第64話 化物

 鎖にぶら下がる影親オレの横をスッと逆さまの綺璃子きりこが落ちていく。

(笑ってた…)

 下を見ると、仰向けに寝ている綺璃子きりこが見える。

 雲から漏れる月明かりに白い顔が映し出される。

(笑っている)

 ニタニタと不気味な笑みを浮かべる綺璃子きりこにゾッと寒気が走る。

影親かげちか!!」

 ユキが手を伸ばしている。

「ひっ!!」

 小さな悲鳴、ユキの顔が引きつる。

 影親オレの脇を笑ったままの綺璃子きりこが壁をガサガサと蟲のように這い上がりユキの手をグッと掴んだ。

 真横に並んだニタニタと笑ったままの美しく不気味な綺璃子きりこ影親オレに話しかける。

「聞き分けのない子達ね…いいわ、オマエが姉と慕う、この子の正体を教えてあげる、それでも一緒に居たいなら好きになさい」

 綺璃子きりこがグイッとユキの手を引いた、窓から投げ出されるユキを力任せに片手で思い切り地面に叩きつけるように振り落す。

 ビシャンッ!!

 芝生に破裂音が吸い込まれ、静寂が戻る。

(ビシャッ…ってなんだよ…)

 恐る恐る、下を見た影親オレ、当然横たわったユキがいるはずだった。

 芝生しかない……

「ユキ?」

「フフフ…ユキはどこでしょう? 賢い我が子影親かげちか、解る?」

 影親オレを見る綺璃子きりこの顔がニターッと歪む。

「何をした?」

「何もしてないわ…ユキは、産まれながらに、ああいう子だったのよ」

 芝生からグジュグジュと湧き立つスライムが人の形に変わっていく。

「私なら大丈夫よ…影親かげちか

 溶けたようなユキの顔が少しずつ復元されていく…。

「うわぁぁああぁあー」


 酷く汗ばんでいた。

 頭痛は消えていた。

「ユキ…綺璃子きりこ…」

 桜は異常な喉の渇きを感じていた。

「俺の母だと…」

(あの黒髪…綺璃子きりこか…ユキなのか…)

 記憶に食い込むような長い黒髪、綺璃子きりこのものなのか、ユキのものなのか…。

 殴られたようにクラクラとする頭、揺れる記憶を両手で固定するように押さえて部屋を出た桜。

 記憶に再び蓋をするように扉を閉めた。

(俺は遺伝子学上の父親と言っていたな…単に毛嫌いしたわけではないようだが…)

 包丁の柄をグッと握りしめる。

『木島兼頭』は、此処の料理人で、俺の父親?

 いやユキの父親でもあるのか…

 つまり綺璃子きりこの夫であったということなんだよな。

 自分の父親とは認めたくない、いや信じられない桜の思考は『木島兼頭』を綺璃子の伴侶として認識しようとしていた。

 それすら、信じられないのだが…


 隣の扉に手を掛ける。

 もう後には引けない所まで踏み込んでいる。

 この館、全ての扉を開け放った先に、あるのは己の記憶の扉。

 ソレを開けるための準備運動、そんな気がしていた。


 だから躊躇いはない。


 扉を開けると窓が塞がれた部屋。

(観葉植物…)

 鉢植えにされた植物がビッシリと並べられている。

「サボテンでもなさそうだし…」

 並べられた植物は、見た事がない。

 植物に詳しいわけではない。

 それでも、見た目に違和感を感じる。

 あからさまというわけではないが、どこか地球上のソレではないような違和感。

 何かに似ているというわけでもなく、それでいて現実として、目の前にあるのだ。

 そっと指で葉っぱに触れてみる。

 多肉の厚みある葉、花は咲いていないが、もし花を咲かせるなら…その想像がつかない違和感ある植物たち。

「作り物みたいだ…」

 ボソッと呟いて、ゾワッと鳥肌が立った。

「まさか…」

 桜の脳裏に過ったのは…

(造ったのか!?)

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