第69話 霧葬

 部屋に通されて、すぐに食事が運ばれてきた。

 おそらくは、ここの敷地に入ったときから作り始めたのだろう。

 ちょっとした洋食のコースレベル、このご時世では贅沢な夕食だ。

 食事の食器を回収されると、ドアの向こう側からカシュッという電子音がした。

 LOCKされたらしい。

 窓は20cm真四角の小さなガラスが6×8列、細い枠が格子状に、はめ込まれている。

(開放されている風で、しっかりと監禁されている)

 今夜、ナミに合わせる気はないらしい。

 無事は保障されている。

 焦るつもりはないのだが、やはり気にはなる。

(とはいえ…何も出来ないか…)

 不思議と苛立ちはなかった。

 おそらくは丁重に扱われているだろうと想像できたからだ。


 ………

「ねぇ、明日来るの? 桜は」

 ホテルに宛がわれた部屋とまではいかないが、充分な広さと当面、生活には不自由はしない程度の家具は揃った部屋でナミは退屈を持て余していた。

 広いベッドの縁に座り足をブラブラさせいる。

 話しているのは、身の回りの世話を預かっている若い女性だ。

 もちろん見張りなのだが、ナミは、まったく気づいてない様子だ。


「はい、今夜遅くにコチラに来ることになっております」

「そうなの? なんか、この部屋にあるの…みんな古臭くて好きじゃないんだよね~」

 古臭い家具とナミが言っている家具が、数百万~数千万のアンティークであることは見る者が見れば明白なのだが…使う本人は、まったく気にしていない。

「なんかもっと白い机とかさ~、鏡も古そうだし…お化粧できるかな?」

「お化粧…ですか…」

「あっ、お化粧道具忘れちゃったよ…どうしよう…すっぴんとか見られたくないよね…」

「用意しましょうか?」

「う~ん…でもな~、自分で選びたいんだよな~」

「適当にお持ちしましょうか?」

「う~ん、あのさ…お店とか無いよね?」

「此処には、生憎と…」

「お買いもの行きたい」

「このお部屋から出ることは…」

「う~ん、アタシ監禁されてるの?」

「いえ…そういうわけではないのですが」

「じゃあさ~、お買いもの行こうよ、アナタが一緒ならいいんでしょ?」

「いえ…それは…」

「出来ないの? ダメなの? じゃあ監禁じゃん」

 ナミがむくれる。

「あ~、解りました…車を用意いたします」

「ホント?」


「ふん♪はんほほ~ん♪はんふほん♪」

 車の後部座席で、原曲不明の鼻歌を奏でるナミ。

 街に着いて車を降り、コンカコッココンと不規則にヒールを鳴らしながら歩くナミ。

 変なリズムで歩くナミに女性の警護が2名左右に付き添う。

 警護と言う名の監視なのはナミも解っている。

 訓練された者というのは、無意識に相手の歩幅やリズムのクセを身体で覚え、それに合わせて距離を取りながら歩く。

 ゆえに…ナミの足の運び方は、どうにも自らのリズムを狂わせる。

(しまった…)

 警護の視界からナミが外れた。

 もちろん、ナミは意識していない。

 漠然と逃げようかな~とは思っていたが…。


「なんか上手く逃げ出せた気がするよね」


 街の雑踏をスルスルと動きまわるナミ、とはいえ…行くアテなどない。

 ただ街を歩き回るだけ、お金など持っていない。

(困ったな…逃げなきゃよかったかな…桜も来るって言ってたしな~)


 夜が明けた。


「逃げられた…話が違うな」

 桜が岬をバカにしたように笑う。

「いやいや…なかなかどうして賢い女性なようでね」

 岬も苦笑している。

「俺が、ココにいる理由も無くなったわけだ」

「フフフ…ナミさんの身柄は確保するよ、ご招待した責任は果すさ、で…趣向を変えて…というか早めて、キミを引き留めようとしているわけだ」

「プランの前倒しか…失敗するぜ、そういう対応は」

 桜がニヤッと笑う。

「まぁ、御足労願おうか…」

 岬が肩を竦めて笑った。

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