第76話 減舞

 フォォォーン!!

 軽く吹けるようなエンジン音にナミが気づいた。

「バイクだ」

 建物の影からヒョコッと覗く。

「桜だ!! サークラー!!」

 ナミが建物の影から飛び出して手を振る。

「ナミ?」

 バイクを急停止させる桜。

「桜ー」

 駆け寄ろうとするナミを後ろからグイッと引き寄せた影。

「見つけた…マザーハーロット」

 監視の女がナミの手を捻り後頭部に銃を突きつける。

「ナミ!!」

 桜も銃を構える。

「撃てないだろ? 影親」

「かげちか…オマエ誰だ?」

 自分のことを下の名前で呼んだ女の顔、桜に見覚えはない。

「私が誰だろうと関係ない…今はこの女、マザーハーロットを返すわけにはいかない」

「マザーハーロット?」

(なんだ…ナミのことらしいが…マザーハーロットだと…大淫婦バビロン、どういう意味だ、ただ俺を呼び寄せるための人質ではないようだな…今は、預けても良さそうなのか?)

 桜は考えていた、ある意味では、もう少し、この女に預けていた方が安全なのかもしれないと。

 ナミも考えていた。

(マザーハーロット…って書いてあったんだ…モゼアハロットじゃなかったんだ…聞かなくてよかった)


「撃てないのは、オマエも同じってことでいいのか?」

 桜は銃口を少しだけ下に傾けた。

「そういうことだ…色々、説明してやりたいが、それは私の役目じゃない、此処へ来い」

 女は、桜に鍵を投げた。

「その宿舎で待っている…」

「後で?」

 女が顎で桜に「後ろを見ろ」と促す。

 チラッと桜が後ろを振り返ると…

 ぎこちなく歩く裸の男が近づいてくる。

「なんだアレは?」

「見覚えがあるだろ…アダムだ」

「なに?」

「高木がしくじったのさ…ヤツも生きてはいまい…アレをどう扱うか、それ次第でエンディングは変わるぞ、影親」

「殺せ…ということか?」

「殺せ? ククク…殺せるものか…アレは最高の生物『ベヒモス』へ変わったのだ、高木という悪意を摂り込んでな」

「ベヒモス…」

「影親、オマエが摂り込まれるというシナリオもあったんだ…もうエンディングは誰にも解らない…じゃあな…ただ…此処では死ぬなよ」

 女が後ずさる。

「んー!!」

 ナミが抵抗するが、桜はナミの目を見て黙って頷いた。

「ふーん…」

 鼻から大きく息を吐き出し頬を膨らませて大人しく女の後を付いて行くナミ。


「桜…大丈夫かな?」

 ナミが女に尋ねる。

「アダム・カドモン…の資質…いや、そんなものないか…」

「何モンだって?」

「なんでもない、急いで…アナタは影親の前にぶら下げられたニンジンなのよ」

「ナミ、ニンジンじゃないよ、マザーハーロットなんでしょ?」

「意味も知らないくせに…」

(その役目も…じきに終わるわよ…)


 ………

「サ…サクラ…サ?ササァァサ…クゥーラァァァァ」

 桜に近づく裸の男が呻くように叫ぶ。

「アダム、いやベヒモス…だったか?」

 桜が銃を構える。

「サ、サ、サア…アァッ…サ、サクラァ」

「最高の生物ねぇ…そうは思えないけどな!!」


 ガンッ…ガンガンガンッ!!

 グロッグ17の弾倉17+1発を躊躇わずに全弾撃ちこむ。

 マガジンを素早く交換して再び構える。

 動きこそ止まるものの、ダメージは感じられない。

「9ミリパラじゃダメか?」

 距離が詰まって理解した。

(スライムか…クソッ)


 スライムの事は嫌ってほど知っている…銃など役に立たないことも…

「火炎放射器は無かったからな…」


 舌打ちして、とりあえず距離を取る桜、まだ動きが、ぎこちないことだけが救いだ。

「しばらく切り離されていた身体に馴染んでないようだな…人型は動き難いだろう?」

 助走をつけて桜がベヒモスへ向かって走る。

 すれ違いざまに身を屈めて、身体をコマのように捻りベヒモスの足をマチェットで斬り裂く。

 左ひざから下を残して、ガクンと崩れるベヒモス。

 不思議そうな目で桜を見ている。

「もう一度、バラバラになりな!!」

 桜がマチェットをヒュンッと回転させて、ベヒモスの右腕を叩き落とした。

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