第9話 新たな出会い ニ

翌朝の早朝、第一に繻樂が目覚めた。

繻樂は身体を起こした。

「起きたか」

嵐はそれに気付き、目を開けた。

「ああ」

「おはよう、繻樂」

嵐は基本、二人だけの時は、繻樂を名で呼び、他人がいると主と呼ぶ様に使い分けていた。しかし、気まぐれなところもあり、色々だった。

「顔、洗ってくる」

繻樂は川へと向かって行った。繻樂は一日寝たお陰で、体調はすっかり戻っていた。

繻樂は川の水で顔を洗った。

ふと思えば、繻樂の眼と耳には川のせせらぎと鳥達のさえずり、キラキラと葉の隙間から洩れ入り輝く朝日が有った。

その中である一つの事を思い出した。


二十三歳の出会って暫くの頃。

翔稀馬様と共に川辺に出かけた日の事を。

その日も、今朝と同じ様に、川は癒しの音を立て、その音に小鳥達がそっとBGMを添え、光が音楽の舞台を造り上げている。

繻樂は最近もまた人が死に、両親からも民からも、他の政府の役人からも責められ、心はいっぱい、いっぱいになっていた。

そんな中で、どうしても翔稀馬様との縁談を成功させなければならないというプレッシャーも抱えていた。

繻樂は必死に笑って見せた。

必死に好かれる様取り繕った。

けれど、翔稀馬様はその時、決まって喜んではくれなかった。

いつも寂しそうな、少し怒りを含んだ表情になる。

繻樂にはいつもそれがどうしてなのか、分からなかった。

そんな時、緑の草が生い茂る河川敷。

曲がりくねった川の先は見えない。

そんな場所で繻樂は翔稀馬様にこう言われた事があった。

「無理しないで欲しい。我は繻樂のありのままの姿が見たい。素直に笑って欲しい」

「???」

その言葉に繻樂はポカンとした。

「まぁ、今は分からなくても良い。そのうちにいつか、気付いて欲しいな。どれが本当の自分なのか。どれが無理をしている自分なのか。そして、ありのままの、無理なきそなたを是非、我の前で見せて欲しいな」

