第8話 新たな出会い 一
荒れた土の歩きにくい道。周りは茂み。人道を作る為、茂みを切り開かれただけの道を、繻樂達は進んでいた。その中で誰も言葉を発する者はいなかった。
皐はこの無言空間が何か重々しく感じられ、とても嫌だった。かと言って、自分からこの空間を打破する勇気は無かった。まず、打破する為の話題が、皐には見付からなかった。
(園蛇様と二人だったら、もっと気軽に話せるのに…)
皐は園蛇以外に繻樂と嵐がいるのが気に食わなかった。
繻樂は階級上位者であり、無駄話を気安く出来る関係では無かった。
「話しかけてやったらどうだ?話し掛けて欲しそうだぞ」
繻樂が園蛇に小声で言った。
「やめて下さい。無駄に期待を持たせない方が良いのですよ」
園蛇は丁寧な口調で言いながら、嫌そうな顔をした。
「気付いていたか」
繻樂は闇の奥を見つめる様な、冷たい眼で冷静に言った。
繻樂は何時も終始この様な眼をしていた。
「ええ」
「なら何故応えてやらん。純粋に好いているだろうに」
「我は応えられないです」
園蛇は顔を曇らせ、瞳は遠く、何かを想う様な悲しい眼差しをして、その問い掛けに静かに答えた。
繻樂は無駄にそれ以上、聞こうとはしなかった。
「大分日も暮れてきたな。この辺で野宿が無難だろう」
繻樂が空の日暮れ具合を見ながら言った。
「そうだな。それが一番だろう」
嵐が辺りを見回しながら言った。
そして、野宿の出来そうな場所を探し掛けた時、茂みの中から、何かが近付いて来る物音が聞こえた。敵襲かもしれない。四人は警戒し、それぞれ武器を構えた。
段々と物音は大きくなり、近付いた。
皆にじわじわと緊張が走って行った。
もう間近だと感じた時、茂みの中から飛び出してきたのは一頭の鹿だった。
「え?鹿!?」
皐は驚き、意外な物の出現に拍子抜けした。
その直ぐ次には槍が飛んできた。
その槍は丁度、嵐と嵐に乗った繻樂を目掛けて飛んで来ていた。
嵐は横にずれて避けた。
そしてその槍は繻樂達の前を通り、鹿に命中し、鹿はそのまま横たわった。
「よっしゃ!今日の晩飯確保っ!」
その茂みの中から、左眼に眼帯をした一人の男が現れた。
鹿にとどめをさして喜びの声を上げていた。
四人はその光景に呆気にとられていた。
「ん?ああ、すみません。通行の邪魔をして」
眼帯の男は四人に気が付くと頭を下げた。
その時ふと、繻樂と嵐と男は何かを感じた。
「奴だ」
繻樂は男が出てきた茂みの奥を、睨みながら言った。
「ああ」
嵐も同じ方向を睨みながら答えた。
眼帯の男は誰よりも早く、茂みの中に駆け込んで行った。
「行くぞ」
繻樂と嵐も遅れを取らず、茂みに入って行った。
園蛇と皐は、鹿の死骸と共に、その場に置いて行かれた。
「え?あの、ちょっと…」
「何かを感じた様ですね。置いて行かれました」
園蛇は冷静に状況を口にした。
そして二人も茂みに入り、繻樂達を追いかけた。
茂みの中をたった一つの気配を頼りに嵐は駆けた。
そして一つの開けた場所に出た。
そこにはあの眼帯をした男も、息を荒げながら辺りを見回していた。
「雅(みやび)…」
ふと男は呟いた。
「雅?」
繻樂はその言葉に反応した。
探している奴の手掛かりかも知れないと。
その時、盗賊が現れた。盗賊達は何十人かで繻樂達を取り囲んだ。
「盗賊か」
繻樂は盗賊達を睨み付け、嵐から降りて刀を二本抜刀し、構えた。
男も槍を構えた。
そして盗賊達は一斉に襲い掛かって来た。
繻樂は二刀流の刀で次々に倒していった。
男も一本の槍を自由自在に操り、倒していった。
全ての盗賊を倒し終わった頃、園蛇と皐が合流した。
二人は当然、この光景に驚いた。
「これは一体…盗賊の様ですが…」
園蛇が辺りを見回し、事の理解をしようとした。
「………」
皐はこの光景に言葉を失った。
そこにいる者は皆生きていないだろうと思える程、無残な死体達が転がっていた。
辺りには血生臭い匂いに、死臭。
片腕だけが地面に転がっていたり、赤黒い塊、つまりは盗賊達の腸が地面にある。
土は血と言う水分を含み、泥水よりも粘り気のあるドロッとしたものになっていた。
その光景と臭いは、吐き気を覚えるものだった。皐は必死に吐き気を堪えた。
繻樂は酷く息を切らし、後ろに倒れた。それを嵐がすかさず身体で支え、ゆっくり地面に腰を降ろさせた。
繻樂は嵐を背もたれにして、身体を預けた。酷く辛そうだった。
「大丈夫か?」
嵐が心配そうに具合を伺った。
「ああ、こうしていれば楽だ」
(!ひぃぃぃぃぃ!!!)
