第12話 探り 一
「さて、お前さん等、ただ家にいるだけなら家の事でも手伝え」
弦郎が空気を変えて、皆に言った。
「確かに、ここにいさせて頂いていて、何もしないのは失礼ですからね」
園蛇が頷き答えた。
「颯月は食材でも調達してこれんか?」
弦郎が指示をした。
それに颯月は「御意」とだけ短く答えた。
「では、料理は我が。皐は掃除をお願いします」
園蛇が料理を名乗り出た。まるで皐に回したくないかの様だった。
「一人では大変だろう。綜縺、手伝ってやれ」
弦郎が園蛇を気遣い、人員を増やした。
「御意」
綜縺は素直に受け入れた。
しかし、園蛇は少し顔をムッとさせる様に、険しくした。
「繻樂は寝ていろ。体力が戻り次第、次だ。嵐はしっかり休む様、繻樂の見張りだ」
弦郎はそう言うと、皐と一緒に掃除に行った。
その後、皆も各役割に向かった。
皐と弦郎は家の中の掃除を始めた。
大きい瓦礫等は一応どけてはいたが、埃や細かい破片の後が床を汚していた。
「お前さん、料理は出来ないのだな」
弦郎が掃除をしながら、意外そうに言った。
「え!?」
皐が突然の言葉に驚き、声を上げた。
「あの園蛇の態度を見れば分かるものだ」
「…」
皐は茫然とした。
料理が出来ないのは事実だが、園蛇意外知らない事を、あの一瞬で見抜かれるとは思ってもいなかった。
「はい、恥ずかしながら…生まれてずっと学者の勉強だけをしてきたもので…」
皐は恥ずかしそうに言った。
「男をまず掴むなら、胃、腹だぞ。誰かに取られる前に頑張れよ」
弦郎は笑いながら言った。
「え!?」
皐はまた驚いた声を上げた。
「好いているのだろう?あの博士を」
弦郎がニヤニヤしながら皐に聞いた。
「ちょっ!草津様っ!!」
皐はすぐ隣の台所で料理をしている、園蛇達に聞こえてしまうのではないかと、焦って弦郎を制止した。
「その態度、やはり好いているのか」
弦郎はその態度を見て、確信した。
「え、ええ。そうですよ。でも何で分かったんですか?」
皐は敵わないと、顔を赤くして全てを認めた。自分では上手く隠しているつもりだった。
「フ、大人の感だ」
弦郎は鼻で笑って、ドヤ顔をした。
大人の感、つまりは適当だ。 “適当に言ってみたら当たった”というだけだった。
「秘密にしててくださいよ?」
皐は不安そうに言った。
「大丈夫だ。言わなぬよ。ただ、向こうが気付いていたら知らんがな」
弦郎は最後の言葉に釘を刺した。
「あ…多分それはないですよ」
皐が寂しそうな眼をして言った。
「ん?それはどうしてだ?」
「あの方には彼女がいらっしゃるんです。もう亡くなってはいるんですけどね」
皐は深刻そうに言った。
「なら良いではないか」
弦郎がその空気とは裏腹に、ケロッとして言った。
「いいえ、駄目です。博士はずっと、彼女の事を忘れられないまま、生きているんです。心はずっと彼女の方に向いたままなんです。我に向いてくれることはありません。我が彼女を超えない限り、我の気持ちに気付いてくれる事はないですよ」
皐は表情を暗くし、辛そうに言った。
「死人と張り合う等、無駄な事を。確かに死は悲しいものだが、残された者には残された者同士の未来がある。死人の事を考えていては、その周りの者は誰一人幸せになぞなれんぞ。現にお前さん等が良い例だ。互いに死人の影なんぞ追い追って。くだらん」
弦郎は呆れて、やれやれと言う感じで言った。
「………死人の影………だって…」
皐は弦郎の言葉を繰り返し、言い掛けた言葉を飲み込み、言い直した。
「では、どうしろと?あの人を超えない限り、博士は我をただの助手としてしか見てくれないんです。早く彼女を超えて、博士と同じ地位に追い付かないと。全てが博士と同じ目線にならないと、彼は我を見てくれることはないんです」
皐は焦った様に弦郎に言った。
