第75話 戯刃

 ギゴッ…

 ドアを、こじ開けた高木の目の前に『オモカゲ』が立つ。

(コイツか…いや違う…イミテーション・ラハブ…コイツじゃない)

 高木は『オモカゲ』を『イミテーション・ラハブ』と呼んだ。

「ユキが…脱ぎ捨てた抜け殻…オマエに何ができる?」

 高木が苛立ちを露わにした。

(それに、その姿…ムカつくんだよ!!)

 高木は綺璃子の命令で動いている。

 それも連絡係を通じてだ、会ったのは数回だけ、学徒ガクトという組織は明確な上下関係がない、それでも権力図は存在している、誰の一派か…それが重要なのだ。

 高木は岬に拾われ、綺璃子の実験台として…そのまま綺璃子に懐柔されたのだ。

 岬は桜を殺すことに積極的ではない、むしろ綺瑠子への、けん制に利用するつもりだった。

 人質は無事だからこそ価値がある。

 高木は桜を殺したいのだ。

 いや…正確には桜に認めてもらいたい、その歪んだ憧れが殺したい衝動に行き着いた。

 そして綺璃子も桜を欲している…そんな桜を自分が殺してみたいのだ。

 岬と綺璃子が与えてくれたアダムの左手で…。


「退け…綺璃子の影」

 ゴポッ…

 高木が抱えていた瓶が脈打った。

「なに?」

 高木が視線を瓶に向ける。

 液体の中で大きくアクビをするようにアダムの口がガパッと開く。

 オモカゲを呼び寄せるように…

「なんだと…」

 高木はとっさに、瓶を廊下に放り投げた。

 ガシャンッ…

 廊下の床で瓶が割れ、アダムの首が転がった。

 オモカゲがゆっくりと高木の脇を通り過ぎて、今、高木が出てきた廊下に歩いて行く。

「なんだ…この寒気は…」

 高木はゆっくりと後ろを振り返る。

 オモカゲがアダムの首を抱えて奥の部屋へ進む。

「マズイ…か…アダムめ、早まったかもしれん」

 高木は走って宿舎を出た。


 ………

(マザーハーロット、この女がいる限り、桜は此処を出て行かない…)

 監視の女がナミを見つめる。

「ん?」

 ナミと視線が合うとスッと逸らし、窓の方へ歩き出した。

 窓から敷地を眺める。

 建物の影から飛び出してきた男。

(高木?!)

 少し遅れて裸の男が姿を現す。

(むっ…桜か?……いや違う!!)

 高木が必死で裸の男から逃げている。

 男の左手がグニャッと歪んで、高木の足を捉えた。

「なっ…スライムか」

 監視の女が声をあげた。

「スライム~?」

 ナミが窓から下を覗きこむ。

 高木が倒れたまま、振りほどこうともがいている。

「なにアレ?」

「ちっ…しくじったのか高木のヤツ」

 監視の女が走って部屋から出ていった。

「なに…どうしたの?」

 ナミがオロオロとうろたえる。

「高木!! ソイツは……まさか…アダムか!?」

 外に出た監視の女が叫ぶ。

「ギャァァァ!!」

 断末魔のような低い悲鳴を上げた高木、左腕をもぎ取られ、這うようにアダムから遠ざかろうとしていた。

「冗談じゃない…冗談じゃないぞ!!」

 監視の女は走って部屋へ戻ってきた。

「ちっ…しまった」

 ナミは既に部屋を出ていたのだった。


 ………

「桜…どこだろ? なんか怖いよ…」

 出てたのはいいが、ナミはトボトボと敷地内をアテもなく歩いていた。

(にしても…部屋に書かれていた『Mother Harlot』ってなんだろ?)

「モゼアハロット…変な絵だったな~下手くそだし」

(アタシの方が絵、上手いよね……たぶん)


 ………

 ひと息ついた桜が立ち上がる。

 警備員の部屋なのだろう、一通りの武器は手に入れた。

 特に拳銃と予備弾倉が手に入ったのは幸運だった。

 ナイフ、腕時計、警棒など邪魔にならない程度の物は持ち出せた。

(入り口近くの部屋に誰もいない…武器も置きっぱなし…何かあったな…)

 桜は隠れることを止めた。

 外に停めてあったバイクに跨りエンジンを吹かす。

(隠れる必要はない!! この施設には、もう…何人も残っていない)

 オフロードバイクをターンさせて敷地内へ走らせた。

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