第17話 砂姫 二

「おい、そこの人!危ないぞ!早く逃げろ!」

妖怪の群れにたどり着くと、剣を持った兵士が叫んでいた。

妖怪の群れの真ん中を見ると、着物を着た女性が立っていた。

(妖怪の群れの真ん中にいて襲われていない?)

皐はハッとした。

そして短剣を構え、女に向かって叫んだ。

「あなたが妖術師ね!」

「おや、わらわのことを知っている者がこの国にいるとはのう」

着物を妖艶な着崩しをし、扇を手に持っていた。

「あなたは誰ですか?」

皐は睨んで聞いた。少し震えていた。周りの妖怪が強かったからだ。

妖術師は、自身の力の強さで従えられる妖怪の強さが違う。妖怪が強いという事は、妖術師も強いという事だった。

「砂姫(さき)よ。いい名でしょう?わらわは姫よ」

砂姫は扇を口元に当て、うふふふと笑う。

「なぜ、妖術師がここに?」

皐は口調を強めて聞いた。

「逃亡よ。あの戦火から、命からがら抜け出してきたの。可哀想でしょ?」

砂姫は身振り手振りを大きくして言った。

「そうですか。でも、妖術師には掃討命令が出ています。ここで見過ごすことは出来ません」

皐は短剣を握り直した。

「なぜイルサネ国の者がここに?」

砂姫は尋ねた。

「居ては悪いですか?」

皐は砂姫を睨んだ。

「折角、命からがら抜け出して来たのに、討伐隊がここにいるなんて、悪いに決まっているわ」

砂姫はしかめっ面をして答えた。

「あなたのその扇が、妖怪を操る道具なんですね」

「それが分かったところで何になる?わらわに勝てるとでも?」

砂姫は嘲笑しながら言った。

「勝ちます!」

皐は自分に言い聞かせる様に叫んだ。

「生憎、生きのいい小娘は嫌いでね。お前達やっておしまい!」

砂姫は妖怪達に指示を出した。

すると、妖怪達は一斉に皐に襲い掛かって行く。

他の兵士達と戦っていた妖怪達までもが皐に向かってきた。

「薬術六式、切体!」

皐は呪符を取り出すと、園蛇と同じ攻撃を仕掛けた。

数体の妖怪は、切り刻まれ、倒れた。

しかし、妖怪は減った様に感じられない。

(今のはザコだった。ザコも混ざっているの?)

皐は砂姫の力を推し量ると、緊張が走った。


皐は短剣と呪符で、必死に襲って来る妖怪達と戦った。

皐は、砂姫が高笑いでもして見ているのでは無いかと、砂姫がいた場所を横目で見た。

しかし、そこに砂姫の姿は無かった。

戸惑うと、皐の横から声が聞こえて来た。

「どこを見ているのかしら?」

「!」

そこには砂姫がいた。

そして扇の物理攻撃を右半身にもろに喰らい、皐は吹き飛ばされた。

「うっ、っあっ!」

皐は石畳の床に叩きつけられ、転がった。

倒れ込んだ皐を逃さぬように、すかさず妖怪達が襲いに掛かる。

それを兵士達が、皐と妖怪達の間に入り、皐を助ける。

「大丈夫ですか!?」

「は…いっ。ありがとうございます」

皐は顔をしかめながら答え、立ち上がった。

扇の攻撃をもろに受けたせいで、酷く右半身が痛んだ。

兵士達はザコだけでなく、強い妖怪も倒していった。

(この人達、強い…)

皐は痛むところを押さえながら見て、思った。

「そこでぼうっとしている余裕がどこにあるのじゃ?わらわに教えてみよ!」

また砂姫が扇で襲ってきた。

皐は機敏に動き、飛び退いて避けた。

痛みも大分治まっていた。

「扇二分咲、木の葉!扇三分咲、かまいたち!」

砂姫は扇の技を連続で繰り出した。

扇から出された木の葉は、かまいたちを纏い、鋭利な刃物となって皐を襲ってきた。

皐はそれをジャンプして避け、一気に砂姫との間合いを詰め短剣をふるった。

砂姫は余裕でその攻撃を扇で受け止めた。

皐は続けて短剣をふるい、攻撃する。砂姫は軽々とそれを止める。

砂姫は反撃に出る。扇で短剣を払いのけ、扇四分咲、土嵐を使った。土の混ざった嵐、竜巻が皐を襲った。

攻撃が来る寸前、皐は薬術二式、守備を使った。

(くっ…一撃が重い)

