第6話 財宝 一
繻樂は迂笒(うかん)大臣の部屋に来ていた。
「悪いな。死刑中に」
そう迂笒は言ったが、あまり悪びれている様には聞こえなかった。
「いえ丁度、終わったところですので」
繻樂は素っ気無く答えた。
「そうか。これでお主も気が晴れただろう。また、違う男を見付ける気かな?」
迂笒は嫌みの様に言った。
「さあ、まだ整理はついていないので。分からないです」
「そうか。では、帰って来たばかりだが、任務を頼む。悪いな」
迂笒の“悪い”と言う言葉は建前の飾りの言葉の様だった。
「いえ、平気です」
二人の間では淡々と会話が交わされた。何処となく不気味な雰囲気だった。
「では、任務の方、頼んだぞ」
迂笒は手紙を差し出した。
「御意」
繻樂はそれを受け取り、部屋を出た。
繻樂は女中の持つ籠の中で揺られながら、迂笒から貰った手紙を読んだ。
そして部屋に任務の準備をしに行き、また籠で小屋へ移動した。
その小屋はあのユニコーンや他の役人の動物達がいる小屋だった。
「おはよう、嵐。次の任務も一緒にいけるよ」
繻樂は優しく撫でながら、嵐を小屋の外へ出した。
「おはよう、風間繻樂(かざましゅらく)」
繻樂に話し掛けてくる男の声が聞こえ、繻樂は振り返った。
「おはようございます。伽嵯茄木宮霞(かさなぎのみやかすみ)様」
彼は政府の大役人。役人にも大臣の様に上から大役人、中役人、小役人、役人、下役人とある。彼はその大役人の中の首長である。因みに繻樂は大役人だ。
「また君は任務に?」
「はい、迂笒大臣様からの命令です」
「そう、お気に入りは大変だね」
霞はクスクスと笑った。
「それだけ信頼されているのでしょう」
繻樂は霞の嫌みをかわした。
「そう、気を付けてね。君、あの罪人(つみびと)の顔面を刺したそうだな。既に大きな噂となっているぞ」
霞は忠告をした。
「分かっています」
「何故にその様なまねを?」
霞は聞いた。
「普通でしょう」
繻樂は当然の様に言った。
「普通ねぇ?」
霞は聞き返した。
「今までこの死刑は、一般人が殆ど。殺しに慣れぬ者は刺す事で精一杯。だが我の様な役人は殺しに慣れている。顔を刺すなど造作もない事です。今まで役人がその死刑に参加していないが故に、聞かぬ話なだけでしょう。我々役人から見れば普通の事でしょう」
繻樂は普通の意味を答えた。
「クスクスクス、確かにな。普通だ。やはり一般人が馬鹿なのだ」
霞は肩を震わせながら笑い出した。
「ええ、馬鹿ですよ。一般人なんて、特にね」
繻樂はそう言うと嵐を引いてその場を去った。
門の近くには繻樂の侍女がいた。
「任務ですか?」
「ああ」
「御帰りは何時頃で?」
侍女は市女笠を渡した。
「さあ。今回のもめどはつかん」
繻樂は市女笠を被った。
「はっ、侍女、女中一同、御帰りをお待ちしております。お気を付けて。行ってらっしゃいませ」
侍女は門をくぐっていく繻樂を見送った。
繻樂は嵐に乗ってゆっくりと進み出した。
「あの罪人は死んだか」
嵐が重い口調で聞いた。
「ああ」
「そうか、どうせなら我のこの角で刺し殺したかったな」
嵐は悔しそうに言った。
「そうだな」
「ところで、今回の任務は?」
嵐が聞いた。
「調査」
繻樂が短く答えた。
「調査?」
嵐が怪訝な顔をして聞き返した。
「ある村で財宝が掘り起こされたらしい。それが本物かどうか、我の眼で目利きしてこいと」
繻樂は任務の内容を言った。
「ふーん、何かありそうだな」
嵐は疑いの声を上げた。
