第4話 妖術師 一

「それで?その仇は何処にいるのだ?」

嵐が歩きながら聞いた。

「この先、森の奥、村や町を三つ越えた先だ」

「なんと、そんなとこまで逃げたのか」

嵐は驚いていた。

「ああ、かなり距離が有る。急ごう。他にも兵が出動しているとの事だ」

「ああ」

嵐はその言葉で一気に駆けた。嵐のスピードなら、そう時間は掛からないだろう。

しばらく進むと繻樂と嵐は、行く道の途中に異変を感じ、立ち止まった。

「ここは…」

繻樂は感じていた。この空間が、誰かの手によって創り出された異空間であると。そして、近くに敵がいる事も。

繻樂は嵐から降り、刀を二本抜刀し、構えた。嵐も身構えた。

「流石、大役人。よく気が付いたね。ここまで気配を消しても気付かれるのか」

繻樂の前方から声が聞こえ、一人の男の子が姿を現した。その男の子は、忍者の忍び服の様な服装をしていた。その男のまだ背は小さく、幼さを残す顔立ちをしていた。

「貴様は誰だ?」

繻樂は身構えながら聞いた。

「言う必要はないよ。だって今から死ぬやつに名を名乗る必要が有るのかい?」

その瞬間、周りから物凄い怒号が聞こえ、大きな身体をした妖怪達が、繻樂と嵐を目掛けて襲ってきた。

繻樂も嵐もひらりと身をかわし、襲ってくる妖怪に斬りかかっていった。

だが、繻樂は少し身体の異変を感じていた。動きにくい。だるい。と。

(この感じ―っ!)

繻樂はこの異変を理解した。この創られた異空間には、動物に良く効く鎮静剤が空気中に充満していた。鎮静剤は全身の力を抜き、身動き一つ取れぬ程に、弱らせてしまう薬だ。

「うわぁぁぁ!!!」

離れて戦う嵐の叫び声が聞こえた。

「嵐!」

繻樂は振り返り叫んだ。

(しまった。嵐にはこの空間はあまりにも悪過ぎる)

繻樂は妖怪に襲われ、嵐の側へ行く事が出来なかった。必死に妖怪を払いのけるが、繻樂の動きも鈍かった。

そして刀を振り終えると共に崩れ、方膝を地面についた。いくら人間には効き目が弱いと言っても、これ程までにずっと浴び続けていれば、動物と同じ様になるのは当然だった。

繻樂は酷く息を切らしていた。

「主…」

嵐は必死に立ち上がり、繻樂の元へ行こうとしたが、鎮静剤と他の妖怪に取り押さえられ動けなかった。

嵐は何故この妖怪達は平気なのか、不思議だった。鎮静剤は妖怪にも良く効く薬の筈だった。

繻樂は右手に持った刀を鞘にしまい、胸元に入れてあった扇を取り出した。そして胸元にある白紙の札の様な長方形の紙を取り出し、その紙を扇に挟んだ。この扇には真ん中に紙を挟む場所があるのだ。

扇を目の前で横にし、「術式十八、大守備。嵐を守れ」と言った。

すると白紙の紙に “術式十八、大守備 ”と文字が現れた。そして扇を優雅に美しく開き、腕を伸ばし、その先を嵐に向けた。すると嵐の周りに結界ができ、妖怪達を弾いた。

繻樂は扇を閉じながら、腕を自分の元へと寄せた。

しかし、手が縺れ、繻樂は扇を落としてしまった。繻樂は慌てて拾い、また白紙の紙を挟み、今度は「術式十六、大癒し。嵐を癒せ」と言い、先と同じ様にした。しかし、扇を完全に開き、嵐へ向ける事が出来なかった。扇を途中で落としてしまったのだ。技は失敗した。

「手が…動かない…」

繻樂の手は、長く浴び過ぎた鎮静剤のせいで、動かなくなってきていた。

「主!」

嵐が必死に叫ぶ声が耳に入った。

その声にハッとなり、妖怪の殺気を感じた。

後ろから襲われ掛けていた。

繻樂は左手に持った刀を妖怪に振った。その勢いで繻樂は地面に尻もちをついた。その時、繻樂の被っていた市女笠が地面に落ちた。

妖怪は間合いを開けて避けた。

繻樂は妖怪を睨み付けた。立とうとしているが、力が入らず、立てなかった。

すると、また嵐の繻樂を呼ぶ声が聞こえた。

その声に反応すると同時に、後ろから妖怪に身体を取り抑えられた。脇を掴まれ、妖怪の身体と繻樂の身体が密着した。

(しまった)

