第7話 財宝 ニ
嵐は、森の奥の泉にいた。
そこで繻樂を降ろし、繻樂を嵐の体で包む様に寄り添わせた。
嵐の金色の鬣(たてがみ)が光輝いていた。鬣には金色の粒がついていた。その粒は繻樂に降り掛かっていた。その粒には治癒の効果があった。ユニコーンならば使えて当然のものだった。
「繻樂、何故こんなにも弱くなっている。あの妖術師のせいか…」
嵐はあの出来事を思い返していた。
妖術師に力を奪われたあの時を。
「いた」
その時、園蛇がやってきた。
「!よく見付けられたものだ」
嵐は立ち上がり警戒した。
「我は本当に手当てに来ただけです。信じてください」
園蛇は弁解した。
しかし、嵐は警戒を解こうとはしなかった。
「繻樂様、酷く弱ってるみたいです…」
「去れ」
嵐は園蛇が話している途中に口を挟んだ。
嵐は威嚇した。
「待て」
その時、繻樂の声がした。
「!主!」
嵐が振り返ると、繻樂は体を起していた。
「園蛇、何の用だ?」
繻樂は座ったまま、辛そうな顔で聞いた。
嵐は繻樂の側に行き、背もたれ代わりになった。繻樂は嵐に寄り掛った。
「繻樂様のお身体が心配で来たのです」
園蛇は答えた。
繻樂は怪訝な顔をした。
呪いの女を労わる奴はそうはいない。
上位階級だから仕方なく労っているのだろうと疑った。
「去れ。お前に出来る事はない」
繻樂は目を閉じてそう言った。
「繻樂様は気になりませんか?妖怪がやって来た理由」
園蛇は話を変えた。
「知っているのか、知っているなら言え」
繻樂が園蛇を見て言い、続きを促した。
「はい、あれは財宝ではないです。あれは妖怪を呼び寄せる道具」
園蛇は話し出した。
かつて昔、妖怪を操る事の出来る“妖術師(ようじゅつし)”がいた。
その妖術師達が妖怪を呼び寄せるのに使っていたのが、あの掘り出された財宝だった。だが、妖術師が絶滅し、使われなくなったそれは、危険な凶器として封印が掛った壷に入れられ、土に埋められた。
あの財宝に見える形も封印の一種で、壷の封印が解けただけで有った事が、幸いだった。中の財宝に見える形のものまで解けていたら、今頃どうなっていたことか。
「して、どうする?そのままそれは放置か?」
話を聞き終えて、繻樂は園蛇に聞いた。
「まさか。あの村人達は財宝だと信じて疑わないです。我が違う物だと言って持ち去ろうとすれば…」
「偽り泥棒したと考えるな」
繻樂は、園蛇が話している途中に割って入った。
「はい。取り敢えずはあの壷に入っていれば大丈夫です。ですが、あれはもっと別の地へ封印しないと」
園蛇が考え込みながら言った。
「今から取りに行けば良い。情報を聞き付けて、誰かに悪用されてもかなわん」
「え…悪用は出来ない筈。妖術師は絶滅しています。あれは妖術師にしか使えない代物です」
園蛇が少し戸惑った様に言った。
「…可笑しいなぁ。我はその“妖術師”に襲われたが?」
繻樂は怪訝な顔で聞いた。
「本当ですか!?」
園蛇が驚き、戸惑いながら聞いた。
「ああ、我は妖怪に襲われ、その傍らに人がいた」
「そうか。それは調べてみる必要がありますね。妖術師は強さにより従えられる妖怪の強さが違ってくる。その妖術師が強いのであれば、大変です。妖術師はその危険度が過ぎるが故に絶滅させられた種族です」
園蛇は繻樂の話を聞き、色々考え込んだ。
「ところで、さっき取りに行くって言っていましたが、繻樂様自身の権力をお使いで?」
園蛇が繻樂に聞いた。
「ああ」
繻樂は当然の事の様に答えた。
「わざわざ汚れ役を買って出ると?」
園蛇は怪訝な顔をした。
「ああ」
繻樂は短く答えた。
「そんなに自分を追い込んでどうするんですか?」
園蛇は理解出来ないと言う顔をした。
「園蛇でも出来る事だと思うが?」
「ええ、確かに」
園蛇は政府の学者だった。
政府の学者とは、政府に仕え、様々な事を研究し、調査する学者達の事である。