「ああ、あるだろうな」
繻樂はそれに同意した。
嵐は少し繻樂を探る様な目をした。
「こんなにゆっくりでいいのか?」
「ああ、時間は有る。今はあの屋敷からも、建物からも、全てから離れたいのだ」
「そうか、悪かった。ならばゆっくり行こう」
嵐はその繻樂の言葉で顔に影を落とした。
そして繻樂達は夕方、その村に着いた。
「嵐、名は伏せておけ。姫百合(ひめゆり)」
村に入る前、繻樂は嵐に指示した。そして伏せた時に呼ぶ名を姫百合と呼んだ。
「御意。繻樂は?」
嵐は繻樂の呼び名を尋ねた。
「主でもいい。朔那(さくな)でもな」
政府の役人と知られれば、情報入手が困難になる事があるのだ。政府は良くも悪くも賛否両論。だれが政府を支持し、不支持しているかは分からないのだ。
繻樂は村へと足を踏み入れた。
一瞬で村はざわめいた。無理も無い。小さな村にユニコーンに乗った、怪しい人が来るのだから。
皆、遠巻きに見て声を掛けて来なかった。
「おい、貴様は誰だ!」
前方から、歳十八程の男が繻樂を睨みながらやって来た。
繻樂は嵐から降りた。
「我は調査員。この村で発掘されたと言う財宝を調べたい」
繻樂は答えた。
「調査員?…ああ、あの男の助手。後で来るとか言っていた」
その男は一瞬怪訝な顔をしたが、少し考えてから、分かった様に言った。
(あの男の助手?知らんな。まあ、使わしてもらおう。ここまですんなり入れるのは得だ)
繻樂は少し考えた。
「ああ、通してくれ」
「分かった」
繻樂はすんなりその財宝の場所まで通された。
嵐はその小屋の前で待つ事になった。
「おい、調査員。助手だ」
「ああ、今手が離せないんだ」
なにやら道具で財宝を必死に見る一人の男がいた。
彼が調査員らしい。歳にして二十程に見えた。
「チッ、置いとく」
その男は人を物の様に言って、その場を去った。
暫くして男は一段落付いたのか、財宝から目を離し、繻樂の方を見た。
「ふう、お待たせ…?」
男は予想とは違う人がいてびっくりした。
「…あなたは繻樂様?何故ここに?」
男は繻樂の事を知っていた。
「我も財宝を調査しにきた。相手が勝手に間違えたので、利用させてもらった」
繻樂は隠す気はなく、全てを話した。
「そうですか、それでは本当の助手が入れなくなってしまいますね」
男は冷静だった。
「心配ない。あの男にはもう一人いると言っておいた」
繻樂はあの男に、遅れてもう一人来ると言ってあったのだ。
「そうですか。それはありがとうございます」
男は少しほっとして、言った。
「ところで三重園蛇(みじゅうそのじゃ)。その財宝は本物か?」
繻樂が男の名を呼び、質問した。
「さすが、繻樂様。よくお知りで」
男の名は三重園蛇。学者、博士階級という、学者の中で最高位の地位を持つ十八歳だ。
父親は学者の博士階級で、一流とされ有名である。この若い年で博士になれたのは、親の七光りであると決め付けられている。そしてせこい、ずるいと他の者に妬まれていた。
「学者界では有名だからな」
繻樂の声は冷淡だった。
(静かって言うのか、愛想のない人だ。彼女が呪いの女か…可哀想にな)
園蛇は繻樂を見て思った。繻樂に会うのはこれが初めてだった。
「その財宝は本物か」
繻樂が再び尋ねた。
「分からないです。調査中なので」
園蛇は繻樂の質問に答えた。
「いつ分かる?」
「まだもう少しかかるかと…」
「そうか」
繻樂がそう言った時、外が騒がしくなった。
「?なんだ?」
「!(この感じ、妖怪だ)」