「あなたは、翔稀馬様とは専属の弓職人という関係なんですよね?」
園蛇が綜縺に聞いた。
「ええ。まあ。私的に仲良くもさせて頂いておりましたけどね。彼はとてもお優しい方でしたから」
綜縺が静かに答えた。
「そうみたいですね。繻樂様との関係も随分と良かったようですし」
園蛇は探る様に言った。
「…あなたは、何故そこまでして色々な人に探りを入れているのですか?」
綜縺は冷ややかな目をして聞いた。
「探り?」
「とぼけても無駄です」
「何の事だか」
園蛇はクスリと笑った。
『ん?』
園蛇と綜縺は後ろに気配を感じ振り返った。
そこには、食材を捕って帰って来た颯月がいた。
「あっ…えっと、食材…」
颯月はオドオドしながら言った。
二人の物々しい空気に圧倒されていた。
「ああ、ありがとうございます。後でさばきますから、そこに置いといてください」
綜縺は何事も無いかの様にさらっと言った。
「あ、はい…」
颯月は食材を置き、足早にその場を立ち去った。その空気が恐ろしく感じられた。
「で?」
綜縺が颯月のいなくなった後、話を戻した。
「とは?」
園蛇が再びとぼけた。
「雨野雅について聞き出そうと探っていましたし、翔稀馬様、繻樂様についても」
「クスッ、鋭い方には難しいですね。確かに探っていましたよ」
淡々と尋ねる綜縺に対し、黒い笑いを浮かべ、にこにこ答える園蛇。
二人の間は異様な空気を醸し出していた。
「何故?」
「謎だから」
「謎?」
その答えに、今まで淡々としていた綜縺の顔が、怪訝な顔に変わった。
「ええ。あななた達に謎が有り過ぎるのがいけないんですよ。我は謎が好きですから。謎は知りたくなるのです。我が分かるまで、全てね」
園蛇は満面の黒笑みに包まれた。
「…とんだ謎マニアってとこですかね」
綜縺は冷めた目をした。
「そうかもしれません。でも、謎って面白くないですか?」
「そうですか。我は分からなくて、もやもやするのはあまり好みません」
「それが晴れた時の快感がいいんですけどね」
「異常ですね」
「それで結構。気になりませんか」
園蛇が話を打ち切り、新たな話を振った。
「何が?」
「雨野雅が何故、繻樂様の周りの方限定で人を殺すのか。獅瑪颯月は彼女の何を知り、どんな過去を知っているのか。そして、妖術師とは一体何を考えているのか。これから何をする気なのか。まだ他にもありますけどね。気になりませんか?我は気になる事が有り過ぎてワクワクしています」
園蛇はわざとそそる様な言い方を綜縺にした。
「確かに、妖術師と雨野雅については気になりますね」
綜縺が思案する素振りを見せた。
「協力してくれませんか?これ程大量で多い謎。一人ではちょっと…」
園蛇はわざとらしく演技をした。
「嘘を言わないで下さい。別に出来ない事はないでしょう?ただ、我に近付いて翔稀馬様方のことを聞きたい。そうゆうところでしょう?」
綜縺は冷たくそれをあしらった。
「フッ、バレてますね。ええ、そうですよ。あなたに近付いて仲良くしておけば、何か聞けるかと」
園蛇は隠すつもりも無かった。
「フッ、そうですね。では協力しましょう。我もそなたといる事で、そなたが亡くした“彼女”とやらも分かるでしょうし、皐さんへの思いもね」
綜縺が企んだ目をした。
「ああ、さっきの二人の話、聞こえてましたか」
「ええ。我はその謎に興味がありますね。求愛者がいるのにそれを無視してまで思い続ける人。そなたをそこまで夢中にさせた女性に興味があります」
綜縺は鋭い目で、園蛇を探る様に見た。
「そうですか。いいですよ。我から聞き出せるのなら」
園蛇は自信に満ち溢れた目をした。
「その言葉、そっくりそのまま、そなたにお返ししますよ」
綜縺は挑発的な目をした。
繻樂は眠りについていた。