皐は心の中で悲鳴を上げた。
繻樂と嵐の行動が信じられなかったのだ。
何の躊躇いもなく、死体が広がる中心で、腰を降ろせるものかと。皐は背筋が凍った。同時に、先よりも酷い吐き気と気持ち悪さに襲われた。
空っぽの空腹の胃が、何も無い中から、必死に胃液を出そうとしていた。
(この方々は何とも思わないのかしら?…死体を死体と思ってない?いや、まず死体を人と思ってない?単なる物…?)
皐は繻樂と嵐を「信じられない、有り得ない」という眼で見ていた。
「繻樂様は盗賊を追って?」
「違う。我が妖術師の他に捜す、もう一人の者の気配を感じたのだが、見失った)」
繻樂は園蛇に聞かれ、少し悔しそうな顔をして言った。
「もう一人?」
園蛇は初耳の事に聞き返した。
「おい、お前は何故此処に走って来た?」
嵐は眼帯の男に尋ねた。
繻樂もその男の方を見て、園蛇の言葉は無視していた。
「我も人を捜している。その捜している人の気配を感じたんだ」
男は素直に答えた。男は繻樂のことを知らなかった。
「成る程。では我等が捜す者とお前が捜す者は同一人物か」
嵐が話の結論を述べた。
「そうなるな。あの時感じた気配は一つ。貴様、あいつの何を知っている?それに“雅”とは?」
繻樂は男に探る様な眼差しを向けた。
「そっちこそ、何なんだ?」
男はその繻樂の眼に警戒して、疑いの眼を向けた。
繻樂と男は、互いに警戒し合っていた。
「我は三重園蛇。学者、博士階級です」
園蛇はこのままでは沈黙が続くと察し、自ら話し出した。
「彼女は学者、助手階級、薙矢皐。我の助手です。彼女は外交士の孫娘、上流貴族階級、政府役人、大役人階級の風間繻樂様。そしてそのユニコーンは繻樂様の仕え、嵐」
園蛇は続けて紹介した。
「役人…何かしたのですか?何故役人が“彼女”を追うんですか?」
男は役人と聞き、少し顔色が悪くなった。
(彼女?捜し人は女か…)
園蛇はその言葉を聞いて、捜している人物が女だと理解した。
「お前も名乗れ」
嵐は男を睨み付けた。まだ警戒していた。
「…我は、獅瑪颯月(しばそうげつ)。庶民、狩猟階級」
男は少し間があったが答えた。
庶民の狩猟階級は庶民階級の中で、二番目の低地位だった。
「…あの、話、長くなりますよね?場所を変えませんか?(こんな死体だらけの場所でよく話せるな)」
皐が口を挟んだ。
皐は盗賊達の死体が広がる、血生臭い場所にいることに限界を感じていた。
そして何故、四人は平気なのかと。
死体を見ること自体、あまり慣れていないのに、そんな場所に長時間いることが、耐えられなかった。
そして皐は日が暮れ、夜となったことと、肌寒さを口実に、場所替えを提案したのだった。夜になり、盗賊の死体も、より一層の不気味さを際立たせていた。
「そうですね。どうでしよう?」
園蛇はそんな皐の気持ちを察して、場所を移動出来る様に、率先して話し出した。
「そうだな。行こう」
繻樂は立ち上がり、園蛇に同意した。
(良かった…)
皐はその言葉にほっと胸を撫で下ろした。
「動いて平気か?」
嵐も一緒に立ち上がり聞いた。
「ああ、少し楽になった」
繻樂は嵐の背に乗り、進み出した。
そして颯月の隣を通る時、繻樂は “来い”と言って通り過ぎた。
その後を皐がついて行き、園蛇は颯月について来るよう促した。
颯月は仕方なくついていった。
「すみませんでしたね。苦手な場所に長時間。もう少し早く気付いてあげるべきでした」
園蛇が皐の耳元でこそっと呟いた。
「!いいえ、そんな…」
皐は頬を赤くしながら言った。
園蛇はそれに微笑むだけだった。
(…そ、園蛇様、気付いてくださっていた)
皐は園蛇が自分の事を気に掛けてくれている事に、舞い上がる程嬉しかった。
園蛇は後ろを振り向き、遅れてくる颯月を止まって待った。
颯月はまだ警戒しており、少し距離を開けて歩いているのだと、園蛇は思っていた。
しかし、そうではないらしい。
「別に、警戒しているとか、そんなんじゃないので」
颯月は園蛇の前を通る時、園蛇の考えが分かり、それを否定した。
