第14話 別れ

翌日、霞は刀馬の元へやってきていた。

「この一連は全て妖術師の仕業だと?」

刀馬は怪訝な顔をして、霞の報告を聞いていた。

「はい。また、絶滅を逃れた妖術師が八人いるそうで」

霞は刀馬と向き合い正座して続けた。

「八人もか…」

刀馬はため息まじりに呟いた。

「はい、しかし、彼等はバラバラに散っているそうで、色んな他国にいるとか」

霞は淡々と告げた。

「何!?他国だと!?今すぐ掃討せねば外交問題に発展しかねんぞ」

刀馬は目を見開き、慌てた様子を見せた。

「はい、しかし、彼等は以前、妖術師八人集と呼ばれ、妖術師の中でも強かった奴等だということです」

「なんと、八人集が残っているとは…」

刀馬は落胆したように言った。

「どうされますか?」

霞は指示をあおった。

「うーん、下手に他国に手出しは出来ぬし、今の兵力では経験が足りなさ過ぎる。どうしたものか」

刀馬は八人集に手出し出来なかった。

それは、八人集がとてつもない脅威だという事を示していた。

八人集は、強力な妖怪を呼び寄せる武器を持ち、昔、この国を震え上がらせた集団だった。

迂闊に手を出せば、兵士全員が死ぬのは目に見えている程だった。


「ねぇ、これって完全密封なんだよねぇ?」

とある道の途中、大きな木に背中を預け、小瓶を見つめながら言う小柄な男の子の姿があった。

そう、彼は繻樂から力を奪った妖術師だった。

「その筈だが?どうした?」

その隣に、腰を下ろし、腕組みをしている男が答えた。男は腹に包帯をぐるぐる巻きにつけていた。そこからは少し血が滲んでいた。

そう、彼は、嵐に腹を突き刺されたあの妖術師だった。

「なーんか、減ってるような気がするんだよね」

男の子は、小瓶を太陽にかざしながら言った。

「気のせいだろ」

包帯の男は小瓶を見る事無く、目を伏せて答えた。

「そうかなぁ?」

男の子は納得いかない様だった。

「おや、何か大怪我を負っているようで」

二人の前方から誰かが歩いてくる。

「霞」

包帯の男は顔を上げ、その人物の名を呼んだ。

「あ、霞っちだ。やっほー」

男の子は、気楽に小瓶を持った手を振りながら言った。

「散っている仲間は集めなくていいのですか?」

霞は飄々と、さも当たり前かの様に妖術師達と話を始めた。

「そのうちな」

包帯の男は霞から目を逸らし答えた。

「今は怪我の治療が優先と?」

霞はクスリと笑いながら言った。

「おい、霞!失礼だぞ、その態度!」

男の子が、小瓶を持った手をぶんぶんと縦に振りながら言った。

「それは失礼しました」

霞は薄ら笑いを浮かべながら、頭を下げた。詫びている様子は無かった。

「何しに来た?」

包帯の男が聞いた。霞が来る時は、何かしらの情報がある時だけだ。

「政府は今混乱状態。あの刀馬でさえ、手を焼く始末。今、政府は諸刃の剣。狙い時ですよ」

霞はニッと笑って言った。

「そうか。今がチャンスか」

包帯の男は思案する様に呟いた。

「では、私はこれで」

霞は一礼すると、来た道を戻って行った。

 