葬儀を終えた繻樂は、女中に迎えられ、別室で着替え、髪を綺麗に整えた。繻樂の髮は膝まであった長い時とは局単に違い、肩にかからない短さのショートになった。繻樂は何度か髮を触り、見つめた。まるで短くなり、無くなってしまった事を実感するかの様に。そう女中達には痛々しく見えていた。
繻樂は与えられた自室に行った。面会謝絶と女中に念を押して。
繻樂は布団に仰向けで寝転がり、天井をただ茫然と、無心で仰ぎ見た。
暫くすると、霞の声が聞こえた。繻樂に仕える女中が必死に面会謝絶との旨を伝え、霞を止め様としている声が聞こえた。しかし霞は、直ぐに済むと強引に上がって来た。
戸の前で霞は渡したい物が有ると言った。黙っていると、直接手で、確実に渡したいとも言った。あまり気乗りはしないが、仕方なく繻樂は戸を開けた。
すると先に女中が言い付けを守れなかった事を詫びた。繻樂は女中を下がらせ、霞を部屋に入れた。本当は何の関係もない男性が、女性の部屋に入るのは禁忌である。しかし、霞が強引にも来て、直接確実に渡したいと言うものだから、相当他人には知られていけない、重要な何かなのだろうと、感じた繻樂は、一歩だけ部屋に入れたのだった。霞もそれを分かっていて、戸を閉めた後も、それ以上進んでは来なかった。
「これを」
霞は文を取り出した。
「奏音宮様が結婚式で読む筈だった、そなた宛の文です。」
繻樂は震える手で恐る恐るそれを手に取った。
「書き終わった後、直ぐに襲われたのでしょう。あそこは寝室ではありません。多少血で汚れてはいますが、読めると思いますよ。役人に押収される前に、くすねておきました。押収されれば、一生返って来ないと思いますから。それは大事に、誰にも言わず、隠し持つように」
霞はそう言うと戸を開け、部屋を出た。
「ありがとう」
繻樂は出て行く間際に言った。
「いえ。その短い髪も、良く御似合いで。かっこよかったですよ」
霞は戸を閉め、帰って行った。
繻樂は震えながらも、その場で直ぐに文を開き、読んだ。
―親愛なる繻樂へ―
そなたと出会ってからの日々は、とても楽しく幸せでした。
初めのうちから、明るく優しい笑顔を我に向けてくれていました。そなたと共に過ごした時間は今でも大切なものです。
奏音宮翔稀馬
なんとも短い文だった。しかし、複数枚、文が重なっており、一枚めくると、次の文が出てきた。繻樂はまたそれを読み出した。
あれは式の形式的な文故、あまり本当の事は綴れませんでした。此処に改めて、そなたへの想いを綴ります。
―愛する繻樂へ―
まず、愛してくれてありがとう。家を守るとの考えを持たぬ変人を、心の底より愛してくれてありがとう。大切に想われ、幸せを感じた。初めのうち、我は繻樂が家の事ばかり気にしている事に、苛立ちを感じ、冷たくしてしまう事も有りました。訳も言わず、「無理に笑うな。自然に笑え」などと言ってしまいました。すみません。我はあまり器用ではない故、冷たい言い方になる事が多く有りました。それでも繻樂は笑顔で、側にいてくれました。それが家の為かもしれませんが。
ですが、我は次第に感じていました。繻樂が、家の為ではなく、我を愛するが故に、側にいてくれるのだと。笑顔もとても自然で、森へ景色を見に行った時の、あの笑顔はとても美しいもので、今も忘れた事がなく、脳裏に焼き付いております。今も、こうして文を綴りながら、繻樂の美しい顔を想い出している所存。
繻樂、あなたは気丈で強い。
ですが、時には甘え、弱くなる事も肝心です。
もし、繻樂が我以外の前で、甘えることも弱くなることも、なれぬのであれば、どうぞ、我に委ねて下さい。繻樂の全てを受け止めます。
辛い時は大いに我の腕の中で、涙に袖を濡らしなさい。
叫び、怒りたい時は、大いにその旨を我にぶつけなさい。
淋しい時は、大いに我に抱きつくなり、手を握るなり、存分に甘えなさい。
我は何時でも繻樂を受け止めます。