「そうですか。では、何処か怪我でも?」
園蛇は警戒ではないとすれば、先の戦いで足等に怪我でも負ったのか聞いた。
だが、その質問の答えを園蛇は知っていた。
颯月を見れば分かる事だった。
何処も怪我をしていない。至って健康体だった。
「違います。少し考え事です」
予想通りの返答だった。
「我々の?」
薄々理解出来る考え事の内容に、園蛇は敢えて外れの回答を言って、颯月に聞いた。
「違います。園蛇様に言う必要はないでしょう?」
颯月は園蛇に探られている感じが嫌だった。
「捜していると言う彼女の事ですか?」
園蛇は正答と思われる回答を言った。
颯月はその言葉に一瞬、顔をこわばらせ、「さあな」と、少し苛立ちながら、しつこいと言う様な顔をして答えた。
そして園蛇から離れる様に足を速めていった。
(うん…気になります。彼女。颯月。繻樂様も。皆が。謎は好きですからね)
園蛇は颯月達の背中を見ながら何かを考えていた。
繻樂達は茂みの奥へ行き、丁度近くに川もあるという場所で、野宿をする事になった。
その時、颯月は捕えた鹿の事を思い出した。
颯月は慌てて鹿を取りに戻って行った。
暫くして颯月は手ぶらで帰って来た。
「どうしたんですか?」
しょんぼりとしている颯月に皐は聞いた。
「我の獲った鹿、もう他の動物に喰われていました。我の今日の晩飯…」
鹿を長い間放置してあったので、既に他の動物の餌になっていたのだ。
颯月は酷くしょんぼりとし、ショックを受けていた。
「…まあ、こちらにご飯が有りますので、どうぞ。(読めない人だ。あれだけ警戒し、真剣に考え事をしていたのに。今は見た目年齢不相応なこの子供の様なバカっぽさ)」
園蛇は颯月のさっきまでのギャプに、半ば呆れていた。園蛇の中で颯月は二十歳か、それ以上だろうと思っていた。
園蛇は颯月に、焚き火の近くに来て座る様促した。
そこには既に全員分の食事が用意されていた。
颯月が座ると、園蛇は食事を器に盛った。
「こちらも旅の身。その場しのぎの有り合わせにはなりますが」と、言いながら園蛇は颯月に差し出した。
颯月はそれを受け取り、食べ始めた。
味は野宿での有り合わせにしては、まあまあだった。というより、颯月が自分で何かを作って食べるより旨かった。颯月は料理が苦手だった。
「で?お前はあいつとどうゆう関係だ?」
繻樂が嵐を背もたれにしながら聞いた。
「…彼女は、我の幼馴染みです」
颯月は言うのを少し躊躇いながら言った。
皐は初めて捜している人が女だと知った。
さっきまで、まともに話を聞ける精神状態では無かったからだ。
「さっき“雅”と申したのは?」
嵐は開けた場所に出た時、颯月が呟いた言葉の事を聞いた。
半ば、その言葉の意味に確信はあった。
「彼女の名です。彼女は雨野雅(うのみやび)。庶民、農業階級」
庶民の農業階級は、庶民階級の中で四番目。庶民の中で最低地位だった。その下の地位は罪人しかない。善人なる地位では最低地位だった。
「捜していると言っていたが?」
繻樂は雅の行方が知りたかった。
「捜していますよ。もう十四年。十四年前、雅は村から姿を消しました。捜していますが、未だに見付からないんです」
颯月は瞳を曇らせた。
「十四年前…」
繻樂は何かを思い出す様に呟いた。
「何か知っているのですか!?」
その言葉に颯月は反応し、身を乗り出して聞いた。
何か雅に追いつける手掛かりかもしれないと。
繻樂の脳裏には、思い出したくない、嫌な記憶が蘇った。
消えて欲しいと何度願ったか知れない、悪夢。
それは消える事も、色あせる事も無く、未だ鮮明に、濃く深く刻まれていた。
「…あのっ!」
返答のない繻樂に颯月は呼び掛けた。
「!あ、いや…深くは知らない」
繻樂はいつの間にかぼうっとしていた。
颯月の呼び掛けに我に返り、それだけをやっと答えた。
「そうですか…」
颯月は何も手掛かりが掴めず、落胆した。
「ただ」
「ただ?」
繻樂の続きの言葉に、颯月は再び身を乗り出した。
「ただ、十四年前、その雅が我の師匠だった草津弥八(くさつやはち)を殺した」