皐は必死に攻撃に耐えた。

「薬術五式、焔!」

皐は薬術を発動させると、焔と共に砂姫に向かって行った。

「扇無分咲、守備」

砂姫の周りに結界が出来、焔を消滅させ、皐の斬撃も止めた。

「くそっ!」

皐は悪態をついた。

砂姫はニコッとシールドの中から笑っていた。

皐は態勢を立て直し、五枚の呪符を取り出した。

そしてそれを胸に当て、祈る様に目を閉じた。

(我に出来るか分からないけど…よしっ)

カッと眼を開くと、ひとつ深呼吸をした。

「薬術三式、麻痺!」

一枚の呪符を砂姫に投げつける。すかさず次の呪符、薬術五式、焔を繰り出す。またすぐに薬術六式、切体、薬術八式、感染、薬術九式、破肉を一枚一枚繰り出した。

しかし砂姫は、その連続攻撃を軽々と避ける。

「―っ!攻撃が、当たらない…」

皐は絶望した。やっぱりダメなのかと。

薬術の呪符は一度に五枚までしか発動できないのだ。

発動にはそれなりの力を必要とし、また攻撃を当てるには、それ相応のコントロール力が必要だった。皐にはまだ一度に五枚の呪符を発動させる事が出来なかった。また、コントロール力にも欠けていた。

(園蛇様に追いつけない…追い付かなきゃいけないのに)