繻樂達は、旅立ちの準備をしていた。

弦郎と繻樂は、家の中で正座をして向かい合っていた。

「繻樂、これで我が教えられることは全てだ。教えを守り、精進せい」

「はい」

繻樂は弦郎の言葉を噛み締めた。

「これを」

弦郎は自分の横に置いてあった包みを差し出した。

繻樂はそれを受け取り、包みを開けた。

それは扇だった。開いて見ると、綺麗な鶴の絵に、金箔が散りばめられたとても綺麗な物だった。

繻樂はその美しさに見惚れた。

「草津家に伝わる代々受け継がれし扇だ。心配するな、そう簡単に壊れるものではない。お前さんに受け取って欲しい」

弦郎は真剣な眼差しで繻樂に言った。

「こんな大層なもの…」

繻樂はその美しさと重大さに気後れした。

「ぜひ、使って欲しいのだ。陽の目を浴びずに役目を終えるのは哀しいだろう?」

弦郎は悲しそうな眼をした。

「…はい…草津家の扇。確かに受け継ぎました」

繻樂は受け継ぐ覚悟を決め、扇を握り締めた。

「お前さんは立派な扇士になるよ、繻樂」

弦郎は眼を細め、笑顔を見せながら言った。

「はい」

繻樂はその言葉の重みを感じ、力強く返事をした。


「では、出発しようか」

皆が旅立ちの準備を終えた頃、弦郎がやって来て言った。

「?弦郎様も?」

繻樂が怪訝な顔をして聞いた。

「なに、住む場所を変えるだけだ。何しろ匿っていた代償はでかいのでな」

呪いの女嫌いのこの村で、匿っていた弦郎は、村人達から虐げられるのだ。

なので弦郎は、この村を捨て、別の村へ行こうと考えていた。

「…っ。すみません…」

繻樂の顔は、一瞬にして暗く曇った。

また自分のせいで人を不幸にしたと。

「お前さんが謝ることではない」

弦郎は優しい微笑みを見せ、繻樂の肩をポンと叩いた。

まるで孫を見るような優しい眼だった。

「はい…」

繻樂の声に元気はなかった。

それでも進まねばならない。

皆は村の入り口まで進んでいった。

村は閑散としていた。村人は外に一人もいなかった。呪いの女に会いたくないのだ。

そんな空気をぶち壊す様に、村の入り口から大量の兵士達がやって来た。

「目標発見!攻撃用意!」

一人の兵士が叫んだ。

「ちょっと待て、どうゆうことだ!」

繻樂は嵐に乗ったまま、声を張り上げて聞いた。

「迂笒大臣から、呪いの女の掃討命令が出ています」

先程と同じ兵士が答えた。

「なん、だと…?迂笒大臣から…?」

繻樂は悲しみを覚えた。少し気に食わない所もあったものの、呪いの女に命令を下さる優しいお方で、少しは信頼している部分があった。

他の大臣たちは繻樂を呪いの女と毛嫌いし、命令など一切しないのだ。

繻樂は利用されていたのだと悟った。

そして、力の弱くなった今、殺すには絶好のチャンスだった。

「何かの間違いじゃないのか?」

嵐が信じられないという顔で言った。

「いや、嵐。こいつら全員迂笒大臣直属の兵士達だ」

繻樂は悲しげな声で言った。

「どうやら、命令は本当のようですね」

綜縺が言った。

「戦うしかないですね」

園蛇がそういうと、皆武器を構えた。

「まて、ここは我に任せよ」

臨戦態勢の空気に、弦郎が一声あげた。

「弦郎様?」

繻樂は怪訝な顔をして、弦郎を見た。

「なに、この程度の相手、お釣りが来るわ」

弦郎はそう言うと、扇を構え前へ出た。

「ーっ!」

その時、繻樂は弦郎の眼を見た。

その眼を繻樂はよく知っていた。これから死ぬ人の眼だ。死ぬ覚悟の眼だった。

「さあ、来るがいい!」

弦郎は声を張り上げた。

「攻撃開始!」

一斉に兵士達は、弦郎に向かって行った。

「今のうちに行くぞ」

嵐がそう言うと、皆村の外に走り出した。

「だめ、弦郎様!」

繻樂は嵐から飛び降り、弦郎の元へ駆け寄ろうとした。

しかし、綜縺に手を掴まれ、止められた。

「離して!雪城様!」

繻樂は掴まれた手を解こうともがいた。

「ダメです。繻樂様。弦郎様の行為を無駄にするのですか!」

綜縺は繻樂に訴えかけた。

「あの爺さんなら強いから大丈夫だろう」

嵐は繻樂に言った。

「違うっ!あの眼は死ぬ眼だ!弦郎様は死ぬ気だ!」

繻樂は荒れ狂う様に言った。

「繻樂様、失礼します」

綜縺は繻樂を自分の元にぐいっと引き寄せ、肩に担いだ。

そして、走り出した。

皆も一緒に走り出した。

「雪城様、離して下さい。お願いします!雪城様ぁ!いや、いやぁー!弦郎様ぁー!」

繻樂はもがくが、男の力には敵わなかった。

そして必死に手を伸ばした。届く事の無い悲しい手…

どんどんと戦う姿が遠くなり、最後に見たのは、村の入り口が蔦に覆われた姿だった。


「さあ、これで我を倒さねば先へは進めぬぞ」

弦郎は村の出入り口に蔦を這わせ、入り口を閉ざしていた。

「くそっ、この老いぼれじじいが」

兵士が唾を吐き捨てて言った。