繻樂は必死にもがいたが、びくともしなかった。

「くそうっ!」

繻樂はびくともしない苛立ちに声を上げた。

そして、もがき疲れた繻樂はもがくのを止め、嵐を見た。嵐は酷く辛そうな表情をしていた。それが身体の辛さからなのか、主の危機に何も出来ぬ悔しさからなのか、繻樂に考える暇は無かった。

繻樂は男の子が近付いて来るのを感じ、向き直った。

「さて、そろそろかな?」

男はニヤリと笑みを浮かべた。

「迂闊だったな。妖術師の創りあげた異空間に入ってしまうとは」

繻樂は男の子を睨み付けながら言った。

「気にするなよ。我が誘導したんだから。貴様に落ち度はないよ」

「妖術師。滅んだ筈だが?」

繻樂は訝しんで聞いた。

「ああ、滅んだねぇ。世間的には。でも、生きて残ってるんだよねぇ」

男の子は繻樂の言葉に顔色を変え、見下す様に言った。

「残党か」

繻樂は表情を険しくした。

「人聞き悪いなぁ。残党だなんて。そっちの都合で勝手に殺したくせに」

男の子は憎しみに満ちた眼をしていた。

「何故、我を狙う。政府を狙いたいのなら、もっと上級位を狙えば良いだろう。こんな下級位では無くな」

繻樂は疑問をぶつけた。

「ハハハッ!君だって十分上級位じゃないか!なぁ、時期外交士様ぁ!あと、ある人から貴様を襲えと命令されているんでね」

「!誰から命令された?」

それを聞いて繻樂の顔色は一瞬で変わった。

「さぁ?それは言えないよ」

男の子は不敵な笑みを浮かべた。

繻樂は黙って睨んだ。

「大丈夫、貴様は殺すなと言われてる」

男の子はその繻樂の顔を見て言った。

「愛する人を失い、今すぐにでも死に、一緒に行きたいのかもしれないけどね」

男の子は繻樂の心をえぐる様な言葉を言った。

「おいっ!」

嵐がその言葉に反応して、突っ掛かった。

「よせ」

繻樂は嵐を制止した。

「我は死にたいなどとは思っていない。我は生きる」

繻樂はそう公言する度、その生きる意味が、翔稀馬様の仇を討つ為に生きようとしている事を感じていた。

その復讐という憎悪に包まれ、呑まれていく事に恐怖を感じていが、そうしなければ、今を生きる事が出来なかった。

前を見て、前進する事は出来なかった。

前進すると翔稀馬様に誓ったのに。

前進しなければならないと、知っていながら、復讐という憎悪に包まれていく恐怖を、ふつふつと感じていた。

「そう。力を奪われ失くしても?」

男の子が少しつまらなさそうに聞いた。

「ああ」

繻樂は迷い無き言葉で答えた。

「じゃ、頂こうか」

男は不気味な笑みを浮かべた。

「好きに持っていくが良い」

繻樂は覚悟を決めていた。

徐々に男が近付いて来る。場の空気の緊張が高まって行った。

嵐は身動きが取れず、そのままいるしかなかった。

(このまま、このまま、主を見ているだけなのか?助けられないのか?くそっ、動けよ。主を守れないでどうする!?)

嵐は焦りばかりが募って行った。

男の子が繻樂に触れる瞬間、「止めろー!」と嵐は力一杯叫び、力を振り絞り、口から光線を吐いた。

「!!」

男の子は直ぐ様飛び退き避けた。

「嵐!」

繻樂は恐れる様な顔で嵐を見た。

「ちっ、先に貴様をやらねばならない様だな。丁度、ユニコーンには何も命令を受けていない。殺すも生かすも自由」

男の子はニイッとした笑みを零し、嵐に向かって行った。

「!止めろ!」

嵐に近付いて行く男に、繻樂は叫んだ。しかし、男の子の足は止まらなかった。

「ちっ、くっそ…」

嵐は繻樂の結界のお陰で妖怪は来なかったが、動けず結界が破られれば終わりだった。

男の子が嵐の近くまでやってきた。

「…まだ結界を保てる程の力が…?」

嵐の周りにはってある結界を見て、男の子が少し驚いた様に言った。

ここまで疲弊している中で、結界を維持し続けるなど、簡単に出来る芸当ではなかった。

男の子が方手を嵐の結界にかざした。結界を破る気だった。

「止めろ!手を出すな!」

繻樂は必死に呼び止めた。

男の子は横目でチラッと繻樂を見た。

「嵐は関係ないだろう。狙いは我なのだろう?ならば我だけを狙え。嵐に手を出すな。嵐を殺すな!」

繻樂は必死に嵐の命乞いをした。

「どうしようかな」

男の子は笑いながら、この状況を楽しむ様に言った。

「お願いだ!我の力が欲しければいくらでもやる!好きなだけ持っていけっ!!だから、もう我の周りを殺さないでくれ。我の周りを奪うなっ!」

繻樂は必死に懇願した。

もう、二度と、大切な人達を失いたくなかった。

一人残される辛さ、次は誰が死んでしまうのかと考えてしまう恐怖。

もう、そんなものは味わいたくなかった。

「主…」

嵐は繻樂が大切な人の死に敏感になっているのを感じた。

昔からだったたが、今は、それがより激しくなっている様だった。

「嵐、死ぬな。生きろ。我は大丈夫。死なない」

繻樂の声は震えていた。

「しかしっ」

嵐には何としても守らねばと言う意識があった。

「この事に関わるでない!死にたいのか!?もう、死なないでくれ。我の周りが死に逝くのは嫌なのだ!」

繻樂は嵐に叫び、唇を噛み締めた。

「主…」

繻樂の想いは痛い程分かった。だが、どうしても守りたいという思いは消えなかった。

「さあ、妖術師。早く我の力を奪うが良い」

「本当に?」

男の子はにやりとしながら聞いた。

「ああ。全てやっても構わぬ。だから、嵐には手を出すな」

「分かった。じゃあ我が奪えるだけの力を頂こう。大丈夫。ユニコーンは殺さないよ。貴様の力が沢山手に入るのなら、十分」

男の子は、繻樂の方へ向かっていった。

「よせっ、止めろ!」

嵐は慌てたが、男の子は止まらなかった。

男の子は繻樂の手を取った。

「本当なら手ぐらいが丁度いいが、口を付けるからなあ。そこまで土に汚れていては…」

繻樂の手は戦闘などにより、土で汚れていた。

男の子は、妖怪に繻樂から離れる様に指示を出した。妖怪が離れていくと、力の入らない繻樂の手は、自然と元の位置に戻って行った。

「どこまで奪えるかは分からないけどやろうか」

男の子はそう言いながら、繻樂に近付いてきた。

「一つ聞いていいか?」

繻樂が尋ねた。

「何?」

男の子は面倒くさそうに聞いた。

「何故、我の力が必要なんだ?」

「君、自分の力のこと分からないの?残念な頭をしてるね」

男の子は繻樂の質問に嘲笑って答えた。

「質問に答えろ」

「今のこの状況で大守備を維持出来る力。まだ余力も有りそうだし、そんな強い力を持っていて、誰も欲しがらない奴はいないだろ?妖術師は妖怪と共に、吸い取った他人の力も使うことが出来るんだよ」