翔稀馬様は悲しげな微笑みを繻樂に見せていた。


「…(昔の事…今なら分かる?いいや、今でも分からない。翔稀馬様のあの言葉の意味って一体…あの時の悲しげな微笑みの理由(わけ)も…)」

繻樂は考え込み、目を伏せた。


その時、何か力を感じ、目を開けた。

するとそこには一つのミルスが飛んで来ていた。

「霞様のミルス…」

繻樂はそのミルスを手に取った。

するとミルスは形を変え、文状になった。

そこに書かれていたのは、繻樂がいる場所から近い村に、妖術師の情報有り。と言う情報だった。

ミルスは一度見ると跡形も無く消えていく。

繻樂の手元にミルスは無くなった。

繻樂は急いで嵐の元へ戻った。

「嵐、行くぞ」

繻樂は帰って来てそうそう、唐突にそう告げた。

「はぁ!?行くって何処へ!?」

嵐はその言葉に驚き、立ち上がった。

「霞様からのミルスが来た。近くの村に妖術師有りとの情報だ」

繻樂は身支度を済ませながら言った。

「本当か!?」

嵐は驚いた。

「ああ、園蛇達を起こせ。すぐ行く」

「御意」

嵐は皆を起こし、事情を話した。

繻樂は嵐の背に乗り、先に村へ行った。


その村に着くと、そこは至って普通の何ら変わりのない村だった。

ただ、早朝も早朝。

まだ村人達は眠りに付いていて、誰一人、姿を見かけることは出来なかった。

繻樂は嵐に乗ったまま村の中へと入り、妖術師を捜した。

微かに、妖術師の気配を感じていた。

「貴様が我等に力を奪われた奴だな」

ふと目の前に男が現れ、繻樂にそう聞いた。

繻樂と嵐はその男が直ぐに妖術師であると分かった。

「その残りの力、我が奪ってやる」

繻樂と嵐が警戒し、睨んでいると男がそう続けた。

そしてその男は攻撃を仕掛けてきた。

嵐は避け、繻樂は嵐から降り一本の刀を抜刀した。

すぐに男に斬りかかって行く。

しかし、男の元へ行く前に、妖怪に足止めを喰らった。

繻樂は妖怪に斬りかかって行った。

だが妖怪は、そこら辺にいるよりも強く、手こずっていた。

暫くすると、嵐も繻樂も妖怪を倒していた。

「ふっ、やるな」

男はそれを見て少し見直した様に呟いた。

繻樂は妖怪との戦いで体力を消耗し、刀を地面に突き刺し、膝を付いてしゃがみ込んでしまった。

嵐がそれに慌てて近付こうとするが、男に体術を仕掛けられ、行けなかった。

その間に、また妖怪が現れ、繻樂に襲い掛かって行った。

「主!」

嵐は戦いながらも、繻樂の背後にいる妖怪に気付き、声を上げた。

「よそ見する暇が何処に?」

男は口元を緩めながら言い、嵐を殴った。

嵐はギリギリのところでタイミングを合わせ、ダメージを軽減させた。

しかし、殴られた勢いで数m先に飛ばされた。

繻樂は嵐の声に、後ろから近付く影に気付いた。

だが、気付くのが遅過ぎた。

繻樂は間一髪のところで、扇を取り出し、妖怪の攻撃を扇で受け止めた。

しかし、妖怪の力に負け、攻撃をもろに喰らい、民家の中に吹き飛ばされた。

繻樂は木の家を壊し、家の中で瓦礫に埋もれた。

家の中は木片が散らばり、埃や粉々になった木片が舞った。

辺りをその粉が白く染めていた。

それがやっと収まった頃、瓦礫の中からようやく繻樂が出てきた。

頭から血を流し、腕や足にも怪我を負っていた。

繻樂はそれでも直ぐに戦いに戻ろうとした。

「待て」

嗄れた老人の声が家の奥からした。

それに反応し、振り向くと、老人が目の前にいた。

「全く、人の家をここまで壊しおって」

老人はやれやれと言う様に辺りを見回しながら、溜息をついた。

「すまない」

繻樂は素直に詫びた。

戦いに民間人を巻き込む事ほど、役人にとって不名誉なことはない。

嵐の悲鳴と、何処かに叩きつけられる音が聞こえた。

「!」

繻樂ははっとなり、急いで家を出ようとした。

「待て」

繻樂の手首を掴んで老人が引きとめた。

繻樂は驚いた。いくら男と言っても老人。力などたかが知れていた。しかしこの老人は、一般の老人とは力が比では無かった。本当に老人かと疑いを持つ程に力が強かった。

「なんだ?」

繻樂はその力の強さに少し、いやかなり警戒して聞いた。

どうにかして老人との間を取りたい気分だった。

「今のそなたに何が出来ると言うのだ?」

老人は繻樂を見つめて問いかけた。

その眼力からは凄まじい力を感じた。

(何者だ?)

繻樂はより警戒して老人を睨みつけた。

「何が言いたい」

「その身体で何が出来るのかと聞いているのだ」

老人は繻樂の傷だらけの身体を見た。

「心配無用。この程度の傷、何の問題もない」

繻樂はその視線で、身体の怪我だろうと思い、そう言った。

「そうじゃない。そなた、もう体力が殆ど無いだろう。そんなんで、再び戦いに出て勝てるのか?我にはとてもそうは思えぬ。犬死だ」

老人は身体の傷を見たのでは無く、体力を繻樂の息遣いなどを見て確認していたのだ。

繻樂は驚いた。

何故、今一瞬会っただけの老人にそんな事が見抜かれているのかと。

確かに、体力はもうないに等しい。

さっきの戦いで力を使い過ぎた。

立っているのもやっとである。

戦いに戻っても、まともな戦いが出来る自信は無かった。

そんな事を考えていると、暗い部屋の中で壊れた家の瓦礫の隙間から入る、弱い朝日に老人の顔が照らされ、不気味に見えた。

「…貴様は、誰だ?」

繻樂は知りたかった。

此処まで不気味で不可解な老人。知らずにおくには耐え難いものがあった。

「我はしがない武術士階級の老人だ」

老人は二タッと不気味に笑って答えた。

少し理解出来た。

一般の老人とは違う力の強さ。

武術士だからだ。

でも、武術士であろうと老人。老兵だ。

そこまで警戒しなくても、取るに足らないと判断した。

「だが、まだ力も眼も衰えてはいない。そなたを見れば分かるぞ。今行ってもそなたには何も出来ない。死ぬだけだ」

繻樂はその老人の言葉にハッとなり、息を呑んだ。

(見抜かれている。見透かされた。前言撤回だ。何者だ?こいつは。ただの武術士というわけではない様に感じる)