研究や調査の為ならば、政府の権力で物等を押収する事が出来るのだ。
繻樂には、政府の学者ぐらい頭に入っていた。
「園蛇、お前が悪役になどならなくていい。それは我だけで十分だ」
政府のやり方や権力での押収にいい気をするものは、そうはいない。
権力を行使すれば、罵られ、罵声を浴びせられる。
繻樂はそんな罵声から園蛇を守ろうとしていた。
繻樂は立ち上がった。
「もういいのか?」
嵐が心配そうに聞いた。
「ああ、嵐のおかげで良くなった」
繻樂は嵐の頭を撫でた。
そして繻樂は嵐に乗った。
「ああ、あのこれ」
園蛇は思い出した様に、さっき村を出る前に拾った市女笠を、繻樂に差し出した。
「ああ」
繻樂はそれを受け取り、被った。
「行こう」
そして嵐に乗り歩みを進めた。
「(自ら悪役を買って出る…呪いの女だからか?そんなの、悲しすぎる)」
園蛇は納得いかないまま、ついて行った。
夜になり、村へと戻ると、そこは酷い荒れ様だった。
「どうなっているのだ?」
園蛇がその光景を見て戸惑った。
そこは、先に妖怪と戦った荒れさとは違った。
先よりも酷く荒れていた。
そこら中に、村人が倒れていた。
その光景に園蛇が驚いていると、村の中から人が現れた。
繻樂と嵐はとっさに構えた。
「あ!園蛇様!良かった。生きてた。死んだのかと、心配しました」
女性の高い声が聞こえた。
「皐(さつき)!」
現れたのは園蛇の知り合いらしい。
「我の助手の薙矢皐(なやさつき)です」
園蛇は繻樂と嵐の警戒を解く様に言った。
繻樂と嵐は構えを止めた。
皐は学者、助手階級という学者の中で最低位の地位を持つ十五歳だ。園蛇の助手を務めている。
「危ないですね。こんなところに、一人で」
園蛇は皐を叱った。
「だって、この村に園蛇様がいるのかと思うと、心配で」
皐は食い下がった。
「けど、何かがいたら…」
園蛇が心配そうに言っていると、繻樂が口を挟んだ。
「大丈夫だ。ここにはもう何もない」
「繻樂様!」
皐が繻樂に驚いて名を呼んだ。
皐も政府の建物を出入りしている関係上、繻樂の事は知っていた。
「ところで、これはどうゆう事だ?」
園蛇が皐に尋ねた。
「さあ?我が此処へ来た時にはもう…」
皐はこの光景に戸惑いながら答えた。
園蛇は “そうか”と言いながら、村の中へ入って行った。
繻樂も嵐に乗ったまま進んだ。
少し行くと、繻樂を園蛇の助手と間違えたあの男が倒れていた。
「おい、大丈夫か?何があった?」
園蛇は男を揺すった。
「うぅ…よ、妖怪が…」
男は声を振り絞って言った。
「妖怪?また来たのか?」
園蛇は聞いた。
「あの…壷を…ガハッ!」
男は途中で息絶えた。
「おい、しっかりしろ!」
園蛇は男を揺すった。
「無駄だ。そやつはもう死んだ」
繻樂は冷静に言った。
「そんな…」
「園蛇様、まだ生きている人がいるかも」
皐は園蛇に提案した。
生きている人を探そうとしていた。
「無駄だ。ここにはもう何もないと言っただろう。そやつで最後だ」
また繻樂は冷静に言った。
「そんな。なんで分かるんですか?まだそんなに見ていないのに…」
皐は繻樂に突っ掛かった。
「我は役人。そのぐらい、この村へ入れば分かる事が出来る」
「大役人だからですか?」
「そうだ」
繻樂はしれっと言った。
「そうですか…」
皐は腑に落ちない顔をしながら言った。
「ところでその男、壷と言っていたな。今、壷は何処にあるのだ?」
繻樂はそんな皐を気にする事無く、園蛇に聞いた。
「それなら繻樂様と我がいたあの小屋にあると思います」
園蛇はその小屋を指指した。
繻樂はその小屋へ行った。
繻樂は小屋に入る時、嵐から降りた。
そして嵐と共に小屋の中に入り、小屋の中を見渡した。
「あ―――!!!」
後から入って来きた園蛇は小屋の中を見て、叫び声を上げた。
「うるさいなぁ」
繻樂は顔をしかめた。
「つ、壷がない!」
