第61話 三途
「スライムが天使…ミカエルだと…」
軽い頭痛が続く中、桜は苦笑した。
あの斑模様の蛍光色、産業廃棄物が単細胞生物並に動きだした程度のアレが大天使聖ミカエルとは…。
俺の母親は狂人だったのか?
(あのブヨブヨに何を見ていた…いや…魅せられていたのか)
俺には…母親の記憶が無い。
ここで暮らしていたらしい、そんなことですら記憶があやふやで定かではない。
自分の事だと解っていても、どこか他人事のような気がしている。
親戚のアルバムをめくるような…そこに自分が写っていた写真があったとしても不思議はない。
そんな感覚。
だからだろうか、途中で帰ろうとは思わなかった。
第三者目線だが…自分の抜け落ちた記憶への欲求が無いわけでもない。
自分も知らない自分の過去を知っている誰かに遊ばれている、それが気に食わない。
まして途中で降りるなど、負けかけているゲームから逃げ出すような真似はしたくない。
部屋を出て、正面の扉へ向かう。
左右対称の屋敷、反対側にも2部屋ある。
先ほどは奥の部屋から入った…今度は入口側、手前の部屋に入ってみようと思った。
(愉しんでいるのか…俺は)
部屋は厨房、特に変わったものはない。
火の気はなく、調理道具が綺麗に整理されている。
(なんだろう…不自然なくらい使用感がない…)
まるでショールームのような厨房。
棚に収められた食器…同じものが9セット。
此処には9人の住人がいた…ということか。
子供が7人、桜の母親『綺璃子』…もう1人…。
(そういうことだな…)
そうおそらくは、写真を撮っていた誰かがいたはずだ。
自身は写っていない、ということは記録係…観察者か。
(観察者? 俺は今……観察者の存在を認識している)
もう1人…『観察者』
俺を…いや俺達か…記録していたヤツもココにはいた。
黒い靄が掛かった記憶、その容姿、雰囲気は、おぼろげながら思い出せる。
その記憶が正しいのか…どうか俺にも解らない。
だが、その輪郭、シルエットは覚えている。
ソイツは…その男は俺の記憶のなかで笑っていた…。
食器棚に、揃いの皿が置かれている。
もしやと思い、皿に名前でも書いていないか確認したが無かった。
当然だ。
皿に名前など…犬じゃあるまいし…
ナイフ…フォーク…箸…
(箸?)
箸だけは色・柄が違う。
俺は箸をテーブルにぶちまける様に並べた。
9膳の箸、自信があった。
(これが俺の箸だ…)
蒼い箸、宇宙をイメージさせるような深い蒼に白い大小の点が散りばめられている。
手に取って持ってみると、やや小さいが、しっくりとくる。
不思議な感覚に襲われる。
木製の古い箸、良し悪しなど解らないが、そこらの既製品ではないような気がする。
俺は箸をジャケットの内ポケットに入れた。
特に意味はない。
なんとなくではあるが、干渉じみた行動に誰より自分が驚いていた。
ロクに覚えてもいない子供の頃の記憶がカタチになって残っている場所。
埋めたことすら忘れていたタイムカプセルを掘り当てたような感じだ。
ノスタルジーに浸る場所じゃない。
ココは封じられた場所。
俺が封じたのか?
あるいは…別の誰かによって…
俺は…何者なんだ?
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