第82話 性夜

「………」

 桜の意識が回復した。

 混み上げる胃液、激しい頭痛。

「ナミ…クソッ…」

 壁に両手を繋がれていることに気付いて悪態を吐いた。

「何が目的なんだ…あの女!!」

 自由になる足で壁を蹴る。

(外れそうもない…な…)

 桜は自分の甘さを悔いていた。

 綺璃子の「死にたい」という言葉を懺悔だと思った自分の甘さを。


 綺璃子の言葉に偽りはない。

 しかし…彼女には後悔も迷いもないのだ。

 ただ、死ねないなら…時を放棄すればいい…それが綺璃子の思考、彼女は形に拘っていない、ヒトの身体を自ら躊躇いなく捨てた女だ。

 最初からヒトですら無かったのかもしれない。


(ヒトでは…太刀打ちできないんだな…)


 ………

「エデンへの扉は開かない…ならば開いていた時まで遡ればいい」

 綺璃子にとって時間は、すでに一方通行ではない。

 進むも戻るもできないのなら、この時を『0』として、永久に進めなければいい。

 牢獄に繋ぐように、時を封じ込めればいい。

『0』と『∞』が等しく存在する場所、それが綺璃子のエデンだ。


「摂り込むだけなら進化はしない…」

 スライムは大きくなるだけだ。

 だが…ヒトは違う、スライムを摂り込むことで進化する。

 進化するヒトは、ごくわずか…マリア、キリスト、スライムは、それらを嗅ぎ分けコピーする。

 他と僅かに違う個体を嗅ぎ分けるのだ。

 ただ繁殖しただけではダメなのだ。

 偶発的に生まれる突然変異種、生憎、その可能性は途絶えてしまう。

 だから、必要なのだ…『終末の獣』が…。

 性別の無い突然変異種を確実に次世代に繋げることができるスライムを宿す化け物が…。

 コレは進化の促進。

 自らの身体は、すでに袋小路で、それ以外にはなれないことを綺璃子は悟った。

 未来の無い自分の時間は止まった。


「ナミさん…だったわね、アナタで試させてもらうわ…ワタシが考えるに、オス側がスライムの場合は男しか産まれない…はず、メス側は女…つまりアナタは男の子を身籠るはずなのよ」

「いやーーー!!」

 ナミが叫ぶ。

「何が? なにが嫌なの? アナタ娼婦でしょ…あぁ、お金を払ってないから? 後で沢山あげるわ、ちゃんと子供の代金分も支払うわよ、だから受精するまで相手してね」

 綺璃子がニコニコと笑う。

「コトネ、ちゃんとお金支払ってあげてね」

「……はい」


 獣がナミに足の間に身体を押し込む。

(気持ち悪い…嫌だよ…嫌だよ…)

「桜…さくらーー!!」


 ガンッ!!

 ナミの目の前で獣の頭部が弾け飛ぶ。

「なっ?」

 綺璃子が驚きの表情で獣の後ろを見ている。

「待たせた…」

 桜が立っている。

 右手で拳銃を構えたままの姿勢を崩さない。

 その銃口は綺璃子に向けられている。

「どうやって…」

 言いかけた綺璃子がニタッと笑った。

 桜の左手首から血が落ちている。

「引き抜いた、いえ…切断したのね、フフフ、案外、短気なのね」

「この施設は…そこら中に武器が置いてあってな…苦労は無かったぜ」

「カカカカッ…カカッ…」

 獣がガクガクと震えている。

「死なねぇってんなら…遠慮はいらないな」

 ベッドの横まで歩いて、桜が獣の腹を思い切り蹴りあげナミから蹴り剥がす。

「しばらく大人しくしていろ…化け物」


 ガンッ…ガンッガンッガンッ!!

 10数発、マガジンの弾を全弾ぶち込んで、四肢を切断する。


「綺璃子…永遠を手にしたこと…後悔させてやる」


「スライムは火で焼却できる…そして…スライムは海を渡れない…海水に浸かると硬くなるんだよな?」

 綺璃子の表情が険しくなる。

「海で動きを停止したスライムを見た事があるんだ、固まらないまでも、その動きは極端に悪くなるんじゃないか?」

 桜はポケットからライターを取り出して、天上のスプリンクラーに近づけた。


 ピーッ…ピーッ…

 警告音が鳴り、ブシャッと水が吹きだし、部屋を水浸しにする。


「そして…スライムは水を含むと軟質度合が増す…維持できないだろ? その身体を」

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