第72話 羽鬼
「その後のドクター綺璃子は…狂人と呼ぶに遜色ないほど研究に打ち込んでいたよ」
口を押さえる桜を無視して岬は話し続ける。
綺璃子は、『オモカゲ』の身体を自らの身体に移植した。
「馴染むまでは苦しんでいたようだったよ、彼女を狂人と称したのは…そんな検証もない思い付きのような人体実験を、自ら行う、アレはもう…科学者どころか、人ですらないと、私は感じたよ…白衣が死装束に視えるほどにね…彼女は正気を保っていられなかった」
『ガクト』は結果を急いでいたからね、そんな彼女を誰も止めなかった。
彼女を唯一、諌めた科学者がいたんだがね…彼はドクター綺璃子によって、此処を追い出された。
「キミも知っているだろ?」
「……あの爺さん…」
「キミに会ったと言っていたよ…孫にでも会ったような気持ちだったんじゃないか、まぁ私には解らんがね」
「孫…」
「キミの名付け親でもあるしね」
「影…親」
「そう、シルエット・ペアレント、コードネームでもあるんだ…ナニカを模したアダムを親をもつ子供」
「コードネーム…か」
「そうだよ、キミは『ユキ』と交わり…子を成すために創られたんだ」
すべては『アダム』から始まった。
「アレさえ存在しなければ、スライムなど…ただの新種の生命体で終わったのにな~」
岬が天井を見上げながら誰にとはなく呟いた。
「見るかい?」
岬が視線を桜に戻して桜の背後を指さした。
黙っている桜に岬は言葉を続けた。
「キミの父親に…」
桜は弾かれたように立ち上がって、無言で奥へと続く扉へ歩き出した。
(迷いはない…ってことはないんだろうけどな…)
岬も桜の後に続いて歩き出した。
PiPiPiPi…岬のスマホが鳴った。
…………
「ココどこだろ?」
ナミはゴミゴミとした雑踏の中をフラフラと歩いていた。
キョロキョロと周りを見回しながら、独特の勘で右へ左へ、歩を止めずに歩いている。
娼婦という職業柄なのか、逃げているという恐怖からなのか、ナミの独特な勘は、人ごみを避けていた。
角を曲がると、その路地には誰もいなかった。
(あっ…マズい)
ナミが引き返そうと振り返ったときにガッと肩を掴まれた。
「買い物は終わったのかな?」
「う~ん…」
ナミは結局、連れ戻された。
「ご苦労だった…高木…あぁ、部屋で気の済むように待たせておけばいい…」
扉を開ける前に電話を切った岬。
「高木…か」
「あぁ…ナミさんを連れ戻したそうだ…ホッとしたよ」
「ナミ…」
(逃げ切れるわけはないと思っていたが…)
桜は、自分もココから抜け出してナミを…と考えていた。
その為には、どうしても建物の構造や人員の配置などを出来るだけ知る必要があった。
ゆえに出来るだけ歩きまわる必要があった、だから岬の言う通りに動いている…嘘ではない、だが正しくも無い。
半分は、いやそれ以上に好奇心が勝っていた。
それが綺璃子の血であると自覚することを拒んでいた・
(ナミのことは…言い訳なんだろうか?)
「桜くん…どうした?」
「いや…べつに…無事なんだろ、アンタ、安心したと言ったんだから」
「もちろんだ、彼女に危害は加えないよ」
何の変哲もないノブ付の扉、鍵もアナログ、だからこそ誰も、この先に秘密があるなどとは思わない。
反対の扉は電子ロック、おそらくは奥には何も無い。
あるいは、警備員室にでも繋がっているのかもしれない。
狭い廊下を5mほど歩くと今度はロックすら付いてない扉、岬は桜を先に行けと手で促す。
「親子の対面だ、私が立ち会うのは無粋というものだ」
岬はニコリと笑う。
「そうだな…遠慮してもらおうか」
桜は扉を横に引いて中へ進んだ。
パタンッ…
軽く扉が閉まる音がした。
「親子の対面か…」
岬がポケットから煙草を取り出し火を点けた。
フーッと軽く吹かして壁にもたれ掛る。
「アダムの子か…俺達とは違うのかな…系統樹から外れたのはどっちなんだろう…アイツか、俺達か?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます