第13話 探り 二
「っ!」
繻樂はハッと息を呑み、目を見開いた。
葬儀の時の夢を見ていた。何とも目覚めが悪かった。
「起きたか、繻樂」
嵐は優しく声を掛けた。
その言葉に、繻樂は現実に戻った。
「ああ、すまない。いつも傍にいさせて」
「そんなことはない」
嵐は優しい目で首を横に振り、答えた。
「そうか。嵐、嵐は我といなければ、我に仕えていなければ、嵐はもっと自由だったよ」
唐突に、繻樂は否定を口にし、嵐を撫でた。
「いや、主が繻樂でなければ、今頃我は生きていない。あの時、殺されていた筈だ。それに、繻樂に仕えていなければ、今の我はいなかった。感謝している。主が繻樂で良かったと、心の底から思えるのだ。主が繻樂でなければそうは思えない」
嵐は繻樂の言葉を力強く否定し、笑顔を向けた。
「…ありがとう。お世辞でも嬉しいよ」
繻樂は愛想笑いもままならない、元気のない顔で言った。
「…そうか。(まただ。また、心の殻に包まれてしまっている。翔稀馬様がいた時は完全では無かったが、殻から出てこれていたのに。もう一度、この暗く、冷たく、堅い殻から繻樂を出してくれる者は現れぬだろうか。我では駄目だ。我では、誰もおらぬところで、本音を言ってもらうのが精一杯。翔稀馬様がいたころの様な笑顔は引き出せぬ。その笑顔をもう一度、引き出せる者はいないのか…)」
嵐はそんな繻樂を見て、願った。
「…ねぇ、嵐…」
「何だ?」
繻樂の呟くような声掛けに、嵐は現実に戻された。
「辛いな」
繻樂は天井を見上げて呟いた。
嵐は繻樂の続く言葉を黙って聞いた。
今日の草津弦郎の修行で、今まで信じてやってきたもの、全てをあの一瞬で崩された。
今まで、あれが扇の舞だと思ってやっていた自分が恥ずかしい。
人に言われてからしか気付けない自分が悔しい。
でも、そう言うと必ず、翔稀馬様は『その悔しさが貴女の力の糧となる。自分で気付けなかったことを悔やむより、その力を前進する為の力に使いなさい』と、言う。
でも今は、その言葉が効かない位、辛く、悔しい。
大切で大切で、大事にしてきた師匠の技を、自分はどうしてこんなにもだだくさに使ってきてしまったのだろう。と、師匠に申し訳なさ過ぎて、師匠にも、弦郎様にも合わせる顔がない。
自分の弱さを身に染みて感じた。
自分の力量を知らない愚かさを知った。
昨日、妖術師達と戦って、体力がなくなり、弦郎様に止められたにも関わらず、無茶をした。
そのおかげで死にそうになり、颯月に助けられなければ、死んでいた。
自分はこんなにも弱いのか。と、感じた。
今までの自分より、はるかに弱い者達に負ける屈辱。
無様だ。と、感じた。
そして、自分はそんな奴等より弱いのにしゃしゃり出た。
おかげで、嵐にも皆にも心配をかけた。
ここ最近で分かった。
気丈に強く振る舞い、生きる事で、他の貴族や政府の奴等達には、自分を優秀な上位者である事を、思い知らせる事が出来る。
でも、そんな物を必要としない、嵐や師匠、翔稀馬様達には、逆に計り知れない一方的な心配を与えるだけだ、と。
そうして皆に心配をかけ続けていく自分に、今頃になって気付く、愚かな自分がムカつく。
こんな自分が嫌い。
醜い。
辛い。
(…繻樂は今、自ら変わろうとしている。その変わろうとしかけて、芽吹いた芽を、どうか上手く伸ばしていく事は、出来ないだろうか。摘まぬ様に、そっと、でも素早く。そして、殻を破り捨て、綺麗な笑顔を咲かせて欲しい。)
嵐は切に願った。
(どうしたらいいだろう。辛い。変わりたい…。もう我には頼れる人が残っていない。翔稀馬様も師匠も死んで、お爺様やお父様になんて頼れない。我なんかが関われば、今の二人の地位を崩しかねない。今、あの2トップが崩れれば、完全にこの国は終わる…)
繻樂は再度眠りに落ちて行っていた。
「繻樂…」
嵐は眠った繻樂を見つめた。
「その、今変わろうとしている芽が、どう伸びるかな」
唐突に、後ろから弦郎の声が聞こえた。
「!弦郎…聞いていたのか」
嵐はびっくりしながら、弦郎を見た。突然の事で敬語を忘れた。
「ああ。お前さん、その口調容赦ないな」
「…悪い、こうゆう口の利き方しか出来ないのだ」
嵐は罰の悪そうな顔をした。
「よい」
弦郎は笑って答えた。
「で?どう伸びるかとは?」
嵐は弦郎が口にした言葉を聞いた。
「このまま純粋に綺麗に伸びれば良いが、今以上に現実を知った時、その現実に幻滅し、この芽は枯れるかもしれぬし、可笑しな方へ道を踏み外し、誤った方へ伸びて行ってしまうかもしれぬ。いくら誰かが正しき道へ導いたとてな」
弦郎はこの先の未来を見て、言っている様だった。
