第81話 神話

「ふざけるなよ…散々、好き勝手にやってきて、興味が尽きれば殺してくれだと?」

「………」

 綺璃子は黙っている。

「影親…母様は…」

 コトネが口を挟もうとしたが、桜の、ひと睨みで口を閉ざした。

「オマエの好奇心、いや神とやらのせいで、俺も…ユキも、いや、この国が狂ったんだ、挙句に責任も取らずに死にたいだと? 身勝手もいいかげんにしやがれ!!」

「私とて被害者なのよ…試験管と人口の羊水の中で産まれた、私に…此処しか知らない私に、選べるものなど何もなかった…唯一、自由になったのが、研究だけだった…経歴も嘘…私はこの施設で全てを学んだ…そして、それが出来てしまった…スライムが、ソレを可能にしたの…あの部屋にあった花のように、全ては創られたモノなのよ、ワタシもアナタも」

「オマエは…もう戻れない…死ぬことすらできないのだろう…オマエは、この世界に存在してはいけないんだ…綺璃子」

 桜は足で綺璃子の左腕を蹴って返した。

「この施設の責任者はオマエだな…綺璃子」

「今は…そうなるわね…」


 ………

「影親…」

 火が燻る燃えカスの中から起き上がるヒトガタ…乳房があり、男性器もある。

 両性具有、スライム特有の斑模様の皮膚、リヴァイアタンとベヒモスが融合した、桜とは異なる真人類。

「影親…桜?」

 肉体は融合を遂げた…その中身は?

 ユキかアダムか…あるいは高木なのだろうか、真人類は歩き出す。


 ………

「俺を学徒に加えろ」

 桜は綺璃子に凄んだ。

「何を?」

「俺に指揮権を譲渡するんだ、コレは交渉でもお願いでもない…命令だ」

「………解ったわ…何をする気かしらないけど…せめて、母親らしく、アナタに何かを残せるのなら」

「あぁ…それでいい、と…コトネと言ったな、オマエは俺の部下になれ」

 コトネが綺璃子に視線を移す、綺璃子が黙って頷く。

「解りました」

「コトネ…最初の命令だ」


 ………

 ペタリ…ペタリ…と真人類が近づいてくる。

「桜…近い…な」


 ………

「来るわよ…影親」

「不死の化け物がか?」

「そうよ、真の獣 The Beast 裏返りし聖者、アンチ・クリスト」

「死なないんだよな?」

「えぇ…」

「案外、不死ってのは難しくないんじゃないのか?」

「理論上の不死はね…だけど…自我を維持したままの不死は簡単じゃないわ、アナタも不死じゃない」

「あぁ…助かるよ…俺は、ヒトでいい」

「それも…無理な話よ…アナタの祖母はマリアという名のスライム、祖父はヒト、母親は人造人間で父はキリストをコピーしたスライム…」

「なんでも混ぜりゃいいってもんじゃない…」

「フフ…そうね、それでも、アナタは産まれ、成長した…おそらく2度は起きないであろう奇跡ね」

 チラッとナミを見る綺璃子。

(マザーハーロット…獣に跨る汚れた女…オマエが産むのは…)

 シュンッ…

 扉が開いた…

 斑の獣が姿を現す。

(コレが…終末の獣か…)

 桜の表情が強張る。

(ユキ…なのか…それとも?)


 プスッ…

 桜の首筋に注射が突き立てられる。

「コトネ…貴様…」

 桜の意識が途切れた。


 ………

「ようこそ…アンチ・クリスト」

 綺璃子が微笑む。

「アナタの花婿と花嫁よ…クククククッ…アハハハハハッ」

 綺璃子が狂ったように笑う。

 アンチ・クリストの前に手足を縛られたナミが突き出される。


「これでいい…『0』と『∞』が交差する時の牢獄へ全ての人類を…エデンへ還す」

(死の概念すら無い、無限の時へ…私は還る…)


「コトネ…影親を繋いでおきなさい」

 綺璃子の命令にコトネは黙って頷いた。


「桜…」

 ベッドに裸で寝かされ手足を繋がれたナミが怯えている。

 部屋の隅には椅子に座った綺璃子、その脇にコトネが立っている。

 そして…ナミの身体を確かめるようにアンチ・クリストがウロウロとベッドの周りを歩き回り、ナミの身体に顔を近づけ匂いを嗅いでいる。

「くはぁー」

 時折、大きく深呼吸するように息を吸い吐き出す。


(怖い…桜…怖いよ)

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