第15話 剛李

ガサガサ、バキバキ、ドカン

「おお、木の上から人が落ちて来た」

いかにも庶民階級の服装をした老人が言った。

木の上から落ちて来たのは、園蛇だった。

落ちた衝撃で、気を失っている様だ。

老人はその場で介抱を始めた。

暫くすると、園蛇は目を覚ました。

「ここは…?」

木々の木洩れ日が眩しかった。

「おお、目覚めましたか」

老人が気付き、近寄って来た。

「助けて下さったのですか?」

園蛇は起き上がり、尋ねた。

「はい。あなた様は、木の上から落ちてきました」

老人は、園蛇の事を着物の身なりから、自分より上級階級だと思っていた。

「木の上から…助けて頂きありがとうございます」

「いいえ、あなた様に礼を言われる程ではございません」

老人は頭を下げた。

「あの、ここはどこですか?」

「ここはルーモの森です」

老人が告げる。

「ルーモ?…!最果ての村、ヌッドの近くか」

園蛇は驚いた。

「はい、我はそのヌッドに住む庶民、狩猟階級の彦(ひこ)です」

「そうか、我は博士の三重園蛇です」

そこは園蛇達がいる国の最果ての場所だった。

(こんなところまで飛ばされたのですか。皆さんは無事でしょうか…)

園蛇は考え込んだ。

「あの、ここはあれですし、村へ来ませんか?大しておもてなしは出来ませんが」

彦がおどおどしながら言った。

「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」

園蛇はヌッドの村に行くことにした。

 

村に着くと、そこは酷く荒廃していた。

行き交う村人に、活気は無かった。

その光景に呆気に取られていると、彦が口を開いた。

「なんせ最果ての村ですから、こんなヘンピなところに住みたくないと、若い者は村を出て行きましてね。村人も、庶民階級の者しかおりません。はやり病などにかかれば、あっという間にこの村は消滅するでしょう」

「近くの村に医師商人は?」

彦は悲しそうに、首を横に振った。

「残念ながら、ここから一番近くて、徒歩五日はかかります。馬もいませんのでね」

「そうですか。問題は深刻ですね」

園蛇は何か出来ないかと考えた。

「もう地図から消えるのも時間の問題ですよ。長老も長くはありませんし」

彦は自傷気味に言った。

「ご高齢で?」

「それもありますが、もう何年も治らない病気なのです」

「一度お会いしても?」

「ええ、どうぞ」

園蛇は彦に案内され、長老の家に向かった。

 

「長老、彦です。お客様がいらっしゃいました。学者、博士階級の三重園蛇様です」

彦は家の中でそう言うと、家の奥から「通せ」と、声が聞こえて来た。

「はい。どうぞ」

彦は家の奥へ行くように促した。

園蛇は家の奥へと進んでいった。

そして布団に横たわる白髪のご老人の前に正座した。

「初めまして」

園蛇は一礼した。

「初めまして、三重様。ゴホッゴホッ!こんな姿で申し訳ない」

長老は、喋る事もままならない程の咳をしていた。

そして、園蛇に握手を求め、手を伸ばしてきた。

その手は酷くやせ細り、骨と皮だけで成り立っている様だった。

園蛇はその手を両手で優しく包み込み、握手した。

「いいえ、大丈夫です。咳が酷いですね」

「ええ、このところ急に酷くなりまして」

園蛇の言葉に、彦が答えた。

「そうですか。(何も出来ない。この場に綜縺がいたら…薬だけ作れても何の意味も無い。博士とは何だ?そんなに偉いのか?階級とは何だ?博士でも医術が使えたら…)」

園蛇は初めて階級への肩身の狭さを感じ、階級とは何なのかと疑問を持ち、何も出来ないもどかしさを感じた。

「三重様?」

深刻そうな顔をする園蛇に、彦が声をかけた。

「あ、いえ、なんでもありません」

園蛇は笑い掛けた。

「三重様よ、何もないところですが、ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ。ゆっくりしていって下さい」

長老は必死に言葉を紡いでいる様だった。

長老の呼吸はヒュー、ヒューと音を立てている。

「はい、ありがとうございます」

園蛇は礼を言うと、長老宅を彦と一緒に出た。

 

