第68話 瓦礫

「物理的に…か…」

「案外、動揺しないのだね」

「動揺するほど、今の生活に依存しているつもりはない」

「ほう…いや、さすがと言っておこうか」

 嫌な間でパチ…パチと拍手する紳士。

「あぁ、自己紹介がまだだったね」

 紳士が拍手を止めて桜に向き合う。

「私は岬…」

「岬…」

「もちろん本名ではない、まぁ肩書みたいなもんでね、呼称とでもいうのかな」

「先端…という意味か?」

「フフフ…キミは勘がいいようだ、いや本当に…母親譲りかな」

「知っているんだな?」

「もちろんだ、キミの母親のことも…いやキミのこともキミ以上にね」

「ふん、だろうな…」

「ククク…キミは自分で思っている以上に稀有な存在なのだよ桜くん」

「だから、丁重に運ばれているんだろ」

「そう…ワレモノ注意ってことさ」

「じゃあ、せいぜい丁重に運んでくれよ…俺は寝る…」

「承った、まぁ4~5時間ほどは掛かるからね、一眠りするには丁度いい時間だろうしね、いい夢を…桜くん」

「ふん、いい夢か…どんな夢でも、この現実よりはマシだ」

「はははっ…いや、まったくだ」


 桜が目を閉じ、微睡みの時が流れる、ゆっくりと…慌ただしく…規則正しく秒針が進むような重い怠惰の時を経て、車が停車して桜は目を覚ました。


「よく眠れたようだね、着いたよ…」

 車は敷地内を無言で案内するようにゆっくりと進み、宿舎の前で停車した。

「いや、色気の無い建物ですまないね、元は自衛隊の駐屯地なものでね…殺伐としているのさ、中は…まぁそうでもないんだがね」

「駐屯地か…外敵の侵入には気を使うってことか?」

「ふふふ…まぁ、そんなとこだね」

「誰にでも開かれているホテルとは趣が異なるってことだ…中も人も…な」

「いや、私は社交的な方だと思うがね…他は…まぁ…そういう人間もいるがね、まぁマフィアなどという組織の在り方、刹那的な統治方法だったということだよ、キミとて気づいていたはずだろ、だから、キミは彼女の安全を確信している」

(そのとおりだ、マフィアなんて所より、ココの方が安全なのだ、岬という、この男は、人質の利用価値を知っている、俺に首輪を付けるにはナミを手元に置いた方がやりやすい、でなくても…俺に過去を見せることで、ナミが居なくても俺を引き込むことも可能だと知っている…2重に策を張る岬という男の言葉には厚みがある。増幅された真実味がるある…今は動けない…)

 唇を噛む桜を穏やかな顔で見ている岬。

(影親かげちかは、おとなしく従う…今はという条件付きではあるが…あの女と自身の好奇心を天秤で測るようなところもある。影親かげちかはマザーハーロットの意味を探っている…そして、ソレを知るまでは、おとなしく従う…高木を引き離しておかないとならないな…ここから先は高木の方がネックに変わる…その可能性の方が高いかもしれない)


「今日は、ココでゆっくり眠るといい…」

 岬の合図で車のドアが開き、岬がニコリと微笑む。

「案内は、彼女に任せてある、食事も運ばせる、ホテルとは違うが、まぁ不自由はないはずだよ」

 宿舎の前で頭を下げている女性がいる。

「こちらです…桜 様」

「ナミは?」

 桜が岬に凄むように尋ねた。

「彼女には明日、会わせよう」

 桜の目が言葉より早く、拒否を示した。

 ソレを察した岬がすぐに言葉を続ける。

「大丈夫…何もしていないよ…今は…ね」

「今は?」

「自分が来賓だとは思ってないだろ?」

「……マザーハーロット…とはなんだ?」

「フフフ…ソレを含めて明日、色々と観てもらうつもりだ…まぁ今夜は、私に従ってくれたまえ、桜 影親くん」

「可能性のひとつとして…覚えておけ、俺が自ら死を選ぶということも」

「ハハハハ…いずれ…だろ? キミは当てつけで命を差し出すような性格ではないと思っているんだがね、だから拘束はしないんだ、私はね」


 桜がキッと岬を睨んだ。

(見透かされている…)

 岬は視線を受け流す様に桜から視線を外して車を走らせ去って行った。


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