繻樂は、背中を嫌な汗が伝うのを感じた。

そして、そうしている間にも、嵐の必死に戦う声や物音が聞こえていた。

それが、一旦は参戦するのを止めようかと思った繻樂の考えを消し去った。

次には老人に反論をしていた。

「嫌だ」

その言葉に老人は顔をしかめた。

「我一人戦わない等出来ない」

聞こえ続ける外の音と、仲間を見捨ててはならないという強い意識が、繻樂の戦闘意欲を煽っていた。

「戦いで死ぬのは武士の本望。戦いで死すことに悔いなし。我は役人。戦いは死と隣り合わせ。覚悟は出来ている」

繻樂は迷いなき眼で答えた。

老人はその覚悟は理解したが、行かせる為にはまだ、不安があった。繻樂の武器だ。

「そのボロボロの武器で何が戦えるというんだ?」

繻樂はそれを言われ、持っている扇を見た。

それはさっき、妖怪に襲われガードした時に、耐えきれずボロボロになっていたのだ。

「その扇は後一度でも使えば、跡形も無く消えるだろう」

老人は職人の様な眼で、繻樂の持っているボロボロの扇を見た。

「別にこれが無くても刀がある。それで十分戦える」

繻樂は扇をしまい、腰に差した刀を指して言った。

「その傷だらけ、体力もない状態で、とても刀なんぞ振り回せるとは思わんな。よいか」

老人は繻樂に言い聞かせる様に話し出した。

「あのユニコーンだけなら、相手に勝てるだろう。しかし、そなたが参戦になど行けば、たちまちユニコーンは負けるだろう」

そのじわりと纏わりつく様な言葉に繻樂の喉がゴクリと鳴った。

(なんなんだ?この老人は)

老人が発する全ての言葉に力を感じ、毎度、毎度繻樂の心に深く突き刺さる。

どうにも心地いいものでは無かった。

厭な熱さが身体を襲った。

「分かるか?ユニコーンは敵と戦うだけでなく、そなたを守らなければならないという負荷が掛る。人を守りながら戦うなど、容易に出来るものではない。役人なら分かるだろう?守り、戦うには相手との力の差がなければ、容易ではない。ユニコーンと敵にその様な力の差はない。そなたは足手まといになるだけだ」

