第79話 蛮雀
「行って!!」
ユキが叫び、桜は走った。
(何も出来ねぇ…)
桜は自分の無力さに、そして逃げるしかない自分に苛立っていた。
(結局、人であることに、しがみついた俺は、人非ざるモノの前では逃げ回ることしか出来ないのか?)
桜は、過去の自分を責めていた。
記憶は曖昧で、どうやって館を出たのか、ユキと、どう暮らしていたのか…過去を覚えていない自分の何を責めていいのか解らない。
だが、自分はきっと逃げたのだ。
(今も…ユキに助けられて…逃げている)
ピタッと足が止まった。
振り返るとユキがベヒモスと戦っている。
およそ人とは思えない速さ、その重さ…到底、割って入れるレベルじゃない。
ベヒモスは今、ユキを自分だと思って殺しにきている。
それを知りながら…また…逃げるのか?
桜は倒れたバイクを起こして跨る。
エンジンを吹かし叫ぶ。
「退け!! ユキ」
ユキが振り返った瞬間にベヒモスの瞳が桜を捉える。
「桜?…桜…桜!!」
ベヒモスが真っ直ぐに桜に向かってくる。
動きは直線的で戦い方は稚拙、だがその運動能力は人を凌駕している。
「高木ーーー!!」
桜は叫んで、バイクをベヒモスへ突っ込ませる。
バイクでベヒモスを跳ね飛ばし、桜はバイクから飛び降りる。
ベヒモスはバイクを抱えたまま後ろへ倒れる。
背中から地面に叩きつけられた桜が横たわったままグロッグを構える。
「高木…ベヒモスなんかじゃねぇな…オマエは高木の怨念だ!!」
バイクのガソリンタンクにありったけの残弾をぶち込んだ。
ボンッ!!
当然のように引火したバイクがベヒモスの正面で弾けるように燃えあがる。
ガキンッ…
ブローバックしたままの銃を日の中に投げつける。
「なにが最高の生物だ…スライムに食われ損ねた高木じゃねぇか…逃げるまでもねぇ!!」
肩で息をしながらヨロヨロと立ち上がる桜。
「ユキ…」
「影親…」
「クァァァァー」
炎に包まれたベヒモスがもがき暴れる。
グズグズと身体は崩れ出しながらもユキに手を伸ばしている。
「俺とユキの区別もつかねぇくせに…最高の生物とはね、笑わせてくれる」
「そうね…同じスライムに過ぎないのに…ね」
「えっ?」
ユキはスッとベヒモスの手を握った。
ジュッという音がして、ゴウッとユキの身体に炎が回る。
「ユキ!!」
「影親…私達はアナタと違うの…よ」
グズリッ…
ユキの顔が崩れる。
「これでいい…ただの亜種でしかないの…どうせ、アナタの為のエサでしかない」
「エサ?」
「確かめなさい…自分の目で…ぇぇえ…」
ベチャッ…
もう高木でもユキでもない。
ベヒモスでもリヴァイアタンでもない、ただのスライム…燃えカスに過ぎない。
桜の鼻に、嗅ぎ慣れたスライムの焦げた臭いが流れる。
「ただのスライムでも…なかったさ…ましてエサでもな…」
桜は瞼を擦って、歩き出した。
(じゃあな…ただの後輩……さよなら、姉さん…ありがとう)
「綺璃子…オマエは殺す…」
桜はコトネに指示された建物へ入った。
カツンッ…カツンッ…ブーツの音が廊下に響く。
「影親…来たか」
コトネが呟く。
「桜だー、さーくーらー」
ナミが手を振る。
「なるほど…見覚えがある…」
桜の目には綺璃子しか映っていない。
「久しぶりね、私の可愛い息子」
「再開して早々なんだが…オマエ死ね」
桜が背中からマチェットを抜き、そのまま綺璃子へ投げつけた。
ズチュッ…
マチェットは綺璃子の左腕に食い込んだ。
「フフフ…スライムを斬る事など出来ない…知っているでしょ?」
「あぁ…嫌ってほど知っているさ…スライムの扱いは、まぁアンタほどじゃないがね」
「そうでしょうね」
「それは挨拶だ…話してもらおうか…全てを」
「いいわ…アナタには知っておいてもらわなければ困るしね」
「あぁ…その後で殺す…」
「フフフ…殺せたらね」
綺璃子は、穏やかな微笑を浮かべた。
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