第51話 飛翔
床に倒れた老人を『オモカゲ』は見つめていた。
そのスライム色のヒトガタはペタリ…ペタリと老人の死体に触れようと手でガラスを叩いていた。
「どう思う高木?」
「……意思は無いのでしょうか?」
「そうは見えないな…私には…あるいは記憶すら摂り込んでいるとさえ思える」
「記憶…桜さんのことも?」
「あくまで仮説だよ…例えば…」
岬は腐ったハンバーガーを見張りに渡し、水槽に落とさせた。
『オモカゲ』はボトッという音に反応してハンバーガーに近づく。
「見たかね、スライムが小さな細胞の集合体だとしたら…振り向いて近づくなんて真似すると思うかね?」
スライムに表も裏も無い…一個の細胞が動き出せば、それに引っ張られて移動するだけだ、ある意味、多数決で多い方が行動の主導権を握る、それは原始的ではあるが民主的だともいえる。
「そして…見たまえ、鼻で嗅ぎ…口を開いて食っている…歯は無いようだがね、真似事だとしても、立派な知性だと思うよ」
「先生は…コレを見てなお否定していた…」
「否定はしていないさ、認められないだけ、だから捨てたのさ」
水槽で腐ったハンバーガーを紙ごと飲み込む『オモカゲ』の姿に知性は感じない。
だが『スライム』という生物の捕食方法とは大きく異なる。
それは事実なのだ。
岬が言った、キミなら解るんじゃないか?
その意味は、スライムを宿したから解るということじゃない。
食われたから解るんじゃないかということだ。
高木は忘れることができない。
あのときの恐怖を…
スライムを宿して恐怖を克服したわけじゃない。
むしろ逆だ。
恐くて、怖くて仕方ないから自ら『スライム』になったのだ。
ゾンビが怖いから、自ら噛まれてゾンビになる、そんな感じだろう。
(あの無数の口に飲まれていくような感覚は忘れたくても忘れられない…)
高木の左腕、スライムがビクビクッと脈打ち始める。
(やめろ…暴れるな…やめろ!!)
左腕に巣食うスライムは高木の感情に過敏に反応する。
動揺、高揚、そして憤怒…左腕としての機能は果してくれるのだが、高木の感情をダイレクトに受信してしまうらしいのだ。
時として高木の意思とは無関係に動きだすスライムを止めるには、高木が感情を押し殺すしかない。
高木は暴走したスライムを制御しきれずに、学徒の学者を1人殺している。
左腕に食わせてしまったのだ。
繋がっている…そう感じたのは、スライムが捕食している最中、高木には、その味を感じることができたという事実だ。
人は…酸味がキツイのだと知った。
それは以前、食いちぎった指を飲み込んだときには解らなかったことだった。
自分の口では解らぬ味を、左手のスライムで感じるとは…皮肉だ。
(コイツに味覚なんてあるのか?)
『オモカゲ』を見ながら高木は思った。
斑模様の透けた皮膚、無表情な顔。
真っ黒い穴のような目、それは人の形をしているだけのヒトでは在りえないもの。
(先生が認めたがらない理由も解らないでもない…)
おそらく、
『オモカゲ』は、あくまで形を真似ただけ、そう思いたかったのだ。
だが…本当にそうなのだろうか?
真似たスライムの意思か…あるいは摂り込まれた
いずれにしても、この『オモカゲ』は『スライム』とは言い難いナニカがある。
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