「それでも我は行く。一人で戦わせることは出来ない!」

繻樂は纏わりつく厭な物を振り払って答えた。

老人は酷く困った顔をした。

繻樂は老人にずっと掴まれていた手を振り払って家を出て行った。

「…やれやれ。」

老人は肩を落とし溜息を付き、頭を振った。

もう引き止められないと観念していた。


繻樂は地面に突き刺さった刀を抜き、二本目の刀も抜刀し、妖術師の男に斬りかかっていった。

男は直ぐに気付き、攻撃を避けた。

「主!無事か」

嵐が、戻って来たことに安心し、繻樂に近付いた。

もし死んでいたり、重傷だったりしたらどうしようかと、心配していたのだ。

「ああ、遅くなったな。行くぞ」

繻樂はそう言うと再び嵐の背中に飛び乗った。

嵐は走り出し、男に向かって行った。

男もそれに答える様に向かってきた。

繻樂は刀を構え、男を見据えた。

その時、男が一瞬で消えた様に見えた。

一瞬見失い、繻樂も嵐も戸惑い、隙が出来た。

次の瞬間、男が見えたのは、繻樂の間近。

間合いなんて無かった。

男は繻樂の腹を蹴り、嵐から転がり落とした。

「主!」

嵐は慌てて数m先で止まって、後ろを振り返った。

繻樂は転がり落ちた後、直ぐに立ち上がった。

だが、もう立つのですら限界。やっとだった。

身体がぎちぎちと音を立て、きしむ様に激痛が走った。

繻樂は歯を噛み締め、痛みを堪えて刀を握り、構えた。

嵐はまた妖怪と対峙するはめになっていた。

男が用意した足止めだ。

男は短剣を両手に持ち、繻樂に向かって来ていた。

繻樂は男を見据え、しっかりと刀を構えた。

しかし、攻撃出来るのか、はたまた避けられるのか。

どちらにも自信は無く、本当に死ぬかもしれないと覚悟は出来ていた。

男の第一の攻撃がきた。

右下から振り上げてくる。

必死に身体を動かし、攻撃を止めた。

しかし、男の力の威力に耐えられず、刀だけで攻撃を受け止めるのは、無理だった。

後ろに下がり、体重移動をしながら、男の攻撃の威力の余波を逃がすほか無かった。

次は左真横からの攻撃。

もう一つの刀で防御し、下がる。

右の短剣の力が無くなったと思ったら、直ぐに真上から振り降ろしてくる。

また空いた刀で受け止め、下がる。すると直ぐに左の短剣が動き出す。

繻樂は止まない攻撃を必死に受け止め、なんとか攻撃を受けないでいた。

「どうした?辛そうだぞ?楽にしてあげようか?」

何が面白いのか不気味にクスクス笑いながら、必死の姿の繻樂に言う。

「断る」

繻樂はそう答えた瞬間、二本の刀を交差させて振った。男は後ろに飛び退いて避けた。繻樂と間が出来た。

男に刀は当たらなかったが、刀を振った時の刀の風圧が当たった。それが特にどうなるわけでもない。

だが、男は次の瞬間、うめき声をあげ、膝を付いた。男は全身から血を流していた。

身体に無数の斬り傷があった。

「成る程、“かまち”か…」

男は自分の身体を見ながら、理解した様に言い、悪態を付いた。

かまちとは、風そのものが鋭利な刃物となり、触れたものを斬り裂く技だ。刀など、様々な武器にその力を付与させ、使用することが出来る。付与した時、武器に纏わり付く風の色は薄緑色だ。

男は近過ぎて、それが見えていなかったのだ。

そして男は立ち上がり、口元に垂れてきた自分の血を舐めた。

繻樂は立っている事が限界となり、二本の刀を地面に刺し、膝を付き、頭を下げ、肩で呼吸をした。

酷く息が荒れていた。

その姿を見て、男はにこにこしながら、歩いて繻樂に近寄って行った。

もう頭を上げることも出来ない繻樂は、男が来てもどうすることも出来なかった。

男は繻樂を見下した。

そして、手に掛けようとした時、背後に殺気と気配を感じ、男は繻樂の前から姿を消した。

すると繻樂の目の前に槍が落ちて来て、地面に刺さった。

もう少しずれていたら確実に刺さっていただろう際どいところだった。

逆に男が気付かなければ、殺せていたかもしれない。

「ちょっと!繻樂様に当たったらどうするのですか!?」

繻樂の直線上の離れたところで、園蛇の声が聞こえた。

「大丈夫。当たって無い」

颯月はしれっと答えた。

あの槍は颯月が投げたものだった。

「なんだ?お前等」

男が離れたところから、いらっとした顔で聞いてきた。

男の中で、楽しみにしていた殺しを邪魔され、苛々していた。

「繻樂様を助けに来たのと、あなたを倒しに来たんです」

皐が意志の持った強い眼差しで答えた。

「我を倒すか。バカなことを」

男は鼻で笑った。

「その傷だらけでも勝てる自身が御有りの様ですね」

皐はその態度が感に触った。

「有るさ。貴様等の様なザコにこの我が負ける筈ない!」

男は三人に襲い掛かって行った。

園蛇達はバラバラに別れ、男を取り囲んで、攻撃を開始した。

三方向から一斉に来る攻撃、空中に飛んででも避けるしか無かった。

男が空中に避けると、妖怪を倒した嵐がすかさずやって来て、その長く鋭利な角で男の脇腹を刺した。

角は深く刺さり、貫通した。

男は空中で大量の血を吐き、流した。

男は痛みを堪え、嵐の顔を蹴り、嵐がひるんだ瞬間に、無理矢理角から抜け出した。

そして直ぐにその場から消えた。

逃げたのだった。

一瞬でその場から男の気配は消えた。

繻樂は戦いの中での緊張感がなくなったのか、体力、気力の限界なのか、妖術師がいなくなった瞬間、前に崩れ倒れた。

「繻樂様!」

園蛇が慌てて駆け寄った。

皐達も繻樂に駆け寄ってきた。繻樂は意識がなく、熱も出ていた。

園蛇達は医学的知識に乏しく、どうしていいか分からず、ただただ慌てて、おどおどしているだけだった。

「おい、お前さっき攻撃で医療的なの使ってただろう?」

颯月が皐に何とかならないのか聞いた。

「我のは攻撃薬術と言って、人を殺す為の技。生かす技等知らない!」

皐は取り乱しながら答えた。酷くこの状況に焦っていた。

嵐は繻樂に近付き、金色の鬣(たてがみ)を揺らし、鬣を輝かせていた。ユニコーンの使う治癒術だ。

(これで少しは良くなると良いが…此処までの損傷…この力にも限界が有る。厳しいな)

