第60話 鐘音

 ズキッ…ズキッ…

 軽い頭痛が続いていた。

 過去を掘り起こす恐怖より好奇心が遥かに勝っている。

 身体は拒絶しているのだが、心が欲している。

 そんな感じの頭痛、それは警告だったのかもしれない。

 過去の自分からのメッセージ…


 だが渇いた脳みそは飢えを満たすような、目の前の記憶に飢餓をぶつける。


『客間』いや『主人を待つ客の部屋』か…

 シンプルな装飾、木製のテーブルに椅子が三脚、大きな窓からは庭が見える。

 反対の壁に大きな花瓶に花が生けてある。

(生花?)

 桜はそっと花びらに触れた。

(造花…か…)

 紛い物、なんだかバカにされたような気がした。

 今の自分は紛い物、そう言われているような気がしたのだ。


 これを読め…そう言わんばかりに一脚だけ色の違う椅子に置かれた日記帳。

 付箋の代わりに写真が一枚挟んである。

「ふん…」

 桜は日記帳を手に取り椅子に腰掛ける。

 目の前の窓から庭が良く見える。

 日記帳の1ページ目にサラサラと書いたような細い線の文字。

『人が愛する自然とは、人の統治下に置かれた自然だけ』


「屈折した人物のようだな…」


 シュッと写真を抜き取ると、少年と少女が揃いのレインコートを着て並んで写っている。

 裏側を見ると

『影親・ユキ 7歳』

「7歳…どっちがだ?」

 キリキリキリ…頭が痛み出す。

 バッと写真を裏返す。

「姉じゃない?……双子か…まさか」

 顔立ちは似ている、当然と言えば当然なのだが。

 似すぎている…


 桜は指で写真の子供の顔をモンタージュのように隠しながら見比べる。

 髪型を変えれば…この2人、入れ替わっても解らない。


 ギリギリギリギリ…

 脳みそが締め付けられる、痛みより不快感が脳髄から身体の隅々まで流れ込む。

(影親…ずっと一緒だよ…)

 女性の声が聴こえる。

(幻聴か?)

 いや確かに聴こえる…己の内側から…


 グシャッと写真を握りつぶす。

 この日記なんだろ…

 この吐き気の源は…


 ………

 小一時間、桜は日記を読み続けていた。

 線の細い文字が綴った記憶を…


「そういうことか…」

 思い出したよ…俺はココで育った。

 双子の姉…5人の孤児と一緒に…


「俺達が…この国を終わらせたんだ…」


 桜の脳裏に、銃声と共に、あの時の記憶がよみがえる。

『なぜ…犯罪者を食わせなければならない、自国民が喘いでいるのに他国に多額の寄付金が払える、飢餓を知らない政治家が、料亭で酒を飲みながら食糧問題を語る連中が国など動かせるわけがない、必要なんだ…本当の飢餓を知る俺達が、この国を変える、増えすぎたんだ…人と同じ、無駄に肥えれば感じなくなる…まずはギリギリの飢餓を産み出さなければならない!!』

 議事堂の壇上で拳を振り上げ語った、あの孤児は…いや…皆、あの時に殺された。


「俺達は…国を崩壊させるための先兵だった…」


 後に、この国を仕切ることになる『マフィア』に送り込まれた破滅を告げる使者。


 あの銃弾は、破滅を告げる鐘だった…

 俺達七人の御使いが吹いたラッパの音は、この国に神の怒りを招き入れた。


 日記に書いてあった…

『天から使わされた裁きの天使は…人の形を真似た…そう私の姿を、あれこそ天の軍勢を指揮するミカエルなのかもしれない』


 記…桜 綺璃子

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