男の子は両手を広げ、ペラペラと喋った。

「我の力を利用して何をする気だ?」

繻樂は強く睨み付けた。

「そりゃぁもう、アレしかないでしょ。この国をぶっ潰す、復讐」

怒りに満ちた眼で言い、拳を握った。

「さ、早くやろうよ」

男の子はそう言いながら、繻樂の顎を持ち、角度を作った。

繻樂が理解出来ないでいると、男の子は言った。

「口からでも出来るんだよ。口の方がいいよ。傷が付かないから」

妖術師が力を奪うには、指でも、何処でも噛んで穴を開けなければならない。しかし、口なら既に身体の中と繋がり、開いているのも同然なのだ。

「ほら、口開けて下さいよー。普通のキスじゃ駄目なんですよー。ディープじゃないと」

男の子はクスクス笑いながら言った。

男の子は少し開いた繻樂の口に指を入れ、無理矢理開かせた。そして自分の口の中に入る程度の小さな小ビンを入れた。

男はにぃっと笑うと、繻樂にキスをした。

「んんっ」

繻樂は瞬間声が漏れた。繻樂は身体からどんどん力が抜けて行くのを感じた。それに伴い、全身に激痛が走った。

「あっ、うっ。あぁっ…ふっ、んっ」

繻樂は痛みに声が漏れ、全身が震えた。もがきたくても上手くもがけず、男から離れたくても離れられなかった。

「主―!」

嵐はその繻樂の声や姿を見るのが、耐え難い苦痛だった。


助けられない。

守れない。

自分の非力を呪った。


ずっと繻樂の喘ぐ声だけが聞こえた。

だんだんと嵐の周りの結界が薄れて行っていた。

繻樂の力が弱まっている証拠だった。

「おい、よせ!止めろ、止めろ!」

嵐は泣きそうな声で必死に叫んだ。

嵐は昔の自分が非力で、守られるだけだったあの頃、失った一頭の命を思い出した。あの時と同じ様だと…。

 

暫くしてやっと男が繻樂から離れた。

「ぷはっぁ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ…」

繻樂は息を切らし、横に倒れた。

「ふう、やっぱり全ては無理か。だけど、もらったよ」

男の子は小ビンを口から出し、にやりと笑いながら言い、妖怪と一緒に姿を消した。

それと同時に、異空間も無くなった。

繻樂は口を抑え、息を荒げていた。

常に身体が痛み、喘ぎ声を上げていた。

「繻樂、繻樂ぅ!」

嵐はそこから動く事が出来ず、繻樂の元へ行けなかった。

まだ、鎮静剤が抜けていないのだ。

その時、繻樂の口から血が流れているのが見えた。

「!おい、血が…」

嵐は一気に血の気が引き、青ざめた。

「だ、い…丈夫。ハァ、ハァ、ハァ。我が…今噛んだだけだから…」

繻樂はやっとそれだけを言った。

「繻樂…(それ程までに痛いのか?辛いのか?自分で噛んで痛みを紛らわせ様とする程に…)」

嵐はその後もずっと、繻樂を呼び続けた。

しかし、それしか出来ない自分が辛かった。

痛み、喘ぐ繻樂を前に、ただ見るだけの自分。

その光景は生き地獄以上の辛さを嵐に与えた。

すると、一人の汚れた着物を着た男の人がやって来た。

「大丈夫か?」

男は驚きながら繻樂に話しかけた。

「貴様は…」

繻樂は随分意識が朦朧としていた。

「医者」

男はそう言うと、白紙の紙を取り出し、それを自分の口に宛て、「医術一、麻酔。寝ろ」と言うと白紙の紙に “医術一、麻酔“と文字が現れた。

そしてその紙を繻樂にかざすと、ゆっくりと繻樂は眠りに落ちて行った。

それが終わると次は嵐の元へ来た。

嵐はさっきから、ずっと制止を呼び掛けていた。

「うるさいですね」

「主に何をした?」

嵐は怒っていた。

「寝かせただけです。あのまま痛みに喘いでいても仕方ないでしょう。楽にさせたのです。お前も楽になっていなさい」

男はそう言うと、繻樂にしたのと同じ事を、嵐にした。

嵐は、ゆっくりと眠りに落ちて行った。


―良い?何が有っても声を出さないで、動かないで。あなたは生きるのよ。あのお嬢様と共に。主が共にいられない分、あなたが共にいるのです。その為に、今は我の言い付けを守って生きて。―

