第73話 愁翼
「岬 様…マザーハーロットの世話をさせていた女ですが…」
「あぁ…今、行くよ」
岬は廊下を引き換えし『オモカゲ』の前に立った。
「あぁ、彼女だね」
岬の前にナミを外へ連れ出した女性が突き出される。
「うん…危ない所だったよ、あのまま見失う…彼女の身を危険に晒せばどうなっていたか、あの桜に首輪を付けていられるのは、彼女あってのことなんだよ、解っていたよね?」
「申し訳…」
「あぁいいんだ、いや、無事に彼女は戻って来たしね…高木、後は任せる」
高木の左腕がズルッと床に落ちる。
「いやぁぁぁっぁー」
水槽の中で座っている『オモカゲ』がジッと高木を視ていた。
何かを待っているように…黒い底なしの穴のような目で高木を視ていた。
………
「これがアダム…」
狭い部屋の奥、棚に並べられた円柱状のガラスケース、各パーツがピンクの液体に浸されている。
中央に2m四方の水槽だけ置かれている。
おそらく、この中には胴体が保管されていたのだろう。
そして、棚の中央に置かれた頭部が浸されたガラスケース。
目を閉じたまま溶液に浮かぶ男性の生首。
「これは…この顔は…」
桜は言葉を飲み込んだ。
言葉にすれば、その事実を認めなければならないからだ。
「よく知った…顔だろう?」
振り返ると岬がドアにもたれ掛って立っていた。
顔色が悪い岬、荒く呼吸して言葉を続けた。
「誰も…誰も会ったことがない…だが誰もが見知った顔…」
「これは?」
大きく深呼吸して何かを言いかけ、そのまま身体を支えられなくなったようにズルッと尻を付いた。
ハァッ…ハァッ…呼吸は荒い、それでいて今にも止まりそうな危うい呼吸。
「おい?」
岬は、近づこうとした桜を手で静止した。
その手は血で赤く染まっている。
「オマエ?」
「キリスト…だよ、桜さん」
通路の向こうからコツコツと革靴を鳴らしながら歩いてきた高木が桜に話しかけた。
「ククッ…ざまあないね~、このザマさ…ゴフッ…」
咳き込んだ岬の口から大量の血が溢れた。
「まどろっこしぃんだよ!!」
岬の横に並んだ高木が靴のつま先でアゴを蹴りあげる。
ドサッ…
倒れた岬に自身の左手を向ける。
ズルッ…左手が岬を包むようにガバッと開いてグズグズッ…と摂り込んでいく。
「高木…オマエ」
「桜くん…キミとは…ゆっくり話したかったがね…後は、自身で辿るといい、己の行く先を…」
ニコリと笑って、スライムに包まれた。
「高木!!」
「あ~…待ってくださいよ桜さん…」
右手をヒラヒラと、おちょくるように動かして桜の言葉を遮る高木。
「どう思います? ソレ…アダム、キリストだと思いますか? 他人の空似だったりして…ね」
大きく呼吸して桜は答えた。
「どうでもいいな…」
「へぇ? まぁ僕もそうかな…アダムも、コイツも…どうでもいい」
「そうかい…案外気が合うじゃないか、俺も興味はない…ナミはどこだ?」
「心配ですか?」
高木が桜と視線をぶつける。
桜は岬から高木にイニシアチブが移ったことを理解していた。
(コイツは危険だ…)
岬はナミに危害を加えない、ソレは確信していたが、高木は危うい。
自身の興味より…まずはナミと此処を出ることを優先させなければならない。
「大丈夫ですよ…殺すつもりなら殺してます」
(クッ…コイツ…)
桜の表情に感情が出た、ソレを高木に悟られた。
「殺すなら…アンタの目の前で…と決めてます」
高木がニヤッと笑う。
(いつでも殺せた…いや殺せるということか…事実だな)
「単純な殺し合いなら、アンタ俺には勝てないぜ」
高木のニヤけた顔、愉悦が漏れて不気味に歪む。
「試してみるか?」
桜が1歩、後方へ距離を取った。
「あっ?」
歯向かうはずの無い桜の交戦的な表情に苛立ちを露わにする高木。
「オマエは、あの時のままだよ高木!!」
桜はアダムの頭部が入った背後の瓶に後ろ蹴りを放った。
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