これから、家の世継ぎに、役人としての任務。辛く、大変な事も起こるとは存じますが、共に乗り越えて生きましょう。我等なら、どのような事も、必ず二人で乗り越えられるでしょう。二人の力を信じて。愛する繻樂、これからも共に、一緒に、側にいて下さい。
奏音宮翔稀馬
本当の事を言うなら、繻樂には役人を止めてもらいたい。いつ死ぬかも分からぬ役人として、生き続ける者を守れず、側にいる事しか出来ぬのは辛い事。戦に行った日には、死を持って帰って来るのではないかと、酷く心を痛める。愛する人を失うかもしれない恐怖は、とても耐え難く、言い表せぬ程だ。しかし、我は繻樂を見ていて思った。繻樂は家の為だけではなく、役人という仕事を自分自身をも好き好み、楽しんでいると。それならば我は止めはせぬ。繻樂から好きな物を奪う事はしたくない。繻樂が楽しく、それで良いのなら、我は繻樂の生還を祈り、戦へと送り出そう。
しかし、もし家の為にと心を痛め、辛くして続けているのであれば、即刻止めなさい。いつも言う様に、家など関係有りません。
自分は自分。繻樂が楽しい事、したい事、好きな事をすれば良いのであって、決して家の為に生きるなどという、馬鹿な事はお止めなさい。繻樂は家の為に、此処に生を持って誕生したわけでは有りません。自分の思うがまま、自由に生きて下さい。
そしてこれからも、二人、共に有ります様に。
繻樂を愛する夫、奏音宮翔稀馬
と、長い文はそう綴られていた。
繻樂は読みながらも涙を流し、読み終わると泣き崩れた。
しかし、声は決して出さず、周りに分からぬ様、聞かれぬ様、声を押し殺して涙を流した。とても、とても辛い涙だった。胸が、身体が、引きちぎられる痛みを感じた。その涙はとどまる事を知らず、ずっと溢れ出て、繻樂の寝巻の着物の袖を濡らした。
「翔稀馬様、翔稀馬様、翔稀馬様、翔稀馬様っ」
繻樂は手で顔を覆い、何度も何度も翔稀馬の名を繰り返し呼んだ。
「!翔稀馬様…」
繻樂はその時、一つのある事に気が付いた。
今まで、翔稀馬様を呼び捨てにした事が一度も無かった事に。
常に敬称である“様”を付けて呼んでいた。翔稀馬は何時も、“翔稀馬”と呼んでくれて構わないと、笑顔で言ってくれていたのに。
「何故、何故、呼んであげられなかったの?あんなにも望んでいた事を。何故、我は呼ばなかったの?」
一番、家とか敬称とか気にしていたのは、我だったのだ。あれだけ“家”に執着していないと言っていたのに。その家に一番囚われ、気にしていたのは我だった。
「一番、一番、我が、、我が、“家”に囚われていた」
翔稀馬様はどれだけ、名を呼んで欲しいと、願っていただろう。我がその名を呼ぶまでずっと、ずっと、たたずっと静かに待っていてくれていた。それなのに、我は一度も…
どれだけ淋しかっただろう。
ただ待つだけの時間(とき)。
淋しい筈なのに、翔稀馬様はいつも我の事を一番に気に掛けて、優しくして、大切に愛してくれた。
そんな幸せを沢山もらっておきながら、我は何ひとつ、何ひとつ返す事も、あげる事も出来なかった。
申し訳ございません。
もし、もし、まだあなた様に我の声が聞こえるのであれば、名を…名を呼ばして下さい。もう遅いのかもしれませんが、名を……翔稀馬。翔稀馬。翔稀馬。翔稀馬ぁっ。
繻樂は泣き、何度も、何度も、壊れた様に無限に翔稀馬の名を呼び続けた。
繻樂はふと、手に持っていた文を見た。
「翔稀馬様…いえ、翔稀馬」
繻樂は呟き、文を見つめた。
「我は今も、昔も、これからも…」
繻樂は胸元に文を寄せた。
「あなた様を愛しております。必ず、必ず我が、あなた様の仇を討ち進ぜます」
繻樂は強く、深く、心に刻み誓った。
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