第74話 是非

「バカ!!」

 高木が前へ身を乗り出す。

 しかし捕食中のスライムが高木の前進を止めた。

「クソッ!! このバカが!! こんなもんがキリストなもんか!!」

 桜から視線を逸らした高木の横っ面に桜の蹴りが入る。

「ガハッ!!」

 ビチャッ…

 自らの左手、スライムの中に倒れる高木。

「とはいえ…オマエが一番、ソレに執着してそうだな高木」

 桜が高木を置き去りにして走り去る。

「クソがー!!」

 高木の声を背中に聞いて『オモカゲ』の部屋へ駆け込む。扉を閉めて、ノブを固定する物を探す。

 水槽の脇に置いてあった錆びたチェーンをノブに巻き付け、壁に引っかける。

 コレで少しは時間が稼げる。

 歩き出すと、嫌でも『オモカゲ』に目がいく…。

(コイツがユキの…)

 桜の方にズルッ…ズルッと近寄ってくる『オモカゲ』

 ベタッ…

 両手を水槽に付けて首を傾げて桜を覗き込んでいる。

(ユキ…)

 黒い目の奥にユキの姿を見たような気がした。

「なに?」

『オモカゲ』がベタッ…ベタッ…と水槽に張り付き登りはじめた。

「逃げれたのか…フハハハ…」

 刻が動き出していた。

 止まっていた刻が岬の死がスイッチだったかのように…。

「どうとでもなれ…」

 桜は部屋を出て、宿舎へ戻った。

 銃の一丁でも欲しい所だが…探している余裕はない。

(ナミ…どこにいる…)


 ………

「桜め…アダムに気を取られちまった…クソッ」

 高木は岬を喰いつくした左手を自分の制御下に戻そうとしていた。

「俺の意思なんかロクに通じやしねえ、左手に宇宙人でも飼ってるみてぇだ…」

(それも、とびっきり獰猛な…)


 ビクッ…ビクッと蠢く左手は、少しずつ腕の形態に戻りつつある。

 右手で転がったアダムの首が浸かった瓶を脇に抱えるように拾い上げる。

「コイツには、いずれ…まぁ、それもどうでもいいことだがな」

 瓶を抱えたまま、扉へ向かって歩き出す高木、通路の先でドアの前に立つ。

「なんだ…この感じ…」

 未だ自由にならない左手ではノブを回せない、瓶を床にコトッと置いて右手をノブに差し出しピクッと右手が止まった。

(嫌な感じがする…背中がザワザワする…な…)

 ノブを回そうとすると、ドアが固定されていることに気付く。

「当然か…が何だ…この感じ…」

 高木の左腕がドクン…ドクンと脈を打つように心音に呼応していた。


 ………

「桜とは、いつ会えるの?」

 ナミは部屋にいるスーツの女性に尋ねた。

「こちらに向かっているようですよ」

「ホント?」

「はい…」

 そうこの女性、嘘は吐いていない。

(辿りつけるかは…知らないけどね…にしても、この女が『マザーハーロット』、汚れた杯を掲げる淫婦か…娼婦が大淫婦とは、皮肉ね)


 ………

 ガンッ!!

 扉を蹴るように開ける桜、焦っていた。

(ナミ…ナミ…)

 自分の過去など、どうでもいい…そう、どうでもいい過去など固執する価値も無い。

 今はただ、ナミの顔が見たい。

「クソッ…」

 肩で息する桜、敷地内を隠れるように動き回っていた。

 高木より先にナミを見つけなければ…気ばかり焦る。

 銃はおろか、ナイフの1本も所持していない、戦って勝ち目など在るはずもない。

 高木の左手…あれは御しきれる代物には見えなかった。

 高木の悪意に呼応しているかと思ったが、あれは違う。

 高木すら喰いかねない剥き身の刃だ。

 なにより…あの左手は『アダム』に反応していた…。

 あるいは…自分に…猛獣に話しかけられたような不気味を超えた絶望感があった。

 ナミを高木に奪われてはいけない、そして自分も…高木に…いや『アダム』と接触してはいけない、そんな予感が・・・悪寒となって全身に纏わりついていた。


「結局…頼れるのはコレか…」

 手にしたのは、1丁の軍用拳銃。

 足掻いて見つけたのは殺意を叶える銃だけ…

「フハハ…」

 疲れてドンッと壁に背を付け、桜は力無く笑った。

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