第3話 風間繻樂 ニ

「全く、貴様という奴は、次から次へと問題を起こしよって。どうしてくれる。また家の恥さらしではないか。本当に分からないな。何故これが我等の家にいるのだろうな。恥め」

繻樂はくどくどと、父親に叱られていた。繻樂はずっと下を向き、黙っていた。


馬車は葬儀会場に着いた。降りる瞬間、繻樂は母親に「泣くことのない様に。みっともないから」と言われた。

父親、母親が順に降り、繻樂が最後に降りた。その時にはもう、二人は先を進んでいて、随分離されていた。そして翔稀馬の両親に頭を下げていた。繻樂も急いで駆け付けた。

「遅い。何をやっている。詫びる気持ちもないのか」

父親が怒って繻樂を睨み付けた。

繻樂は急いで翔稀馬の両親に頭を下げた。

「申し訳ございません」

「詫びて済むような事ではない!どうしてくれるの?我の息子を返して!大事な、大事な、翔稀馬を返してよ。あの子がどうしてもって、言うから許したけど、こんな事になるなら、あなたになんか会わせなければ良かったわっ!何故、あなたが生きてるのよ。何故、翔稀馬が死ななければいけなかったのよ。あなたが死ねば良かったのに。呪いの女なんて死ねばいいのに。返して。何故、翔稀馬が死ぬのよ。我の、我の翔稀馬を返して!!!」

翔稀馬の母親は大声で叫び、繻樂に罵声を浴びせた。繻樂はただじっと頭を下げて聞いていた。

繻樂がその中で感じたのは、翔稀馬のお義母様も同じだということ。

同じ様に翔稀馬様を愛していたこと。

同じ様に哀しんでいること。

同じ様に繻樂自身が死ねば良かったこと。

同じ様に何故、翔稀馬様が死ななければ、ならなかったのかということ。

繻樂はお義母様も辛く、悲しいのだと、理解していた。

その場は一時、外交士である、風間刀馬(かざまとうば)によって収められ、葬儀が始まった。


参列には大勢の人が来た。貴族の上流階級は勿論のこと、中流、下流も、政府首長から少納言の位までの人が参列した。役人からは立ち入り禁止だった。

順に最後の別れを述べるか又は祈り、別れを惜しんだ。

繻樂の番が来た。繻樂はその場に正座し、祈った。

(親愛なる、翔稀馬様。我も一緒に逝きたいです。我に様々な事をお教え下さった事、感謝します。翔稀馬様に出会えて幸せでした)

繻樂は祈るのを止め、被り物を取った。会場はどよめいた。

繻樂は結わえられた髮を解いた。髪は風に揺れ、綺麗に散った。繻樂の髮は膝まである長い髪だった。

この国では髮が綺麗で、長ければ長いほど美しいとされているのだ。繻樂の髮はこれでも短い方だった。長いと、地面をこれでもかと言う程擦るのだ。繻樂は戦闘の時に邪魔になるので、短くしていた。

何をするのか全く分からず、皆固唾を呑んで見守った。

繻樂は後ろで髪を一つに結った。

「すまぬ。誰か一人、手伝ってはくれないか?」

繻樂は手伝いを求めた。しかし、その問い掛けに皆はざわつき、答える者はいなかった。だが一人、名を上げる者がいた。大納言、伽嵯茄木宮霞(かさなぎのみやかすみ)だった。霞は前に出て行った。

「や、やめろ。霞。そのような事に手を出すな」

慌てて霞の父親が止めるが、聞く耳を持たなかった。

「何でしょう」

「霞様。すみません。手伝わせてしまって」

「いえ、何なりと」

「髮をもう二、三箇所結って頂きたいのです。髪が散らぬ様に」

繻樂は霞に髪留めを渡した。

「御意」

霞はそれを受け取った。

周りは何が起こるのか、前代未聞の事にドキドキだった。二人の話声は小さく、何も聞こえなかった。

霞は繻樂の髮を結った。

「出来ましたよ」

「ありがとう」

霞は繻樂の横に繻樂の方を見て正座した。

繻樂は立ち上がり、供え物のところにある、鞘から抜刀された小刀を手に取った。

それは、亡くなった方が安全に逝ける為に道を切り開く物として供えられている。

「何をする気で?」

霞は繻樂に尋ねたが、返事はなかった。

繻樂は方手で結った髪を握り、もう片方の手で握った小刀を頭の上に持ってきた。そして、髪を結った根元から一気に切った。一瞬で会場に驚きの空気が走った。繻樂は刀を元に戻し、切った髮を翔稀馬の棺の上に置いた。

