第55話 暗転

 23:45

 桜はスーツに着替えた。

 ネクタイを締めるとフーッと大きなため息を吐いた。

 細い首に巻き付く、この布はなんなのだろう?

 自分で自分の首を絞めるような錯覚を覚える。

(正装とは…あるいは死を覚悟するものなのか?)


 言わずとも…桜は死を覚悟していた。

 手紙を読んだときから?

 いや…あのとき…高木の笑みを見てからだ。


(必ず、俺の前に現れる)

 予感…いや確信していた。

 高木という男のことは何も知らないに等しい。

 1度ボトムズとして一緒に出撃した…それだけだ。

 それだけか?

(俺は…高木を見捨てた…)

 死んだと思った男が目の前に現れた。

 いや…見殺した男が笑みを浮かべて現れた…その意味を…考えずにはいられない。

 目には目を…

「命の償いは…命を…か」

 廊下に出てまっすぐエレベーターへ向かう。

 エレベーターの中で少し考えた。


 エレベーターを降りると桜の前に数名が立ち塞がった。

「桜さん」

「構うな…と…コレを預けておく」

 桜は懐から銃を取り出して部下に手渡す。

「桜さん…丸腰で?」

「あぁ…どうせ取り上げられるんだ、持っていく意味はない、あぁ、コレも渡しておく」

 腕時計のバンドに挟んだバタフライナイフも渡した。

「独りで…いいんですね」

「あぁ、どのみち、ホテルの正面に堂々と乗り付けるんだ…構えても意味はない」

「迎え撃てば?」

「バカ…恥になるだろう…真正面から会いに来る相手を待ち伏せなんて恥だ…ましてや自分の家の正面だぞ…ボスの顔に泥は塗れない」

「……しかし」

「いいんだ…時間だ」

 桜は部下達を割って外へ出る。


「少し…冷えるな」

 待っていたかのように、車が横付けされる。

 助手席から出てきた男が傘を差しだし後部シートのドアを開ける。

(さすがに礼儀は弁えている…この場ではな…)

 桜はフッと笑った。

「お久しぶりです桜さん」

「高木…」

 ドアがバンッと閉められ、車は走りだす。

「さすがですね…本当に御一人で来られるとは」

「フフ…逃げ道を潰して置いて抜け抜けと言うな…」

「時間通り、堂々と出て来られる…そう思ってました」

「高木…俺が丸腰で来ると思ったか?」

「はい」

 自身たっぷりに高木は答えた。

「高木、変わったな…オマエ」

「桜さんこそ…」

 桜は、そこで初めて高木と目を合わせた。

「桜さんの目…昔とは別人だ」

 高木は桜から目を逸らすことなく見据えたまま笑った。

(コイツ…)

 互いに視線を逸らすことなく、しばらくの時が流れた。

「高木さん…」

 助手席に座っている男が高木に話しかける。

「なに?」

 高木が桜から視線を外す。

 ニヤッとわらってから…

「そろそろ…」

「桜さん、覚えてますか?」

「何をだ?」

「この場所をですよ」

 窓の外を眺める…

「さぁな」

「俺が…生まれ変わった場所ですよ、桜さん」

「はぁ…そうか…で?」

「フフフ…で…コレです」

 高木は左手を桜に見せた。

 桜はたじろぎもせずに、一呼吸おいて吐き捨てる様に答えた。

「悪趣味だな」

 ビュルッ…

 高木の左手がグニャリと崩れて、桜の喉元に絡みつく。

 ヒヤリとした感触が喉から全身にジワリと身体に広がっていく。

「だがな…高木…オマエには、よく似合ってるよ」

 桜がニヤッと小馬鹿にしたように笑う。

「桜ー!!」

 穏やかな表情を崩さなかった高木の顔が嘘のように怒りで崩れた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る