第67話 車葬
「まぁ…言わなくても解っているだろうけど、付いてきてもらうよ、桜
男が指さす先に車が停車している。
「もとより逆らう気はない…」
「立場が解っているようだね」
「ナミを人質にしているのだろう?」
「ん…まぁソレもあるけどね~、それ以前にキミの性格を察するに好奇心の方が勝っているんじゃないのか?」
俺は目を逸らした。
(その通りだ…)
もちろんナミのことは最優先だ、だがナミの安全は保障されている。
人質とは無事だからこそ、その価値がある。
それに、荒々しく、さらわれたとも考えにくい。
あのホテル内で専属娼婦を力ずくで連れ去るなど、まず出来ない。
考えるまでも無く、ナミは自らの意思でホテルを出たのだ。
ナミがフロアを出るときは自分の部下が警護に入る。
一度連れ去られているから、部下のミスはないだろう。
2パターンしかない。
1.自分をエサに使われた。
2.警護が意味をなさなかった。
つまり…ホテルが安全な状態ではなくなった…
「考えているね…桜 影親」
「……」
紳士は俺に後部座席へ座るよう目で促す。
車が走り出してしばらくすると紳士が穏やかな口調で一言…
「もう帰る場所もないんだ…このまま彼女と私の所で暮らさないか?」
「やはり…そういうことか…」
………
ホテルにガソリンを積んだ軽自動車が突っ込んで爆発する。
爆発が収まり、火が回り出してしばらく消火活動が始まった頃
「行くか…」
高木がホテルの入り口から堂々と侵入し、鼻歌まじりに階段を上がって行く。
奏でる曲はワーグナー『ワルキューレの騎行』
完全には覚えていないらしく、同じ所を繰り返している。
「おい、階下はどうなっている?」
上層から降りてくるマフィア達を適当な返事でやり過ごしながらナミを探す。
(どうせ、どこかで、かち合うさ…)
探す気など毛頭ない。
高木は桜との縁を信じている。
当然、桜が心を通わせた女性と出会うなど当たり前のことなのだ。
そして、当然そうなる。
「あっ、ねぇ…火事?」
高木に声を掛けてきたスレンダーな女性。
「えぇ、でも消化しているみたいですよ」
「へぇ~、見に行こうかな?」
「あぁ…じゃあ…僕が護衛しましょう」
「うん」
何も疑わないナミは高木の後ろをトコトコ付いて行く。
(容易い…これがマザーハーロットか…我らのジョーカー)
「あぁ、ココからは見れないですね…まだ危なそうだ」
「え~そうなの~、じゃあ結構、ヤバイんじゃない、このホテル」
「非常階段から外へ行きましょうか、一度出た方がいいいかもしれない」
「だね、ついでに買い物してこよう」
苦も無く、誰にも気づかれずナミは高木に連れ去られていたのだ。
外へ出て、高木を回収する車に自ら乗り込み、なんの疑いも迷いも無くナミは今、駐屯基地に監禁されている。
何も知らないまま…
「彼女は無事ですよ、高木が上手く連れ出だしたようです」
「そうかい…俺が行けばナミは自由にさせてくれるんだろう?」
「ハハハ、仮に自由にしてもどうでしょうかね、アナタの後ろ盾なしで彼女はどうなるんでしょう?」
「金は渡すさ…」
「アナタも…同じじゃないですか?」
「どういうことだ?」
「言いましたよね…どこへ帰るのか?と…」
「まさか…」
「物理的に崩壊してますよ…今頃…」
高木が街を出るころ、入れ違いでタンクローリーが数台、街へ入って行った。
タンクローリーはホテルを囲むように停車し、搭載されていた大量のスライムがホテルへ噴射させられた。
「何処へ…帰るのです? 後ろ盾はもう無いのですよ」
紳士は穏やかな笑みを浮かべ桜の顔を下から覗き込むように顔を近づけ狂ったように笑った。
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