覚悟を決めたメスのユニコーンの声が、まだ善悪も分からぬ子供ユニコーンに必死に言い聞かせていた。

「母様(かあさま)?」

子供のユニコーンは不安そうな顔をした。

しかし、母親は何も言わず、子供を干草の倉庫へ押し込んだ。

―良い?ここから出ないで。声も。動く事も。お願いだから生きて。―

母親はそう言うと倉庫を閉め、離れて行った。

子供はただならぬ気配を感じ、追いかける事が出来なかった。

暫くすると、人と母親が話す声が聞こえてきた。

あまり良くは聞こえなかったが、キーワード的に「主を殺した」「仇を取る」「死ね」などと、言い争う様な言葉が聞こえた。

そして戦闘の音が聞こえ、肉を裂き、血を噴き出し、力を失くした肉体が倒れる音がした。

そして子供の方へと近付く足音が聞こえた。

子供は緊張が高まり、心臓が早鐘を打ち、身体が震えた。

次第に人の手は伸び、倉庫の戸に触れる瞬間、足音の様なものが別の場所から聞こえ、その人は、一瞬でその場から立ち去った。

子供は何が起こったか分からなかった。

少しすると、倉庫の戸が開かれた。

子供は気を抜いていたところで、心臓が口から飛び出る程に驚いた。

しかし、戸を開けたのは、何時もの見慣れた十歳の少女だった。

(…助けられた…)

子供はふと無意識に思った。

「貴様も生き残りか?」

少女は悲しそうな顔で子供ユニコーンに尋ねた。

子供は理解出来ず、何も答えぬまま、倉庫の外に出た。

すると、目の前に広がるのは、さっきまで生きていた母親の無残な死体だった。

辺り一面、血が溜まり、腹の肉は裂け、ぐちゃぐちゃになった臓器と共に、肉片は地面に飛び散っていた。

「…母様ぁ!!!」

子供は大声で叫び、泣いた。


「っうわぁっ!!!」

嵐はふと飛び起きた。

辺りを見回すと、隣には繻樂が寝ていた。

そして焚き火をするあの時の男がいた。

「ここは…?」

嵐は頭が混乱していて、すぐには理解出来なかった。

「起きましたか。随分魘されていましたよ。ここはさっきの道の隣。茂みに入っただけです」

男は今の状況を教えてくれた。

もう辺りは暗く、夜になっていた。

「そうか…(くそ、あんな夢を見るなんて。もう、十四年も昔になるんだな。最近は思い出していなかった事なのだが。今日の事で此処まで魘されては、我もまだまだ弱いな。繻樂は強い。母様、我は今、あのお嬢様と共に。母様の主が共にいられなかった分、共に、ちゃんと共にいますよ)」

嵐は繻樂を見つめ思っていた。

「何繻樂様の顔を見つめているんですか?」

嵐は男の声にはっとなり、男を見た。

「身体は大丈夫かと、さっきから聞いているのですが?」

男は何度も声を掛けていたらしく、呆れた様に言った。

「!あ、ああ。少しだるさは有るが」

嵐は素直に答えた。

「なら良い兆しです。明日の朝には、そのだるさも消えるでしょう」

そう言うと男は嵐に近付いてきた。

「飲みますか?有り合わせの汁ですけど。味は保証しません」

嵐の目の前に汁を置いた。青汁の様に濃い緑色をしていた。

嵐はその汁を見て、男を疑いの目で睨んだ。

「だから味は保証しませんと言ったでしょう。そこら辺の薬草を入れて、煮込んだらそうなりました。身体には良いですよ」

男はその視線を感じ、呆れつつ説明した。

「…そうか」

嵐は、本当に大丈夫なのか不安に感じたが、腹も減っており、背に腹は代えられぬと汁を飲んだ。

…想像したよりも味ははるかに旨かった。

しかし、舌触りはドロッとした気持ち悪い触感ではあった。

男は、嵐がその汁を飲む光景を、意外そうな眼で見ていた。

嵐は汁を飲み終えると、男に話し掛けた。聞きたい事が山程あった。

「お前は誰なのだ?」

「………」

男は何も答えなかった。

「何故、主の名を知っている?」

嵐は質問を続けた。

「………」

それでも男は何も言わなかった。

「何故、こんなにも容易く助けた?」

「………」

「答えろ!」

嵐は痺れを切らし、声を荒げた。

「し―っ。繻樂様が起きますよ。主の眠りを妨げるのは良くないかと」

やっと口を開いた男は、人差し指を口に当てながら言った。

「………」

嵐は黙った。繻樂の事を出されては、問い詰めるに問い詰められなかった。

「寝ていなさい。まだ完全ではないのですから」

男は嵐に眠る様、促した。

暫く嵐は眠らずにいたが、だるさにより何時の間にか眠っていた。

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