第65話 傲異

(気持ち悪い…)

 頭に過った不自然な自然…

 感じた違和感は不快感に変わっていた。

 そもそも誰が育てているんだ?

 土に指を押し当てる…

(渇いている、水をやっている形跡すらない)

 サボテンみたいなものなのか?

 指で肉厚の葉っぱを摘まんでみる。

 グニッ…

 なぜか知っているような感触…なぜか…じゃない…この感触は…。

 包丁を取り出し、葉っぱを横に切り裂く。

 ズルッ…と裂かれた葉から下に流れたゼリー状の液体。

(スライム…)

 色こそ透明感のある緑一色だが、間違いなくスライムだ。

 その証拠に、床に零れたゼリーがグズグズと動いている。

(何を造ったんだ…ココで…)

 ズキンッ!!

 脳髄に釘を突き刺されたような鋭い痛みと同時にユキの顔がフラッシュバックする。

(ユキ…姉さん…)

 次の瞬間、芝生に落ちて立ち上がった、崩れたユキの顔が記憶の中枢で手を差し伸べる。

 胃液が逆流し、思わず口を押さえて嘔吐えづく。

 目の前にある鉢植えに植えられた植物がユラユラと蠢いているようで気持ちが悪い。

 なんのために…

 なんなんだ!!

 この『スライム』という生き物は!!

 なんのために存在しているんだ。

 ユキも、コレと同じだってのか!!

 中身は『スライム』で人の皮を被ってただけだってのか?

 ふざけやがって…

 何を造ったんだ?

 人と『スライム』を入れ替えるつもりか?

(まさかな…そんなこと…)

 怒りが込み上げ、混乱した脳内が感情のままに導き出したアンサーは、あまりに荒唐無稽で、なんの説得力も持たない答えだった。

 入れ替えてどうなる。

 なんの意味がある。

 影親かげちかの頭を過った答え…その動機が希薄であった。

 何のために?

 その恩恵が綺璃子やユキなのか…。


『恩恵』その言葉に違和感を覚え、桜はフラフラと部屋を出た。

 廊下の手すりに、もたれ掛る

 扉を乱暴に足で閉めて、向かいの奥の部屋へ…一度階段を下りて踊り場から反対の階段を上がり、廊下の奥の部屋の前に立つ。

(おそらく…)

 影親かげちかはグッと扉を押した。

 ムワッとするこうの香りが廊下に漏れる。

(綺璃子…)

 影親かげちかが思った通り、ここは綺璃子が使っていた部屋だ。

 このこうの香りには覚えがある。

 鼻腔に、こびり付いて粘膜から体内を侵食するような綺璃子の思念。


 部屋は整頓されている。

 意外にも本は少なく、大きな姿見が部屋の異様さを際立たせている。

 これ見よがしに飾られてた写真立てに、綺璃子とユキ…そしてユキに、良く似た初年が写っている。

 家族写真…のつもりなんだろうな。

 誰も笑っていない造られた家族写真。


「これが俺…か…」

 改めて少年時代の自分を見せられると、言葉にでもしておかないと確信が揺らぐ。

 鏡も写真も、100%の自分は映さない。つまり誰も自分の顔なんて知らないのだ。

 過去が揺らめいている影親かげちかなら、なおさら…

 自分の顔にすら自信が持てないのか…俺の認識力はどうなっている…。


 部屋を見回す。

 目を惹くようなものはない。


「この女も空っぽだったのか…」


 アルバムを手に取りパラパラとめくる。

 ユキと綺璃子…途中から影親かげちかの写真が混じり始める…


 最後まで観終わると、妙な違和感を覚えた。

 もう一度アルバムを1ページづつ確認する。

「なぜだ?」

 綺璃子とユキ…前半の半分ほどは影親かげちかはいない。

 姉弟…ではないのか?

 いや…

 影親かげちかはユキと自分は双子あるいは、歳の近い姉弟だと思っていた。

 だが…それにしては、ユキと影親かげちかが一緒に写っている時期は、大分後ろの方だけだ。


 他人とは思えない程に似ている。

 双子かもしれないと思ったのは、そのせいだ。


 それとも別々に育てられていたのか?

 いや…

 影親かげちかに、そんな記憶はない。

 断片的ではあるが、記憶が蘇りつつある影親かげちかには確固たる自信はない。

 それでも…このアルバムから感じる違和感、そして自身の動揺は尋常ではなかった。

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