「その老いぼれに勝てるかな?」

弦郎は不敵な笑みを浮かべた。

「かかれー!」

その声を合図に、一斉に弦郎の元に兵士達は向かって行った。

弦郎は素早く扇に呪符をセットし、「扇四分咲、土嵐(どらん)!」と言い兵士達に扇を向けた。

扇からは土と嵐が吹き荒れ、兵士達をなぎ倒していった。

「扇術式二十九、大連呪縛!」

弦郎はすかさず次の技を繰り出す。

多くの兵士が捕縛された。

「扇術式三十五、大連火炎!」

弦郎は素早くも美しく舞う。

捕縛された兵士達の呪縛には、炎がついた。

兵士達の悲鳴が聞こえる。

弦郎は止める事をしなかった。

捕縛された兵士達は火あぶりにされた。

「さて、これで半分ぐらいか?」

弦郎は少し息を切らしながらも、ニッと笑った。

「くそじじいぃ!」

兵士は剣を振りかざし、弦郎に襲い掛かった。

それを弦郎は扇で受け止めた。

「今だ!やれ!」

その兵士の一言で、他の兵士達が動き出し、一斉攻撃を仕掛けて来た。

弦郎は素早く呪符をセットし、「扇五分咲、矢舞!」と叫んだ。

扇からは無数の矢が飛び出した。矢は円を描く様に全体に飛び散った。

次々、流れ弾の矢に刺さり、兵士が倒れていく。

剣を持った兵士はすぐに退き、防御した。

弦郎の攻撃が終わると、また斬り掛かりに来た。

弦郎はそれを扇で受け止め、押し返した。

剣と扇でせめぎ合いの戦いが始まった。

途中、他の兵士からの乱入に答えながら、戦った。

しかし、少しずつ弦郎の身体に切り傷が増えていった。

それは剣を持った兵士も同じだった。

弦郎は剣を持った兵士と戦いながら、他の兵士達を少しずつ殺していた。

「もう、お前さん、だけだぞ。諦めたら、どうだ?」

弦郎は息を切らしながら、言葉絶え絶えに言った。

「ふん、じじいこそ、諦めろ。もうまともに戦えないだろう」

「どうかな?扇術式三十九、氷樹(ひょうじゅ)!」

弦郎は舞、剣を持った男に攻撃を与えた。

剣を持った男の足元から氷が現れ、男の身体を太いつららが貫いた。

男は血を吐き、剣を地面に落とし、息絶えた。

「ふん、口程にもない」

弦郎は吐き捨てた。

そしてその場に倒れ込んだ。

限界だった。

(すまぬな、繻樂。先に逝くよ)

弦郎は静かに眼を閉じた。

すると、男を貫いていた氷も、村の入り口をふさいでいた蔦も、すうっと消えていった。

村は屍という静寂に包まれた。

兵士達は全員死に、辺り一面血で汚れていた。


繻樂達は必死に走り、ある程度遠くまで来ていた。

そして、川辺で休憩していた。

「弦郎様…」

繻樂は一人、流れる川を見つめながら呟き、受け継いだ扇を握り締めた。

そんな姿を皆は、遠巻きに見ているしか出来なかった。

かける言葉が無かったのだ。

(また、繻樂の身近な人が死んだ…)

嵐はやり切れない思いで、繻樂を見つめた。


(あれは、最期を悟っていたから…?だからこの扇を?だからあんな言葉を…?弦郎様…)

繻樂は扇を握り締め、涙を堪えていた。

繻樂は、扇を受け継いだ時の弦郎の言葉を思い出していた。

『ぜひ、使って欲しいのだ。陽の目を浴びずに役目を終えるのは哀しいだろう?お前さんは立派な扇士になるよ、繻樂』

眼を細め、笑顔を見せながら言っていた弦郎の顔が浮かぶ。

 

そろそろ出発する時が近付いていた。

綜縺は繻樂をそっと呼びに行く。

近付くと、繻樂の小声で呟く声が聞こえて来た。

「我は生きる、我は生きる、我は生きる…」

必死に自分に言い聞かせていた。

(繻樂様…)

綜縺は胸が締め付けられた。

繻樂は呟きながらも、自分を呪っていた。

(自分の身近な人、大切な人が次々と死んでいく。何故だ…我が双子だからか…?)

この国では、双子は縁起の悪い、忌み嫌われるものだった。

「繻樂様、そろそろ行きましょう。無駄にしないためにも」

綜縺がそっと繻樂の肩を抱いて囁く様に言った。

繻樂は一つ深呼吸をし、心を切り替えた。

そして繻樂は立ち上がり、「ああ、行こう」と言った。


皆は、川辺から抜け出し、広い道に出た。

その時、物凄い竜巻が現れ、繻樂達を捕らえた。

(これは大連嵐…?)

繻樂は嵐に飲み込まれながらも、受けている技を感じ取った。

次々と竜巻はやって来て、皆を呑み込む。

皆、何が起きているのか分からなかった。

竜巻に呑まれ、みんな声すら出せない状況だった。

ぐるぐる竜巻の中で回り、みんなは四方に飛ばされ、散り散りになった。


「ふぅ…やはり扇は難しいですね。もう二度とやりたくありませんね」

木の陰に隠れていた霞は、扇をしまいながら言った。

(うまくいくといいのですが…頼みましたよ)

霞は、皆が飛んで行った空を見上げながら思った。

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