嵐は繻樂の傷を見ながら考え込んだ。

ふと、あの壊れた民家から人が出来た。

あの時、繻樂を必死に引き止めた老人だった。

「そなたら、此方へ来い。そんなとこより家の方が良いだろう」

老人が彼等を手招きした。

園蛇達はその姿が不気味に見え、恐ろしかった。

一気に警戒し、睨みつけた。

「なに、ただの村人じゃよ」

その様子を見て、弁明した。

しかし、園蛇達はそれ以外にも問題があった。

家だ。

老人の家は崩れ、中は瓦礫が散乱し、ぐちゃぐちゃだ。

そんな壊れた家で病人を休ませるなど、到底出来る環境で無い事は、医学的知識に乏しくても、分かることだった。

「少し待っとれ」

老人はその問題を察し、ズボンのポケットから扇と術符を取り出した。

そしてその術符を親指と人差し指と中指で持った。その術符に軽く息を吹きかけ、扇の中心に横にしてさした。扇には術符をセットする部分があった。

そしてその扇を顔の中心で持った。

「術式九、風舞」

老人はそう言って扇を開き、舞を踊り始めた。

(繻樂と同じ技…つまりは…)

嵐はそれを見て何かに気が付いた様だった。

「綺麗…」

皐は老人の洗練された舞に、素直に心魅かれていた。

舞は短いもので、すぐに終わり、終わった瞬間、扇を瓦礫のある家に向けた。

すると扇から薄緑色の風が放たれた。

その風は家全体を包み、家の中に散乱している瓦礫を持ち上げ、家の外に排除した。

すると家の中には瓦礫が一切無い状態となった。

そして埃までも無くなっていた。

しかし、壁は崩れ無くなり、屋根も半壊していた。

老人は再び術符を一枚取り出し、さっきと同じ要領で息を吹きかけ、扇にセットした。

「術式三、蔦舞」

老人はまた舞始めた。

先とは違う舞なのだろうが、園蛇達には違いが分からなかった。

嵐には理解出来た。

生まれた頃からこの技をいつも近くで見ていたからだ。

最初は同じ始まりでも、中盤にはステップが違う。

舞の空気感も全く異なっていた。

舞い終わって今度は扇を前に出し、下から上へ振り上げた。

すると、地面から無数の蔦が伸びてきた。

その蔦はどんどん伸び、蔦と蔦が絡み合い、生い茂った。

蔦は家の壁となり、屋根となった。

「………」

その光景に園蛇達三人は言葉を失っていた。

一瞬にして家が再建されたのだ。

今までに見たことがなかった。

術で何かが直るというのを。

術は大抵壊す、攻撃すると言ったもので、直すなど聞いたことが無かった。

「術も使いようだよ」

老人は園蛇達の心を見透かして、扇をたたみながら言った。

今までにも同じ様な反応をされてきたのだろう。そして非難を浴びる。

この世界、攻撃、戦いが主流で、壊すことが強さを計る糧となる。

攻撃の技で何かが直るなど異色の考えだった。

園蛇達は心を見透かされ、どきりとした。

「さ、入れ」

老人はそう言い残し、先に入って行った。

園蛇達は躊躇っていた。

今までにない異色の技を使う、見知らぬ人のところへ行っていいのかと。

「おい、行くぞ。大丈夫だ」

嵐が三人を促した。

「知り合いですか?」

なんの警戒も無く行こうとする嵐に、園蛇は尋ねた。

「知らん」

嵐はさらりと答えた。

「!だったら…」

園蛇はその返答に驚いた。

もっと警戒して慎重に事を進めるべきだと言おうとしたが、嵐に遮られた。

「だが!あの技を使いこなせるのはたった一族しかいない」

「それがどうしたんですか。それだけでは警戒を解く事は出来ません」

園蛇は嵐を睨みつけた。

園蛇は頭脳派として、感や不確かな情報で動くことを嫌った。

「あの御老公は主の師範の家の者だ」

嵐は中々理解しない園蛇に苛立った。

「師範の家の者…?」

園蛇はそれに首を傾げた。

良く分からなかったのだ。

「そうだ。言わば主の知り合いだ。これで文句は無いだろ」

嵐は半ば無理矢理話を終わらせ、颯月に手伝ってもらい、繻樂を老人の家に運んだ。

(あの敬語なんて一切使わない嵐が、老人を敬った?何故だ?会った事もないのに。そこまで敬意を指し示すほどの人材なのか?その老人が)

園蛇は武術に関しての知識には乏しかった。

園蛇は新たな謎に包まれた。

それがまた園蛇にはぞくぞくとして嬉しかった。

園蛇に新たな快感を与えた。

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