繻樂は冷たい声で告げた。
一瞬でその場の空気が凍てついた。
「!?殺した…?雅が…?」
颯月はその言葉に背筋が凍り、顔が青ざめた。
よっぽどショックだったのだろう。
「そんな…雅が、“人殺し”だなんて…」
颯月は頭を抱え、今聞いた言葉を否定しようとしていた。
「何かの間違いでは…」
颯月は間違いであって欲しかった。
しかし嵐は首を左右に振った。
「残念ながら。そやつは我の母親も殺した」
「!そんな…」
嵐の言葉に颯月は血の気が引いて、今にも倒れそうな顔色になった。
「本当に?本当に、雅だったのですか?何かの間違いではないのですか?」
颯月は必死に冤罪であることを願った。
「気配は何年経っても変わらない。お前も感じただろう。あの時の雅の気配。我等も十四年前に感じている。その気配を忘れ、間違う事等なかろう」
嵐は自分達の見解が正しい事を主張した。
颯月は嵐の言い分を認めた。
確かに、気配を間違う事等有り得なかった。
一瞬会った他人の様な関係では、忘れても当たり前だ。
だが殺され、そやつが仇である以上、そやつのどんな些細な事でも忘れる事はない。
雅が殺しをしたと認めると、颯月は激しい罪悪感に襲われた。
「………すみません…」
「別に貴様が謝る事はない」
繻樂は冷徹な眼で颯月を見た。
そしてそのまま横に身体を倒した。
「もう休むのか?」
嵐は立ち上がり聞いた。
「ああ」
繻樂は短く答え、目を閉じた。
「ああ、おやすみ。主」
嵐は繻樂の前に行き、園蛇達から繻樂を隠す様に座った。
寝姿を見せない様にする為の心遣いだった。
(初めてだな。繻樂が自分から過去を他人(ひと)に話すなど。今まで、間違った事でも、正しい事でも、全て、否定も肯定もしなかったのに…)
嵐は繻樂が、自分から十四年前の事を話し出した事に驚いていた。
(師範を殺された恨み、仇を取る為に追っていると?)
園蛇は繻樂と嵐を見ながら、考えていた。
それだけで、必死に捜すとは思えなかったからだ。
これまで戦いは各地で頻繁に起き、その度に様々な人々が死体となって逝く。
そんな中で、殺された恨みだなんだと、一つに固執していては、役人として失格だ。
役人は庶民達とは違い、そんな感情に囚われていては、戦場で命を落とすだけだ。
だからこそ、役人である繻樂が、それだけの理由で、必死に捜すとは思えなかった。
必死に捜す理由には、何か他に理由があるのだと考えた。
(二人は復讐の為にその方を捜して?もし見付けたら殺すのかしら?)
皐は二人を単純に復讐者だと考えていた。
(しまった…何故あんな事を口走った?何も言う気なんか無かったのに…)
繻樂は自分でも気付かぬうちに、十四年前の事を口走っていたのだった。
今でも、どうして話してしまったのか、理解出来ていなかった。
「…なぁ、それ以上は何もしてない、ですよね?」
颯月は暫く考えた後、不安になり、嵐に余罪を聞いた。
「有るぞ」
嵐は即答した。
颯月の不安は的中した。
(やはり、他の何かが…)
園蛇は他の理由を確信した。
颯月は、もう言葉も出ない程、罪の意識を感じていた。
( “あの時”、我が無理にでも、雅を止めていれば…)
颯月は過去を思い出し、唇を巻き込み噛んだ。
「それをお前が背負う必要はないだろう」
嵐は呆れたと言う様な眼で言った。
「すまない」
颯月は一言、やっとそれだけを言った。
「ん?」
嵐は謝られる筋合いはないと言わんばかりの眼をした。
「随分、辛い思いをさせたんですね」
「だから、先にも言った様に、お前に非はない!」
嵐はいい加減イラついてきた。
「いや、有りますよ。雅を止められなかったんです。あの時、我が止められていたら、こんな事にはならなかった筈です」
颯月は自分を責めていた。
嵐は自分ばかりを責め続ける颯月が気に食わず、それ以上の事を聞く気にはなれなかった。
そして野宿は沈黙となり、皆は眠るしかなくなった。
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