「あの、ここから政府の建物までは、どのぐらいかかるか分かりますか?」

「ここから徒歩でですか!?」

彦は酷く驚いた。

「ええ、徒歩しか選択肢はありませんから」

それに対し園蛇は、サラッと答えた。

「ここからだと…想像もつきません。まさに遥か彼方の地平線の向こうという感じですから」

彦は困った様に言った。

「そうですか。まぁ、気長に行きます」

「正気ですか!?」

また彦は、園蛇の言葉に驚いた。

「はい、そこに仲間や助手が待っているのでね」

「そうですか」

その時、突然村の入り口から妖怪が溢れ出た。

「よ、妖怪!?」

彦は驚き、身を引いた。

村は一気に狂気に包まれた。

村人達の悲鳴に嘆く声。

園蛇には何回も聞いた声だった。

「まずはこの村から全滅だぁ!」

村の入り口から、叫び、飛び込んで入って来たのは、忍者服のような服を着て、大剣を持ち、片目に眼帯をした男だった。

「(この感じは妖術師!)お前は誰だ?」

園蛇は彼の気配で、今までと同じ妖術師の気配だと分かった。

「我は妖術師の剛李(ごうり)だぁ。まずは手始めにこの村をぶっ潰してやらぁ!」

 剛李と名乗る男は、大剣を振り回しながら言った。

「手始めだと?」

園蛇は鞭を構えながら、怪訝な顔をして聞き返した。

「ああ、この国を潰す手始めだぁ」

剛李は園蛇に向かってきた。

「(また新しい妖術師。一体何人いるんだ)そうはさせません!」

園蛇は鞭を一振りし、向かって来る剛李を牽制した。

剛李はバックステップをし、間を開けた。

園蛇は剛李との間を詰め、鞭を振るった。

園蛇の攻撃を剛李は大剣で全て受け止める。

パシッパシッと乾いた音が響く。

園蛇は攻撃を続けながら、呪符を取り出した。

「薬術八式(やくじゅつやしき)、感染!」

園蛇は叫び、呪符を大剣に張り付けた。

その時、横から妖怪が飛び込んできた。

園蛇は妖怪の攻撃を受け、地面に転がった。

すぐに起き上がり、先程の妖怪を一発で殺した。

妖怪はザコの集まりだった。

「くそっ!(妖怪相手に剛李と戦うのは厄介だ)」

しかし、数が多過ぎたのだ。

「ハハハッ!口程にもない。やれ、妖怪ども!この村を潰せぇ!」

剛李は叫んだ。

「薬術五式(いつしき)、焔!」

園蛇は素早く複数枚の呪符を取り出し、妖怪達めがけて投げつけた。

妖怪は一瞬にして焔に包まれ、消えて行った。

「そうはさせません、と言ったでしょう?」

園蛇が鞭と呪符を構えて言った。

「ふん、この軍勢相手に勝てると思うのかぁ!」

剛李は大剣を振り回し、園蛇に向かっていった。

園蛇は避けながらも、鞭で応戦した。

「薬術三式(みしき)、麻痺!」

園蛇が剛李めがけ、呪符を投げつけた。

「おっと、残念だぁ」

剛李は軽やかに避け、傲慢な態度を取った。

二人の間に間が出来た。

しかし、そんな時でも園蛇に暇は与えてもらえなかった。

引っ切り無しに妖怪が園蛇を襲ってくるのだ。

剛李はそんな事お構いなしに、園蛇に斬り掛かる。

園蛇は必死に飛び退いたが、大剣の刃先が鞭を握る右腕をかすめた。

「くっ!」

園蛇は痛みに顔をしかめ、腕を押さえた。

腕からは血が流れ出していた。

その時、一体の妖怪が園蛇めがけて向かってきた。

園蛇は応戦しようとしたが、痛みに反応が鈍った。

園蛇が動けないでいると、横から農耕具のクワが妖怪に突き刺さった。

園蛇の前に現れたのは、必死の形相を浮かべる彦だった。

妖怪は致命傷を負ったのか、一発で死んだ。

「彦!」

園蛇は思わず叫んだ。

そして辺りを見ると、村人達が農具で妖怪と戦っていた。

「妖怪は我等にお任せを!三重様はそやつを!」

彦が妖怪を攻撃しながら言った。

「我々は大丈夫です!」

「最後まで負けません!」

ほかの村人も戦いながら、園蛇に言った。

「分かりました。皆さん、ありがとうございます」

園蛇は腕の痛みを堪え、立ち上がり、鞭と呪符を構えた。

「さあ、剛李さん、あなたには科学の実験台になってもらいます!」

「ふん、やれるもんならやってみろぉ!」

剛李は再び大剣を振り上げてやって来る。

園蛇は鞭を今までで最大の力で振り下ろし、大剣を叩いた。

すると大剣はパキンッと音を立てて折れた。

「!バカなぁ!」

剛李は動揺した。

「貴様ぁ、何をしたぁ!!」

剛李は園蛇を睨んだ。

「感染、ですよ」

「感染?」