そして棺の前で正座した。

「愛する翔稀馬様。我はまだ逝けません。このままここに残ります。ですが、お忘れなき様に。我は常に翔稀馬様と共に有ります。我の髮を化身とし、一緒に連れていってください。我は心より、翔稀馬様を愛しております。今までも、これからも。一生、変わることのない事でございます。安らかに、どうぞ安らかに、安全に逝けます様に」

繻樂はそう言うと、被り物を被り、自分の席に戻って行った。

霞も皆も茫然としていた。

髮は美しさを決める大事なもの。いくら誰かを愛そうとも、それを犠牲にしたり、差し出したりする事などは、有り得なかった。

霞は繻樂の翔稀馬に対する思いを感じた。

それ程までに愛していたのだと。髮を切り、後で親にどれだけ叱られるかも承知の上で行った。

「変わった…」

霞はぼそっと呟いた。

今までの繻樂では有り得なかった。親を一に考え、極力怒られる様な問題事を起こさぬ様にし、家を汚さぬ様、努めていた繻楽では無かった。

(それ程までに、奏音宮様には力が有り、影響力が有ったと言うのか。繻樂、大きいものを失ったな)

霞は暫く考えていた。

すると、霞の父親から早く戻る様、指示が聞こえた。皆、形だけでも気を取り直し、葬儀を再開させようとしていた。霞は言われるがままに、席に戻り、淡々と葬儀は終わり、翔稀馬は火葬された。


その後、葬儀で自ら髮を切った事は、庶民の町にも伝わり、前代未聞の事に大騒ぎとなった。

繻樂の家では、両親に延々罵声を浴びせられ、殴られた。家としては何十年かの幽閉をしたかったが、風間刀馬の一言により、幽閉は免れた。しかし、家の出入りは当面禁止。風間家の敷居をまたぐ事を禁じられた。当面とは、期限の無いと言う意味。絶縁に近かった。

「すまぬ。あまり良く守ってやれなかった。まっとれ、何時か必ず、我がまた、家の敷居をまたぐ事が出来るようにしよう」

繻樂の刀馬は誰もいないところで、繻樂の頭を撫でて悲しそうに言った。

刀馬は繻樂を孫として、とても大切にし、愛していた。そして、呪いの女などと言わなかった。繻樂の心の支えで有り、よき理解者だった。

「大丈夫です。ありがとうございます」

「その髪、短くても似合っておるよ」

刀馬は、繻樂の髪を撫でながら言った。

繻樂の髪は肩にかからない程のショートカットになっていた。

繻樂は礼を言って、足早に立ち去った。


繻樂は籠に揺られ、政府の地位が高くなると与えられる部屋に向かった。それは政府の敷地内にある家だった。そしてこの政府の敷地は広過ぎる程で、身分の高い者は籠で移動するのが普通だった。

部屋に着くと、繻樂は着替えを済ませ、畳の上に倒れ込んだ。

とめどなく涙が溢れた。

次の日、繻樂は意識が朦朧とする中、目を開けた。自分の部屋だ。繻樂はあれから泣き続け、泣き疲れ、畳の上で眠ってしまったのだ。布団では無く、畳で寝たせいか、酷く身体が痛く、冷たい。一日中泣いていたせいか、身体が物凄くだるい。繻樂はこれまでに無い程の無気力感に襲われていた。

繻樂は起き上がると、寝巻の着物を脱ぎ、着物を着た。髮を整え、身支度をした。

丁度その時、戸の前で声がした。役人の男が、一人の大臣の名を上げ、直ぐ来る様にとの呼び出しだった。繻樂は直ぐに行くと返事をした。繻樂は刀を左右に一本ずつ拵えた。そして部屋を出て行った。