繻樂は外で何が起きているのか、大体を掴んだ。
二人が外へ出ると、大きい妖怪三体に小物の軍勢が、村を襲っていた。
村には村人の叫び声と共に妖怪達の叫び声が響いていた。
「ひえぇぇ。む、村は終わりだぁ!」
一人の村人が妖怪に襲われていた。
「大変だ。助けないと」
園蛇は村人の元へ掛けて行った。
「いいのか?直ぐに追いかけなくて」
嵐は動かない繻樂に近付いて行き、聞いた。
「ああ、あの者、力が有る。一度見るのも良かろう?姫百合は他のザコを。村人を助けてやれ」
「御意」
嵐は直ぐ様駆けて行った。
繻樂は園蛇を見ていた。
園蛇は村人と妖怪の間に入り、武器の鞭を一発妖怪に打った。
ザコ妖怪は一発で死んだ。
「さあ、早く、逃げて」
園蛇は次々に向かってくる妖怪を見ながら、村人に言った。
「あ、ああ」
村人は立ち上がり、逃げて行った。
繻樂はそれを見た後、戦いに参戦しに行った。
しかし、繻樂には不安があった。
力の弱くなった自分で、この妖怪達を相手出来るのかと。
その辺にいるザコは体技で数発加えれば倒す事が出来た。
だが、前は一発で出来ていたものだった。
そして繻樂は扇を取り出し、大きい妖怪に挑んだ。
扇はまだ使わず、体技で戦った。
しかし、ザコの様には上手くいかなかった。
戦いの最中、繻樂はザコ妖怪に邪魔され、バランスを崩し、地面に倒れ込んだ。
「!主!」
嵐はその光景が目に入り、とっさに叫んだ。
嵐は今すぐに繻樂の元へ行きたかったが、妖怪達に囲まれていて行けなかった。
その時、大きい妖怪が繻樂を目掛けて体技を仕掛けてきた。
「!!」
繻樂はザコ妖怪に取り抑えられた。
その時反動で、被っていた市女笠を取られた。
繻樂は片手を必死に上げて、扇でその体技をガードするしかなかった。
「!!」
園蛇も繻樂のピンチに気が付いたが、遅かった。もう間に合わなかった。
その時、その妖怪の攻撃が来る瞬間、左横から長い槍を持った男が、妖怪の横顔を突き刺した。妖怪は横に倒れた。
「女が出しゃばるな!死にたいのか!」
男は繻樂に叫んだ。
その男は繻樂を園蛇の助手と間違えたあの男だった。
倒された大きい妖怪は立ち上がり、次の攻撃をしようとしていた。
「何をもたもたしている!早く、逃げろ」
動かない繻樂に男は急かした。
男の攻撃の力の余波で、繻樂に取り付いていたザコは皆消えていた。
「嫌だ。我はこんなザコには負けぬ。ましてやこんなザコに傷を受けるとは、なんと醜態」
繻樂は扇を開きながら、立ち上がった。
「扇、三分咲き」
繻樂は扇の開く幅を三割にした。
「カマチ!」
そして大きい妖怪に扇を使い攻撃をした。
扇からはかまいたちが現れ、妖怪を切り刻んだ。
「ほう、中々強いな」
男は少し見直した。
「え…主がザコに扇を使った…?」
嵐はその光景を信じられないと言う顔で見た。
それから三人と一匹は、戦いを続けた。
「なんだ!こやつ等!」
男が言った。
「切りがない!」
園蛇が少し息を切らしながら言った。
妖怪達はいくら倒しても減らなかった。
(何故だ?何故減らない?)
繻樂はこの異変にも、自分の異変にも気が付いていた。
戦闘能力としての力が弱くなったとはいえ、体力まで落ちたとは思えなかった。
しかし、繻樂の体力は普段より相当消耗していた。
繻樂は辺りを見回した。
すると一つの小屋に、妖怪達が群がり始めているのに気が付いた。
その小屋は園蛇と繻樂のいた財宝のある場所だった。
(妖怪が財宝を狙うのか?)