「我は最初、あなたの大剣に薬術の感染を付与しました」

園蛇は淡々と言った。

薬術の感染は、触れた物体の性質によって発揮する力を変える。

人間に付けば、感染症になり死んでいく。

鉄に付ければ、感染は霧になり鉄を錆びさせる。

「そうして、今の刺激で折れたのです。錆びるまでに大分時間が、掛かりましたけどね」

「くそがぁ」

剛李の眼は、怒りに満ちていた。

気が付くと、妖怪の数が減っていた。

「やはり、大剣があなたの妖怪を呼び寄せる道具、だったんですね」

「チッ、そうだよぉ」

剛李は折れた大剣を投げ捨て構えた。

「体術で挑みますか」

園蛇はそれを見て、鞭をしまい、呪符を取り出した。

同時に走り出し、剛李が拳をふるった。

「薬術二式(ふたしき)、守備」

園蛇は手に持っていた五枚の呪符を使った。

ガンッ!

剛李の拳は、園蛇の創ったシールドに阻まれた。

「痛って」

剛李は顔をしかめた。

「呪符の枚数を重ねると強度や威力も上がるんですよ」

園蛇は新たに呪符を手にして言った。

「薬術四式(ししき)、蛇毒(じゃどく)、薬術五式(いつしき)、焔、薬術六式(むつしき)、切体(せったい)、薬術九式(くしき)、破肉(はにく)、薬術十式(とうしき)、破骨(はこつ)」

園蛇は一斉に呪符を放った。

「この一斉攻撃、避けきれますか?」

剛李は避けていたが、薬術六式、切体が足をかすめた。

ガクンと膝が地面につく。かすめただけの筈が、深く肉をえぐられていた。

「それは当たれば人体を切断出来る技。かすめたたげでも相当な威力はありますよ」

園蛇は言いながら剛李に近付いて行った。

「くそがぁ」

剛李は園蛇を睨み付けた。

さすがに肉をえぐられた足で、立ち上がる事は出来なかった。

「これで私の勝ちです。薬術四式、蛇毒」

園蛇は剛李のえぐられた傷口に呪符を貼った。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

瞬間、剛李は叫んだ。

傷口が酷く痛み、痺れを伴った。

蛇毒…その名の通り、蛇の猛毒だ。

傷口から直に毒が入り、一瞬で身体中に回った。

剛李は、その場に泡を吹いて倒れ込み、死んだ。

園蛇はふぅっと肩の荷を下ろす様に、緊張を解いた。

「皆さん、ありがとうございま…す…」

そして、村人達に礼を言おうと振り返ると、皆死んでいた。

「えっ…」

園蛇はその光景に唖然とした。

村は妖怪と人間の屍で埋め尽くされていた。

ふと、かすかにうめき声が聞こえた。

園蛇は声のする方に近付いて行った。

すると、そこに倒れていたのは、彦だった。

「彦!」

「み、みじゅ…う様」

「喋るな、今手当を!」

園蛇の言葉に彦は、首をゆっくり横に振った。

「もう、長くは…ありません。村を…守って…ありが…」

彦は息絶えた。

「彦ー!」

園蛇は叫んだ。その後すぐ、長老の事が頭を過ぎった。

「!長老は?」

園蛇は慌てて長老の家に向かった。

長老は死んでいた。妖怪からの傷は無く、病死だった。

長老は穏やかな顔で死んでいた。

また村が一つ滅んだ。

どこか、妖術師に操られているのではないかと思う程に…

「くそっ!」

園蛇は悪態をついた。

トボトボと長老の家を後にした。

 

(何が”ありがとう”だ。何も、守れていない。また村が一つ消えた。我は何も出来ない。病人を治す事も、村人達を守る事も、何も…)

「薬を作ったところで、使えなきゃ意味ないじゃないか!」

園蛇は立ったまま叫んだ。

 

『こんな薬、調合して意味あるのですかね。今までにない、新しい薬の調合など』

園蛇は手を動かしながら、嫌そうに言った。

『そんなことないわよ、この発見で助かる人が増えるのよ。すごいことだわ』

白衣を着た女の人が、園蛇の肩を後ろから掴んで言った。

 

園蛇の脳裏に過去が蘇った。

「!梢(こずえ)………でも、守れなかったよ、何も。所詮、我は薬が作れるだけのただの人間だったよ、梢」

園蛇は暗くなった夜空を見上げ呟いた。


(薬が作れても、その場で使えなければ意味が無い。薬を作った者が一番使い方を知っているのに、医師商人でなければ使えない。この階級の壁は何なんだ?)

園蛇はやり場のない憤りを感じながら、荒れ果てた村を後にし、夜の森に姿を消していった。

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