園蛇は叫んだ。
「この部屋の感じ、人と妖怪」
嵐は部屋を嗅ぎまわって言った。
「大方、妖術師だろう」
繻樂が言った。
「そやつらに持って行かれたのか」
園蛇はくそっと言う顔をした。
「敵の手に渡ったな」
嵐は言った。
「取り敢えず、ここにはもう何もない」
繻樂は小屋を出た。
「何処に行くんですか?」
園蛇が追いかけて聞いた。
「一度、帰る。政府の上官者に報告をな」
繻樂は嵐に乗った。
「我も行きます。妖術師の説明に役に立つでしょう?」
繻樂は何も言わずに、進んで行った。
園蛇はそれがOKの返事だと感じ、ついて行った。
「皐も来るのです。此処にいても仕方がないですよ」
園蛇は皐を呼んだ。
「はい」
皐もついて行った。
野宿をしながら翌朝、政府の建物前まで来た。
そこの門兵に繻樂は止められた。
「お帰りなさいませ、繻樂様。失礼ですが、その方々は?」
「政府の学者、園蛇とその助手、皐だ。通せ」
繻樂は説明した。
「はっ、失礼致しました。どうぞ」
門兵は門を開けた。
門をくぐると女中と侍女が待っていた。
「お帰りなさいませ、繻樂様」
繻樂は嵐から降りた。
嵐は侍女に連れて行かれた。
繻樂は女中に市女笠を取られた。
「そう言えば、役人でも学者と分からない人もいるのですね」
園蛇は繻樂の口ぶりから、役人は全ての人が政府の学者を知っているのかと思っていた。
「ああ、そやつ等は下役人。分からなくて当然だ。全て分かるのは大役人ぐらいだろうな」
繻樂の前に籠が来た。
「刀馬(とうば)政府首長は御在宅か?」
政府首長とは政府の中のリーダーだ。
「はい、只今のお時間はお手隙となっております」
繻樂の質問に侍女が答えた。
「連れて行け」
「はっ」
繻樂は籠に乗り、進んで行った。
園蛇と皐もついて行った。
目的地に着き、三人はその部屋の中に入って行った。
三人はその人の前に正座で座った。
「何だ?」
「はっ、迂笒大臣様からの命令にて、調査した結果、第一に風間刀馬(かざまとうば)政府首長様へのご報告が第一と感じましたので」
繻樂は頭を下げて言った。
「堅苦しい。普通に言え。顔を上げよ」
刀馬は面倒くさそうに言った。
繻樂は顔を上げ、今までの事を話した。
「そうか、妖術師とな」
刀馬は考え込んだ。
「ご存知ですか?」
園蛇が聞いた。
「知るもなにも、絶滅の命令を出したのは我だ。知らない筈がない」
刀馬は当然と言う様に答えた。
「!そうでしたか」
「繻樂よ、先日この建物へ帰って来た時に、上官の役人達は皆、そなたの衰弱に気付いておるぞ。どうしたのだ?」
刀馬は繻樂に聞いた。
「…その妖術師に、力を奪われ失くしました」
繻樂はあまり言いたくないのか、少し躊躇った。
「奪われ失くしただと?」
刀馬は怪訝な顔をして聞き返した。
「はい、我の力はまだそやつが持っているかと」
繻樂は考えを述べた。
「して、どうする?」
「取り返しに」
繻樂は意志を伝えた。
「そうか。ならば、そなたに我から命令を下す」
「はっ」
繻樂はその言葉に構えた。
「そなたはその壷を取り返すと共に、自身の力を取り戻せ」
刀馬は命じた。
「御意。して、その妖術師は?」
「無論。殺して構わん」
「御意」
繻樂が短く答えると、戸の外から声が聞こえた。
「失礼します」
その声は伽嵯茄木宮霞だった。
「何だ?」
刀馬は戸越しに聞いた。
「怪しき人物、荒地へ逃亡するのを見たとの情報が」
霞は片膝を付き、頭を下げて言った。
「その様な事を何故報告に?」
刀馬は報告しなくていい事を何故しにきたのか、疑問に思った。怪しい人物など腐る程いるからだ。
「今、皆様がお話中の“妖術師”かもしれませんので。御報告に」
霞は答えた。
「!そうか、相変わらずの情報網だな。霞」
刀馬は口元を緩めた。
「はっ、失礼します」
霞は帰って行った。
「との事だ。一度行ってみろ」