皐は唇を噛み締めた。悔しさと焦りの表れだった。

「クスクスクスクス、もう終わり?わらわを楽しませてくれないの?」

砂姫は扇を広げ、口元に当てながら言った。

「まだですっ!我はあなたを倒します!」

皐は短剣を構えた。

「わらわに触れられない者が何を言う」

砂姫は余裕の笑みを向けていた。

「扇五分咲、矢舞!」

砂姫の扇からは、無数の矢が飛び出してきた。

皐はそれを避けたり、短剣で薙ぎ払ったりしていた。

しかし、一本の矢が皐の左腕を射抜いた。

「はぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

皐は痛みに悲鳴を上げた。

砂姫はフッと笑った。

皐は短剣を左手に持ち替え、右手で呪符を取り出した。

「薬術一式、麻酔!」

皐は呪符を取り出したかと思うと、自分の左腕の矢が刺さった場所に張り付けた。

呪符の力で皐の左腕は痛みを忘れた。そして矢を勢いよく引き抜いた。

皐は矢を投げ捨て、短剣を右手に持ち直した。

「なんと、自分の腕の感覚を犠牲にするか」

砂姫が醜いものを見るかのような目で言った。

皐の左腕は麻酔によって、痛みも感覚も失っていた。

「こんなぐらい、大したことありません!」

皐はそう言うと、砂姫に向かって行った。

「懲りないのう。貴様のような小娘が、わらわに勝てると思うのか!」

砂姫は扇三分咲、かまいたちを繰り出した。

皐は避ける事無く、かまいたちを身体中に受けながら向かってきた。

「何だと!?」

砂姫は予想外だったのか、驚いた顔をした。

「はあぁぁぁ!!!」

皐は右手を高く振り上げ、砂姫に斬り掛かった。

砂姫は防御が遅れ、扇を持つ右腕を皐の短剣がかすめた。

「くそっ!」

砂姫はそこから飛び退き、皐との間合いを取った。

「扇の舞の弱点は、攻撃を放った後に大きな隙が出来る事。あなたはその隙が有り過ぎる。我が見て来た扇士達は、そんなに隙は無かったわ」

皐は息を切らしながら砂姫に言った。皐は弦郎や繻樂を思い出していた。

「小娘がぁ!この美しいわらわに傷を付けたな。許さぬぞ。扇八分咲、薔薇舞!」

皐の足元から薔薇の茨が伸びて来た。

「!」

皐は慌てて飛び退いたが、間に合わなかった。右足が茨に捕まった。そのまま全身に茨が這いつくばり、釣り上げられた。

身体中に茨が突き刺さり、かまいたちで受けた切り傷に食い込み、全身に痛みが走った。

「きゃぁぁぁぁ!!!!!」

皐は耐えられない痛みに、叫びもがいた。

「諦めろ。もがけばもっと食い込むぞ」

砂姫は皐の姿を満足そうに見上げた。

「く…そ…」

皐は痛みに気を失いそうだった。

(ここに誰かいてくれれば…ううん、弱気になっちゃダメだ。まだ何かある)

皐は痛みを堪え、短剣を強く握り直し、無理矢理茨を引きちぎり、右手を振り上げた。

そして、自分に巻き付いている茨を切り刻んでいった。

「そんなむちゃくちゃなっ!」

砂姫は驚き声を上げた。

今まで、砂姫の茨を自らの力で破った者はいなかったからだ。

皐はボロボロの身体で走り砂姫を斬り付けに行った。

怪我をしているとは思えない程の素早さで砂姫に迫った。

「あなたは近戦が苦手だ!ここまで間を詰めれば防戦一方でしょう?」

皐は言いながら、攻撃の手を止めない。

砂姫は図星なのか、扇での防戦一方で、顔が険しかった。

皐は麻酔で鈍った左手を動かし、最後の一枚の呪符を取り出した。

「薬術八式、感染!」

皐は隙を付いて、砂姫の扇に呪符を貼り付けた。

皐の攻撃は止まり、扇と短剣がぶつかり合い、せめぎ合っていた。

「小娘!何を!?」

砂姫は何をされたのか分からなかった。

「答えろ!何をした!?」

答えない皐に声を荒げた。

「五、四、三…」

突然皐がカウントダウンを始めた。

砂姫には何が何だか分からなかった。

「二、一っ!」

皐は最後の秒数を合図に、短剣を振り上げ、扇を思い切り斬り付けた。

すると、扇はいとも簡単に粉々になった。

「バカなっ」

砂姫は目を見開いて驚いた。

扇は感染の力で脆くなっていたのだ。

皐は完全に脆くなるタイミングを待っていたのだ。

「やぁぁぁっ!」

皐は短剣を大きく振りかぶり、砂姫の身体を斜めに切り裂いた。

瞬間、皐の短剣は折れた。扇と密着していた為、皐の短剣にも感染の力が、感染していたのだ。

砂姫の身体からは大量の血が吹き荒れ、皐は血しぶきを浴びた。

砂姫は悲鳴を上げ、後ろに倒れた。血がドクドクと流れる中、砂姫は死んだ。

(ああ、こんな感じなんだ…)

皐は初めて人を斬った。

手に残る感触は、身体中にも同じ様に残る。

血肉を斬り裂く感触…

降りかかる暖かい鮮血、生々しい肉の感触。

皐の中に残る感触は、”気持ち悪い”の一点張りだった。

「勝てた…」

皐はそう一言、言うと砂姫の方に倒れ込んだ。

限界だった。皐が先に死んでいても可笑しくは無かった。

血を流し過ぎていた。


皐は最先端医療の治療を受け、数日間、目を覚ますことなく眠り続けていた。

このまま目覚めないかと心配された頃、皐は病室で一人そっと目を開けた。

「………我は、生きてる…」

皐はぼうっとした頭で呟いた。

あの時、死んだと思っていた。

身体は酷く重く、痛い。全身に痛みが走り続けていた。

そしてあの感触までもが、残り続けていた。

皐はそれがとても嫌だった。いつまでもあの時の事を思い出してしまうからだ。必死だったとはいえ、人を殺してしまった、罪悪感が漂った。

(繻樂様はいつもこんな感触を味わっているの?我だったら耐えられない)

皐は天井を見上げ、涙を流した。


さらに数日が経った時、皐は完全に回復していた。

皐はシルクの病院服を着ていた。

その肌触りは、とても心地よかった。

(気持ちい…)