繻樂は理解出来なかった。
しかし、行ってみる事に越した事は無い。
繻樂はその小屋に向かった。
「何しに行くんだ?あの女」
その繻樂の姿に気付いた男が呟いた。
「!駄目だ!行くな!」
園蛇は呼び止めだが、繻樂には聞こえなかった。
何か知っている様だった。
「!何があんだ!?」
男が尋ねた。
しかし、園蛇は答えず、繻樂を追いかけた。
「!おい!」
男も慌ててついて行った。
しかし、その二人の行く道を妖怪達が阻み、直ぐには行けなかった。
嵐も繻樂の行動に気が付いた。
繻樂は妖怪を薙ぎ払いながら、小屋にたどり着いた。
小屋の中には妖怪が群がっていた。
繻樂は妖怪を掻き分け、奥へと進んだ。その時に繻樂は身体中にかまいたちを纏わせていた。近付く妖怪は皆切り刻まれていった。
奥にある財宝は不気味な光を放っていた。
何故だか、その財宝に妖怪達は触れようとはしなかった。
そしてその財宝の近くには、壷があった。
繻樂は壷に力を感じ、壷の中に財宝を入れ始めた。
妖怪達は財宝に触れている繻樂を襲おうとしなかった。
繻樂は先よりも、体力が無くなっていた。立っているだけでも、辛かった。
そして、繻樂は財宝を壷の中に入れ終えた。
すると繻樂は意識を失い、倒れた。
体力の限界だったのだ。
嵐が、やっとのことで繻樂が入って行った小屋に行くと、繻樂が倒れていた。
「!主!」
繻樂は壷を持ったまま倒れていた。纏っていたかまいたちも消えていた。しかし、壷を持っていたおかげで、妖怪に襲われずに済んでいた。
「おのれ妖怪ども。果てろ」
嵐の眼から光りが放たれ、一瞬にして妖怪達を塵にした。
「主、主。しっかりしろ」
嵐は顔で繻樂の体を揺すったが、反応が無かった。
その時、園蛇と男が入って来た。
「!大丈夫ですか!?」
園蛇は繻樂に駆け寄ろうとした。
「寄るな!」
嵐が立ち塞がった。
「!?」
二人共驚き、園蛇は足が止まった。
「信用の出来ぬ者に主は託せぬ」
嵐は二人を睨んで言った。
「でも、彼女をはやく手当てしないと」
園蛇は慌てて食い下がった。
「そうだ。動物の貴様に何が出来る?」
男も食い下がった。
「我は高貴なるユニコーンだ。見くびるな、人よ」
嵐はそう言うと繻樂を自分の背に乗せ、小屋を出た。
妖怪達は急に減り、もういなかった。
嵐は村を出て、森の茂みの奥へと姿を消した。
二人だけ取り残されたその小屋には、不気味な沈黙だけが流れた。
「…あの、そなたは信じるかい?」
園蛇はふと口を開いた。
男は園蛇の方を見た。
「此処に妖怪がやって来た原因が、あの壷の中にある “財宝”だと言ったら」
園蛇は静かに言った。
「!?」
その言葉に男は驚いた。
暫く沈黙が流れた。
「…本当か?それを信じろと?」
男は疑いながら聞いた。
「ああ、この騒ぎで確信がついたよ。これは、財宝じゃない。“妖怪を呼び寄せる道具”だ」
園蛇は壷を睨んで言った。
「!?妖怪を呼び寄せるだと!?」
男は大声を上げて言った。
「そなたも見ただろう?減らぬ妖怪達を。あれは次から次へと、妖怪が此の地に集まっていたんです」
園蛇は男を見て言った。
「でも、何で急に消えた?」
「彼女が、その壷に道具を封印したからでしょう。知ってか知らずかは分かりませんが」
園蛇はその疑問に答えた。
そして園蛇は小屋を出た。
「おい、何処に行く?」
男が後ろから声を掛けた。
「ひとまず、あれで妖怪の件は大丈夫です。やはり我は彼女が気になる」
園蛇はそう言うと近くに落ちていた、繻樂の市女笠を拾った。
「追うのか?今更何処にいるのか、分かるのか?」
男は尋ねた。
「生憎、人を探すのは得意でね」
園蛇はそう言うと村を出て行った。
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