第52話 愚問

 先生の死体は、当然のように『オモカゲ』のエサになった。

『オモカゲ』は、小さな口で吸いつく様に捕食していた。

 食うというより溶かして吸うような感じだ。


「アレを見て、不思議に思わないか?」

 岬が高木に声を掛けた。

「不気味です…不思議とは?」

「アレはスライムだ…その気になれば、いや普通なら、身体ごと覆いかぶされば捕食も早い…」

「そうですね…」

「アレは、各機能を分担している、役割を果たしていると言ってもいい」

「役割?」

「そう、口は口の、腕は腕の…という身体の機能を理解しているということだ」

「まさか?」

「では、あの姿をどう思う?」

「それは…」

 高木は言葉に詰まった。

 ニヤッと岬が笑う。

「柔軟な考え方ができないと…先生のように行き詰ることになるよ高木、ハハハハッ…」

 愉快そうに笑って、岬は地下室の出口へ歩いていく。

 クルッと振り返って

「高木、桜くんを頼むよ、キミの腕は、そのために私が与えたんだから」

 岬が高木の左腕を指さす。

「はい…早急に」

 満足そうにうなずくと岬は出て行った。

 扉が閉まると同時に高木の息が荒くなる。

「ゼハァ…ゼハァ…」

 まだ先生の血が残る床にガクッと崩れる様に膝を付く。

「クソッ…」

 両手で支えようと手を床に伸ばすが、左腕がゴムのようにグニャッと曲がって顔から落ちる。

(クソッ…クソッ…役にもたたねぇ!!)

 自分の身体すら支えられない左腕、いや手の形を成したスライムに苛立ちを覚える。

(所詮、俺の為に付いてるんじゃねぇ…そういうことなんだろ)

 高木は理解していた。

 岬が高木を特別扱いしているのは、所詮、桜を此処に連れてくるための手段のひとつだからだ。

 言い換えれば、それだけの存在にすぎない。

 たまたま、桜と繋がりがあった、それだけの存在…所詮は『駒』

 キングを獲るために盤上を不自由に進む『Pawn』のひとつ。

 それがスライムを得て『Knight』になっただけだ。

 その役目は変わらない。

『king』を獲るために盤上を乱すだけ…それだけ…

 高木は呼吸を整え、少し気持ちを落ち着け考えていた。

 自分が獲るべき『King』は桜なのか?

 自分は駒のひとつでしかない…桜は?

 いや…『King』すら駒じゃないか。


 どこまで行っても、何者になっても…俺は、俺達はPLAYERにはなれないんだ…

 ただの盤上の駒…獲られて弾かれるだけの駒…


「ハハハ…アーッハハッハハ…」

 高木は立ち上がり、水槽にもたれ掛り、バカみたいに笑い続けた。

 いつしか涙目になって…知らぬ間に泣いていた。


 ゾクッ…と背中に悪寒を感じた。

 振り返ると、知らぬ間にガラスの向こうに『オモカゲ』が肩口から高木を覗く様に見ている。

 サッと飛び退いて、水槽と距離を置く。

(不気味な奴だ…ホントに意思があるのか?)


『オモカゲ』はジッと深い穴のような目で高木を見ている。

「ククク…アハハッハ…解ったよ…連れて来てやる…オマエの息子を」

 右手で自分の顔を強く掴んで、左手を水槽へ伸ばす。

 ヒタッと左手が水槽に吸いつく。

「だから…大人しく、ソコで待ってろ!! 化け物!!」


 高木はクルッと水槽に背を向けて、地下室を出た。

 警備員に静かな口調で

「出るぞ…人を集めろ」

「えっ?高木さん…何処へ?」

「旧六本木…『白夜』の幹部『さくら 影親かげちか』とコンタクトを取る」

「えっ? マフィアにですか?」

「出来ねば…さらうまで…行くぞ!!」




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