刀馬は荒地へ行く事を指示した。
「はい」
「こちらでも探そう。何か進展があれば連絡しよう。繻樂もな」
「………」
繻樂は返事に戸惑った。
「どうした?」
返事の無い繻樂に刀馬は心配した。
「一つ問題がございます。刀馬様」
繻樂は申告する覚悟を決めた。
「何だ?」
「我は力を奪われ失くし、ミルスを使う事も出来ません」
ミルスとは力を形にし、連絡を取る事が可能になる通信手段だ。
遠くに飛ばす為、力を少しずつ放出し続けなければならなかった。その維持が今の繻樂には出来なかった。
「なんだと!?それ程までに力を奪われ失くしたと言うのか!?」
刀馬はその事実に酷く驚いた。
「はい…」
「なんと言う事だ。これでは、危な過ぎて命令は取り止めだ」
刀馬は前言撤回をした。
「!待って下さい。我は我で力を取り返したいです!」
その言葉に繻樂は食い下がった。
「しかしなぁ…」
刀馬は困った顔をした。
「あの、我が“同行する”では駄目でしょうか?」
園蛇が割って入った。
「園蛇よ、お前は強いのか?」
刀馬は園蛇に疑いの眼を向けた。
「あの三十郎(さんじゅうろう)の息子。名ばかりではないだろうな?」
続けて刀馬は聞いた。
「はい」
園蛇は力強く答えた。
「ならば安心だ。許す」
刀馬の顔が一瞬にして、安堵の表情に変わった。
「そなたならミルスも出来るだろう。頼むぞ」
刀馬は笑顔で言った。
「御意」
園蛇は答えた。
繻樂は部屋を出ようとした。
その時、刀馬が話し掛けた。
「ああ、そうだ。迂笒には我から言おう。報告に行かなくても良いぞ。二度手間だ」
「御意」
繻樂はそう答えて部屋を出て行った。
園蛇と皐も後を付いて行った。
繻樂は籠に乗り、嵐の小屋へ向かった。
園蛇と皐は先に門に向かった。
小屋に行くと、また霞に会った。
「恐ろしい程の情報力ですね。敵に回すのが恐ろしい」
繻樂は薄く口元に笑みを浮かべながら言った。
「戦いは情報から勝敗が決まると思っているのでね」
霞はクスリと笑った。
「情報、ありがとうございます」
繻樂は嵐を小屋から連れ出した。
「気を付ける事ですね。そなたの力が貧弱になった事は、この囲いの中ではほぼ知られていること。そなたの地位を狙って、そなたを狙う者も少なくはない」
霞はすれ違いざまに、繻樂の耳元で言った。
繻樂は嵐を侍女に連れて来させればいいところを自分でやっていた。
それは、こうしてこの場で霞と落ち合い、情報を貰う為だった。
「分かっています」
繻樂はその場を去った。
そして嵐に乗り、市女笠を被り荒地へ園蛇と皐と向かった。
荒地に向かう途中、市場街(いちばがい)を通る。
その市場街を通ると、そこの住人から繻樂への誹謗中傷の言葉が聞こえてきた。
「まただ」
「今度はどんな罪人(つみびと)を連れてくるのだろうか?」
「呪いの女、繻樂こそ罪人だ」
「早く捕まらないのか」
「うっとうしい奴等だ。一度突き刺し、咬み砕いてやりたいなぁ」
嵐が小声でぼそっと言った。
「黙りなさい、嵐」
それを繻樂が制止した。
暫く行くと、荒地へ続く道が見えた。
「皐、そなたは此処に残るのだ。この先は危険だ。それに命令を受けたのは、我と繻樂様だ。皐、そなたまでもが危険な目に遭う必要は無い筈だ」
園蛇は皐に優しく言った。
「いえ、園蛇様。我も行きます。迷惑は掛けません。どうか、お願いします」
皐は園蛇に懇願した。
「しかしなぁ…」
園蛇は困惑した。
「好きにすれば良い。自分で命を掛けているのだ。死んでも悔いはないだろう?」
繻樂が口を挟んだ。
「はい」
皐は力強く頷いた。
「…分かった。でも、無理はしないのですよ」
園蛇は根負けし、渋々皐の同行を許した。
「はい」
皐がそう答えると、繻樂達は進み出し、荒地へと向かった。
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