第63話 些末

(残るは4部屋…)

 中央の階段から左右の部屋を交互に眺める。

 確かに危害を加えるために連れてこられたのではなさそうだが…どうにも自分の足跡を辿るのは気が進まない。

 その割に好奇心は増すばかり、正直、このまま屋敷を出てもいいのだが…そういう気になれないのだ。

(好奇心が猫を殺す…か…)

 見方を変えれば猫を殺すのに刃物などいらないということだ。

 エサを撒けば自滅する。


 階段の中腹部、左右を見比べる。

(右からにするか)

 左右の部屋は、この階段で結ばれているだけ、必ずココを通らなければならないようになっている。

 管理されていたわけだ。

 よく出来ている。

 無意味に広いわけではない、導線で行動を制限されている。

 きっと当時は、気づかなかったのだろうが…。


 右の入口正面側の部屋の前に立つ、

(子供部屋か…)

 ドアノブの位置が少し低い。

 ドアを開けると、2段ベッドが2つ、左右に置かれている。

 4人で住んでいたらしい。

 長い机が奥に置かれて、椅子も4脚置かれている。

 腰掛けるとドアに背を向ける配置だ。

 玩具などはなく、本や教科書の類もない。

 寝る以外、何かをしていたような形跡もない。

 自分がどこに寝ていたのか…それすら思い出せない。

 机には引き出しすらなく、本当に眠る以外には何をしていたか解らないし、思い出せない。

 窓を開けてみる。

 コレといって何もない風景、窓枠に手を置くと、大きな傷が付いていた。

 何かで擦ったような削り傷…

 ズキン…ズキン…

(チッ…また頭痛か…)

 コレに…関係があるのか…

 桜が指で窓辺の傷をなぞる、ズキン…ズキン…木枠の段差に指先が落ちる度に頭痛が走る。

(何を思い出せと言うんだ!!)

 記憶を辿る指先、早く思い出せと頭痛に急かされているようでイライラする。

 苛立ちで削り傷を力いっぱい押してみる。

 爪が白く変色して、指先に圧迫された鈍痛を感じる。

 そうしていないと、心が、どこかに連れて行かれるような恐怖感がに耐えれそうにない。

 それが無駄な足掻きだとしても…


「ダメだよ、見つかったらどうするの?」

 窓から垂らした鎖にぶら下がる少年。

 彼に手を差し伸べている少女

「大丈夫だよユキ、僕が下に降りたら、一緒に逃げよう」

影親かげちか…此処を出てどこに行くの?」

「……何処でもいい……アイツのいないところなら!!」

「アイツって…ワタシのコトかしら?」

 影親オレに差し伸べられる、もう1本の白く細い腕。

綺璃子きりこ…」

「お母さんと呼びなさい…」

「俺は、此処を出て行く!! ユキと一緒に!!」

「此処を出て、何処へ行くの? この世界の何処にも、あなた達の居場所なんてないのよ…教えたでしょ、戸籍すらないアナタ達は、存在しない子供なのよ」

「それでも…俺は此処で飼われるのは嫌だ!!」

「何が不満なの? 此処には、この世界の全てがあるのよ」

「嘘だ!! 此処には何も無い!! いずれ俺達も、あの料理人のように…空っぽになるだけだろ!!」

「お父さんに何て言い方を…彼はアナタ達の為に、あぁなったのよ…」

「遺伝学上の父親だろ!!」

「ふふふ…そうよ、賢いじゃない」

「そんな程度の親子関係など…」

「疲れたでしょ? 部屋に戻りなさい…」

 ドサッ…

影親かげちか!! 逃げろ!!」

 後ろから綺璃子きりこを窓の外に突き落とした少年が叫んだ。

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