第70話 解願
桜が案内されたのは、地下室だった。
「綺璃子?」
地下室の真ん中、大きなガラス張りの立方体の隅っこで、うずくまる影、そのシルエットは桜の記憶に沁みついた綺璃子だった。
「ほう…」
岬が驚いたように桜を見た。
桜の声が聴こえたとも思えぬ距離とガラスの厚み、それでもシルエットは立ち上がり桜に手を伸ばした。
「いや…違う…」
「あれは、オモカゲ…スライムだ」
岬の言葉に桜が振り返る。
「無理はないさ…ドクターキリコと間違うのも」
「どういうことだ?」
「その説明をする気になったから…ココへ連れて来たんだよ」
岬は桜の反応を見ながら言葉を選んでいる。
「ナミに逃げられたことに関係があるのか?」
「う~ん…ナミさん…までいくには話が長くなるかな」
桜は顔や声から悟られぬように気をつけていた。
内心は焦っているのだ。
そして…苛立っていた。
『オモカゲ』と呼ばれた綺璃子のシルエット、そのポカリと開いた黒い穴のような目が桜の心をざわつかせていた。
無表情な顔、斑に色が混ざり合うスライム、そのカタチだけは間違いなく綺璃子だ。
「で?」
「で…そうだね…まぁ…ゆっくり行こうか」
岬は地下室の隅を、ゆび指さした。
応接間とは言えない程度の机と椅子がある。
椅子に腰掛けると解る。
長時間座る必要はないということが…。
つまり、ココは誰かが長時間滞在する必要のない場所なのだ。
「長くなるのか?」
桜は岬が差し出した紙コップ自動販売機の紅茶を一口すすって岬に尋ねた。
「ん…まぁ疲れたら場所を変えるさ…桜くん、キミは神を見た事があるか?」
「神?」
桜の脳裏に、あの日の記憶が湧きあがり銃声が聴こえたような気がした。
「さぁね…」
熱が伝わる熱いコップを左手に持ち替え再び紅茶をすする。
「人はね…神になれない、その代わりに神を創ることはできるんだ、ソレに気づいたんだね」
「人工の神…ありがたくも無いな」
桜は鼻で軽く笑った。
「うん、ありがたくはない…んだが…それはね、繰り返される輪廻、神が人を創ったのか、人が神を造ったのか」
「ニワトリと卵の話か?」
「近いね、だが私の見解はこうだ、卵が先だ」
「卵…ね」
「そう」
岬がニコッと笑った。
「神は?」
「うん、人がねAIという知恵の実を造った…そんな時代に、アナログな神を見つけてしまったんだよ…我々ガクトは」
岬の表情が少し曇る。
あれはね…
岬がガクトの前身となる組織の調査隊に属していた頃の話だった。
ソレは南極の地に立っていた。
温暖化が進み、南極の氷は溶けだしていた。
ソレは氷の下で眠っていたのか…エデンから追放されたのか…その男は裸で氷の大地に立っていた。
「アダム…」
誰かが呟いた。
我々は。その男を保護した。
いや正確には捕獲だ。
本来の目的は、氷が解けたことで解放されるであろう未知のウィルス、その採取であった。
それが…ウィルスどころか、最初のスライムを解き放った。
『アダム』と呼称されたスライムは、完全な人型を模していた、皮膚の色こそ色の混ざった斑模様ではあったが、それは『オモカゲ』なんか比べ物にならないほどに完璧に人を模していた…いや『アダム』は人だったんだ。
知恵無き無垢な人、まさに創造直後のアダムだったよ。
我々は南極大陸のアチコチで湧き出るスライムを目撃した。
その中で、唯一、人型のスライム…それは明らかに異質だった。
知恵など無いはず、だがその瞳は神と呼ぶにふさわしい威厳を携えていた。
「恐怖したよ…命令で無ければ、我々は、いや少なくても私は、捕獲など考えもしなかっただろう」
我々は、『アダム』を日本へ運び込んだ。
積めるだけの『スライム』と一緒に…。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます