりしてない。むしろ仲良くなりたかったよ。けど階級がそれを許さなかったし、討伐命令も下った。あの国に我の生きる場所が無くなった瞬間だった」

琥雅は過去を思い出し、話し出した。

「荒れ狂う業火の中、仲間は次々死んでいく。無慈悲なのは一体どっちだろう?ってぐらい、どんどん殺されていった。今も生きているかは分からないが、我等八人集だけが生き残り、逃亡していると聞いた。でも強くても、たった八人で何が出来る。また皆殺しにされて終わりだ。我には帰る場所がない。あの国で階級さえなければ、我は妖術師でいなくて済んだのに。我は物作りが好きだった。出来る事なら職人になりたかったよ」

「妖術師は全て悪い奴等だと思っていた。けど、違うんだな。ちゃんと人で、弱い部分を持った奴もいて、優しい奴もいたんだな。知らなかったよ」

颯月は琥雅の話を聞き、妖術師に誤解を持っていた事を知った。

「そうだよ、妖術師という階級だけで殺された。残った八人集の恨みは強いよ」

琥雅はぎゅっと拳を握り締めた。

「だろうな。でも、そう考えると本当に階級って何なんだろうな。そんなに偉いものなのか?」

颯月は、ふと込み上げた疑問を口にした。

「それに疑問を持ったらもう国へは帰れなくなるよ」

琥雅は忠告する様に呟いた。

「いや、帰るよ。帰って助けなきゃいけない人がいるんだ」

颯月は強い眼差しをした。

「雅かい?」

琥雅は颯月を横目に見て聞いた。

「ああ」

「なぁ、雅について教えてくれよ、どんな子なんだ?」

「雅は優しい子だよ。ただ、養子で双子だったってだけだ」

「だけ、じゃないね。相当嫌われる生い立ちにあったみたいだね」

颯月は平然と言うが、琥雅はそうは受け止めなかった。

「ああ、皆んなから忌み嫌われ、虐げられてた」

颯月は険しい顔をし、自然と拳に力が入る。

「片割れはどこに?」

琥雅は聞いた。

「分からない」

颯月は頭を左右に振って答えた。

「そっか、双子も妖術師と似た体験をするよな。忌み嫌われ、虐げられるんだから」

琥雅が空を仰ぎ見て言った。

「それでも雅は雅だ」

颯月は強い眼差しで言った。

「分かってるよ、さて、そろそろやろうか」

琥雅にはその眼差しが眩しかった。

「ああ」

休憩を終える合図を聞き、颯月は立ち上がった。

「じゃあ、この呪符を一枚あげる。炎を灯して見て」

琥雅は呪符を一枚渡すと、そう言った。

颯月は呪符を受け取ると、先程言われた様に、呪符を槍の刃先に刺した。

「呪符よ、燃えろ」

颯月は少し緊張しながら、祈る様に言った。

すると呪符は燃え、槍の刃先に炎を纏った。

「成功だね」

琥雅はニッと笑った。

「ああ」

颯月は安堵の表情を浮かべた。

「じゃあ、次」

そう言って琥雅はもう一枚呪符を渡す。

そして、呪符の応用をどんどん教えていった。


「最後に実践してみようか、手合わせで」

琥雅が一通り教えた後、言った。

「分かった」

颯月は頷き答えた。

「あ、そうだ。一応何かあった時の為に呪符を」

琥雅は言いながら、颯月に呪符を渡した。

「こんなに?」

颯月は受け取ったが、紙の厚さに驚いた。

「それでも半分ぐらいだよ」

琥雅は明るく言った。

「それに、何かあった時の為って?どんな?」

颯月はもらった呪符をしまいながら、疑問を口にした。

「さあ?」

颯月の疑問に、とぼけた様にすかした。

この時、颯月は知らなかった。

琥雅が、持っている全ての呪符を渡している事に。

「さ、始めよう」

琥雅のその言葉を合図に、手合わせが始まった。

やはり琥雅は強かった。八人集と言われるだけあって、隙が全くない。攻撃を加える隙を与えさせてはくれなかった。

「ほら〜隙を探さなきゃ。人は完璧じゃないんだよ。探せば隙は出てくるよ」

琥雅が、余裕の笑みを浮かべながら言う。

「くそっ」

颯月は必死になって、隙を探す。

ふと、颯月から見て右の横腹辺りに隙が見えた。

(見えた!)

颯月は躊躇う事なく、右の横腹辺りに槍を突き刺した。

その時、琥雅は自ら槍に、刺さりに行った様に見えた。

「!琥雅!なんで!?手合わせだって。なんで今自分から…」

颯月は慌てて琥雅を抱き寄せた。

「ハハ、初めに言っただろ。生きるのに疲れたって」

琥雅は颯月の腕の中で軽く笑って答えた。

「けど!」

「もう、いいんだ。リトを失った今、我にここで生きる意味はない。国に戻っても殺されるだけなら、颯月に殺して欲しかった。同じ槍使いとして」

琥雅は辛そうに息を荒げながら言う。

「そんなっ!琥雅!琥雅!琥雅っ!」

颯月は今にも泣きそうな声で、何度も叫んだ。

「そうだ。ここから真っ直ぐ行くと水辺がある。その水辺から北に行け。街に出られる。そこから北東に進み続ければ、イルサネ国に着く。長い道のりだがな」

琥雅は息も絶え絶えに、イルサネまでの道のりを教える。

「喋るなっ!今手当を」

「ふ、医師職人でも無いのに無理だ。我は今ここで死ぬ。後悔はないよ。満足してる。お願いだ。死なせてくれ。リトの元に、逝きたい…」

琥雅はそっと目を閉じて言った。

「琥雅…」

颯月はそんな琥雅を見て辛くなった。死なせちゃいけないのに、このまま死なせるべきなのではとすら思えてきた。

「雅を守れよ、颯月」

琥雅は目を閉じたまま、一言そう言うと、静かに息を引き取った。

「ああ」

颯月はもう聞こえない琥雅に向かって、強く一言答えた。

そして颯月は静かに琥雅を腕から下ろした。

「琥雅…お前とはもっと別の形で会いたかった」

颯月は聞こえない言葉を、琥雅にそっと囁いた。

颯月は琥雅をそのままにし、立ち上がった。

「これで我も雅と一緒。罪人だ。一歩近付いたかな、雅」

颯月は空を見上げて言った。

「”自由”か…そんなものがあったら、もっと雅は幸せになれたのかな?雅、今どこで何をしている?もうこれ以上、罪を重ねるな」

颯月は俯き、悲しげに呟いた。

そして、琥雅に言われた方角に向かって歩き始めた。

イルサネに戻って雅を助ける為に。

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