家の中には繻樂に仕える女中と侍女がいて、挨拶をしてくる。それに繻樂は一切答える事は無かった。

家を出ると籠が用意されていた。それに乗り、一人の大臣の元へ向かった。


繻樂は一人の大臣の元へ行き正座をし、向かい合った。

大臣の名は迂笒陸奥稘(うかんむつぎ)。階級は少大臣。

「…よいな?」

迂笒が繻樂に念押しして聞いた。

「御意」

 繻樂は短く答え、その部屋を出ようとした。

「まぁ、お主で捕えられるのだ。気が晴れるだろう」

 繻樂が部屋を出る瞬間、迂笒は嫌みの様に言った。繻樂は黙って出て行った。

繻樂は部屋を出た後、籠に乗り動物小屋に向かった。


そこには、嵐(らん)と言う名のユニコーンがいた。ユニコーンは言葉が交わせるのだ。

「おはよう、嵐」

「おはよう、あ、あ゛あ゛っ!?どうした!?」

嵐は眼を大きく見開き、驚いた。無理も無い。あれだけ長かった髮が、きれいさっぱり短くなってしまっているのだから。

「ああ、驚かせたな。髮は我の化身として、翔稀馬様に捧げたのだ」

繻樂は笑って言った。

「そ、そうなのか」

嵐はあまりの事に戸惑っていた。

「有り得ぬ。女がその様な短さに髮を切るなど」

「前代未聞だ」

「やはり呪いの女は狂っている」

他のユニコーン達がざわめき、繻樂を非難した。

「どうとでも言うが良い。我は我のした事に後悔はない」

繻樂はユニコーン達を見つめ、胸を張って言いきった。

その瞬間嵐は、繻樂が何かをふっ切っている様に感じた。

「ハハッ、最高だぜ、主。かっこいいよ。好きだぜ、そうゆうの」

嵐が笑って繻樂を絶賛した。

「我もですよ」

その話に入って来たのは、右目に涙ボクロが印象的な伽佐名木宮霞だった。

「霞様」

繻樂は驚き振り返った。

「任務ですね」

「はっ、迂笒少大臣様からの命令です」

繻樂は短く答えた。

「ええ、周(あまね)を捕えにですね。我の情報ですので、間違いはないでしょう。しかし、道中、お気を付けを。妖術師の残党がいる様で」

霞は不気味な顔で繻樂に伝えた。

「妖術師…滅んだと聞いていますが…?」

繻樂が疑問を口にするが、霞は「さぁ?そこまでは」と、薄笑いを浮かべながら答え、その場を去って行った。

霞と繻樂は互いを意識する良きライバルであり、情報力のある霞によく、この小屋で情報を貰っているのだ。

霞の階級は大納言。繻樂は大役人で霞の方が役人的地位は上だった。

しかし、家柄的地位では、繻樂の方が上で、二人の地位関係は難しかった。

「行くか?」

霞がいなくなってから、嵐が尋ねた。

「ああ、行こう」

繻樂は嵐を小屋から出し、手綱を引いて小屋を去った。


政府の敷地の出入り口には二人の役人が、門番としていた。門番は政府の中で最下地位の下等兵士が行っている。門のところには繻樂に仕える女中、侍女がいた。

「任務ですか?」

「ああ」

「御帰りは何時頃で?」

女中が繻樂に質問する中、侍女は市女笠(いちめがさ)を渡した。それは頂部に高い巾子(こじ)を造作した一種の笠で、周縁部が大きく深く、肩、背を覆うほど長かった。

「さあ。今回のもめどはつかん」

繻樂は市女笠を被った。そして嵐の背に乗った。

「はっ、女中、侍女一同、御帰りをお待ちしております。お気を付けて。行ってらっしゃいませ」

女中、侍女は門をくぐっていく繻樂を見送った。


「行ってらっしゃい、繻樂。忠告は、しましたよ?」

離れた場所から霞が繻樂を見て、何かを企む様な顔をしていた。

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