皐にはどこかホッとする感触があった。

皐の着物は、病室に無かった。尋ねると血滲みが取れず、ほつれも酷く直すことも出来なかったので捨てたという。

皐は代わりの服にと、差し出された服を着る事になった。

それは、この国では普段着で着られているドレスだった。庶民と違うところと言えば、生地がシルクであることぐらいだった。

皐は抵抗があったが、着る物がそれしかないので、仕方なくそのドレスを着て、病院を後にした。


皐が向ったのはアルーン21世のところだった。

「もう怪我は大丈夫なのだな」

謁見の間で、やって来た皐にアルーン21世が言う。

「はい、お陰様で良くなりました。本当にありがとうございました」

皐は頭を下げた。

「今回の活躍、大変立派だった。国を、街を守ってくれてありがとう。改めて礼を言う」

アルーン21世は皐に敬意を払った。

「いえ、陛下や兵士達の力のおかげです。この国の兵士達は皆さんお強いですね」

それは皐の本心だった。あの場で砂姫と一対一で戦いに集中出来たのは、妖怪達を食い止めてくれていた、陛下や兵士達のおかげだった。

「ほう、嬉しい事を言ってくれるな。今回の褒美として一つ、なんでも言う事を聞こう。何がいい」

アルーン21世は、嬉しそうに笑った。

「その前に聞きたい事が」

「なんだ?」

アルーン21世は尋ねた。

「その、槍を持つ兵士の階級は最下位ですよね?それなのに、あの時、和気あいあいと言うか、階級がない様に感じたんですが、この国の階級制度はどうなっているんですか?」

皐は拘束それた初日、陛下と兵士のやり取りを思い出していた。

上官に対する、ましてや王様に対する口の利き方じゃなかったと。

「和気あいあいか…そう見えたのなら嬉しい限りだ。確かに、王宮内には階級がある。それは組織として統一する為のもの。だが槍を持っているから、最下位の階級と言うわけではないぞ。武器は好きなものを使わせている」

「そうなのですか?」

皐は驚いた。武器が好きに使えるなんて思ってもいなかった。

「ああ。それに普段は、薙矢の言った様に、和気あいあいとしていたいのだ。階級などと堅苦しく型にはまらずな。階級制度は王宮内だけで、庶民の暮らしの中に、階級制度はないよ。皆平等だ。そう言えば、薙矢の国では厳重な階級制度があったな」

アルーン21世は真摯に答えてくれた。

「はい、学者に産まれた者は学者にしかなれない。武士に産まれた者は武士にしかなれない。それ以外の道を選んではいけません。階級違いの恋や結婚も禁止されています」

「なんとも堅い。生き苦るしい制度だな。もう少し緩めれば楽だろうに」

アルーン21世は、はぁとため息を吐きながら、頭を左右に振った。

「緩める…楽…」

皐は、アルーン21世の言葉を繰り返した。

そんなこと考えたこともなかった。

アフタリア王国では、階級は柔らかな物に捉えられている。

イルサネ国では、重大かつ厳重に捉えられている。

(この差は一体何?今まで我々が考えてきた階級って一体何?)

皐は異文化に触れ、自国の階級制度の疑問を抱き始めていた。

「それで?願いは?」

再度、アルーン21世が尋ねた。

「我が国、イルサネ国に戻りたいです」

皐は素直に答えた。

「よろしい、そうだと思って船を用意してある。早くいくと良い。他の5人にも会えるといいな」

アルーン21世は微笑んだ。

「はいっ!ありがとうございます」

皐は満面の笑みでお礼を言い、王宮を後にした。


皐は兵士に案内され、船着き場に向かっていた。

慣れないドレスに、歩きづらさと戸惑いを覚えながら進んだ。

そして、船着き場に着き、皐は船に乗り込んだ。

イルサネ国にも船はあるが、皐は乗るのが初めてだった。初めての船は少し緊張した。

(これで帰れるんだ。園蛇様にまた会えるんだ。…会えるよね?きっと)

皐はきゅっと指を絡め胸元で祈る様にした。

そして船は、イルサネ国へ向けて、ゆっくりと動き出した。

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