第77話 雪南

 マチェットから手を放して、ホルスターからグロッグを抜き、後頭部から9ミリパラを撃ちこむ。

 ガンッ…

 鈍く弾けるような音、一瞬遅れて訪れる静寂。

 ベヒモスの頭部は破壊されている。

 血の代わりに、スライムが流れでてくる。

 その構造こそヒトなのだろうが、破壊されればスライムであり、グチャグチャと復元されていく。

(だろうな…所詮、よくできた模造品でしかねぇ…)


 桜は、マチェットを拾い、そのままバイクで逃走した。

(偽物だから…こんなもんじゃ殺せねぇ)


 ………

「桜、大丈夫?」

「さぁ…親子の対面を邪魔する必要もないでしょ」

「親子?」

「そう…親子」

(対面じゃなくて…親子対決かしら?)

「なんで親子?」

「選べなかったから…誰しも親を選んで産まれてはこない…だから悲劇が無くならない…それは人の罰なのかもしれない…」

「??? 何? アタシは桜の事を心配しているんだよ~」

「はぁ~、じゃあ尚更、あの場から離れることね…」

 女がナミの手を引いて、建物の中へ入って行く。

「今度は地下?」

 エレベーターに乗るのことを、ナミが嫌がり少し足を止めた。

「ラスボスは地下迷宮の奥って…テンプレでしょ」

「桜は勇者って感じじゃないよ…来るかな?」

「影親は勇者にはなれない…けど…それでも、来るさ…それに勇者ってのは、本来、結果に伴って付けられる称号のはずだろ?」

「解んない…そういうのやんないから…アタシ、落ちゲーが好き」

「そう…まぁ、アンタが桜を待つのなら、この上ないステージが用意されているわ」

「ステージ?」

「あぁ、この奥がラストステージさ」

 エレベーターが開き、長い廊下をあるいた先…

「迷宮じゃないじゃん、一本道じゃん」


 シュンッ…

 軽い音と同時に扉が左右に開く、白い部屋…広い部屋。

 その奥にカーテンに閉ざされたベッドに横たわる髪の長い女。

「その女がマザーハーロットかい? コトネ…」

「はい…お母様」

 コトネが跪く。

「アンタ、コトネっていうんだ」

 ナミがコトネの隣に立つ。

「お母さん…なの?」

「………」

 コトネは黙っている。

「血は繋がってないけどね…私が母で…影親は兄妹よねコトネ」

「………」

「桜の妹?姉?姉だね、だってなんか桜より大人っぽいもん」

 ナミがポンッと手を叩く。

「姉でも…妹でもない、同じ場所で育ったというだけよ」

「同じ場所?」

 電動のカーテンが開いて、奥から背の高い女性が姿を現す。

「初めまして、マザーハーロット…ナミさん」

「桜のお母さん?」

 ナミが首を傾げる。

 そう『母親』というには、あまりに若いのだ。

「そうよ、遺伝学上の母親よ、嘘偽りない…ね」

「へぇ~綺麗で若い…」

「ありがとう…ナミさん」

 ニコッと微笑む綺璃子の顔を見たナミの背筋に悪寒が走る。

(怖い…この人…)

 コトネは頭を上げないまま、ずっと下を向いている。


「あの…マザーハーロットって…なんですか?」

 ナミが綺璃子に尋ねる…恐る恐る。

「フッ…マザーハーロット、大淫婦バビロン…汚れた杯を翳した悪霊の巣窟に住まう王の傍らで微笑む淫女…」

「なんか…バカにされてるような…気がする…」

 ナミがムッとする。

「マフィアの巣窟で男に媚びうるアナタには、ピッタリの役割じゃなくて?」

「う~ん…否定はできないね、でも…いいの桜の事好きだから」

「ほう…」

「好きな人に助けられるってのも悪くないよね~」

「助けに…ねぇ…フフフ…しばし待ってみるさ、我が息子…いや新世界のアダム」

 小声で呟き、また笑った。


(綺璃子…しかいないようだが…ユキをどうしたんだ?)

 コトネは下を見たまま目だけで、様子を伺っていた。

 綺璃子の傍らには、『ユキ』がいたはずだ…常に一緒にいたはずのユキがいない。

 復元したはずの『リヴァイアタン』が…

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