「そうかもしれんな。今までの繻樂はずっと一人で殻に籠って、一人の世界に住んでいた。今、その世界に少しづつ住人が増え、新しき世界を目一杯に見ている最中だ。その中で現実に幻滅することも有るだろう。だが、我はその中でも正しき道を見失わず、しっかりと自らの足で一歩一歩、踏みしめて歩んで行って欲しいと思っているんだ」
嵐は、しっかりとした眼差しで、繻樂を見つめた。
「大層な信頼だな。そして、良く繻樂を分かっている」
弦郎が関心した様に言った。
「弥八が死んで、他の奴等も次々死に、大旦那様に諭されて以来、十四年。ずっと、繻樂を理解するように努めている」
嵐は使命を口にするように、重く噛み締めて言った。
「そうか。繻樂は良き仕えを持ったな」
弦郎の顔がほころんだ。
「掃除の方はもう良いのか?」
「ああ、颯月が手伝いに来てくれたのでな。それに、そろそろ終わる頃だったしな」
「そうか」
「さて、そろそろ食事もできたかな。見てくるとしよう」
弦郎は台所へ、様子を見に行った。
「食事はできたかな?」
弦郎は台所を覗きに来た。
「はい。完成です」
綜縺が皿に盛り付けながら答えた。
「おお、美味しそうだ。随分と手の込んだ料理をしたな。お前さん等は料理が上手いな」
盛り付けられた料理に、弦郎は視覚、嗅覚から刺激され、舌鼓を打った。
「いえ、この程度、何も手なんて込んでいませんよ」
綜縺が謙遜の様に言った。
「皐、運ぶのを手伝ってくれないか?」
「はい」
園蛇に呼ばれ、皐はすぐに向かった。
颯月も一緒についていき、手伝った。
「これを頼むよ」
「はい、園蛇様」
皐は園蛇から料理を受け取り、運んで行った。
「クス、そんな風に傍にいさせているのに、答えてあげないなんて、生殺しですね」
綜縺は園蛇の耳元で言った。
「さて、何のことでしょう?」
園蛇はしれっとして言った。
「そうだ、生殺しだ」
その言葉に返したのは、弦郎だった。
「え…」
思わぬ人物からの返答に、園蛇は戸惑った。
「生殺しじゃ。答えてやったら良いものを。あんな純粋な子の気持ち」
やれやれと言うように、弦郎は言った。
綜縺はそれを聞いて、クスクスと肩を震わせて笑った。
「…つまりは、我達の話を聞いていたと?」
園蛇は嫌そうな顔をして聞いた。
「まぁな。あまり武術士をなめるでないよ」
弦郎は勝ち誇ったように、ニッと笑った。
「そうですか…(この周り、あなどれない)」
園蛇は、危機感を感じた。
「園蛇さん、あの時、皐さんに言った言葉、そなたに向けて言ったものだ。死人の影ばかり追って、未練タラタラたれ流しているなよ」
弦郎はそう言うと、台所を後にした。
「………」
園蛇は突然の言葉に茫然とした。
「クスクスクス、未練タラタラたれ流し。クスクスクス」
綜縺が嘲笑った。
「笑い過ぎだ」
園蛇はイラついた顔をした。
「いやぁ~、傑作でしたから、つい」
綜縺はまだ笑っていた。
「…フン」
食事の配膳も終わり、机に並べられた食事を、皆で囲んで食べた。繻樂も皆と一緒に食べられる程に、体力が戻っていた。
午後からは同じく、繻樂は弦郎に稽古をつけてもらい、他の者は自由に過ごした。夕方頃には、綜縺と園蛇は夕食作り。皐と颯月はその配膳をした。そんな生活を二日続けた。
ある、鬱蒼とした森の奥深くの中。
「そうですか、失敗しましたか…役立たずですね。情けない」
誰かが、妖術師からのミルスを見下すように見て、呟いた。
「風間様!また、任務に出ていた者が死にました!」
ドタドタと慌ただしく足音を立て、叫びながら一人の伝令兵が風間刀馬のいる部屋を開けた。
風間刀馬は、繻樂の国の頂点に立つ、長。政府首長だ。
「またか!一体、何が起きていると言うのだ。犯人はまた不明というのか」
それを聞いた刀馬はイラつき、聞いた。
「…はい」
伝令兵は申し訳なさそうに答えた。
「全く、情けない!霞を呼べ!今直ぐにだ!」
刀馬はきつい口調で命令した。
「はっ!」
直ぐ様、伝令兵が呼びに行く為、戸を開けようとすると、戸が開き、霞が現れた。
「何でしょう?」
霞は慌てる様子なく、冷やかにその場にいた。
「!霞様…」
伝令兵はいるとは思っておらず、びっくりしていた。
「霞、話は聞いているだろう。犯人を突き止めてこい」
「御意。明日にはお返事を」
霞は一礼すると、すぐその場からいなくなった。
伝令兵も同じく一礼し、部屋を後にした。
「…全く、何が起こっている。これから、何が起ころうと言うのだ…」
一人になった部屋で、刀馬は頭を抱えた。
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