第50話 慟哭

 高木はスライムの腕で先生を軽く押さえながら地下へ降りていく。

 後ろから岬が銃を持ったまま少し距離を取って歩く。

「その腕は気に入ったか高木」

 先生が無精ひげを撫でながら高木に話しかける。

 語気に嫌味を込めている。

「もちろんだ、先生」

「クククッ…」

 少し後ろを歩く岬が薄く笑う。

「スライムは指揮官のいない軍隊と同じじゃ、死を恐れない集団、そのかわり統率もない、空っぽなんじゃ…それを知ってからワシはスライムの研究から手を引いた、なのに…あの子は…」

「あの子?」

 高木が聞き返した。

影親かげちかの母親、『桜 綺璃子さくら きりこ』…スライムに憑りつかれた学者じゃ」

「高木、キミも彼女を知っているんだよ」

 岬が少し距離を詰めて会話に入る。

「まさか…」

「そう、素体…今日から『オモカゲ』と呼称するがね」

「ふん、正確には綺璃子きりこくんを摂り込んだ状態のスライムを見た事があるだけじゃろ」

「アレが…桜さんの母親…」

「じゃから違う…姿、シルエットは類似しておるが、中身はスライムのままじゃ」

「……ですかね~」

 岬が少し目を細めて先生を見る。

「スライムが人間を学習したがっているなど…岬、オマエの妄想じゃ!!」


 水槽の前に立つ3人

『オモカゲ』が真っ黒い穴のような目でガラスを隔ててコチラを見ている。

(コレが桜さんの母親を食ったスライム…)

 高木がゴクリを唾を飲み込む。

「高木、キミもスライムを宿して、精神的に落ち着いたようだ」

 岬が高木の左肩をポンッと叩く。

「バカなことを…」

 先生が首を横に振る。

「よいか高木…スライムは、隕石に付着していた単細胞生命だ、それが宇宙から飛来したのか、あるいは地球の微生物が変異したのか、それすら解らなかった、だが…その細胞は無機物でなければ、己に摂り込むという性質を持っていた、最初はエネルギーに変えるためだと思っていたが、どうもそれだけじゃない、時に形態を変化させることがあった…ワシは、その性質を臓器、あるいは身体の再生に利用できないかと考え始めた…」

「そのときの研究チームが『学徒』の始まりさ」

 岬がガラスの向こうの『オモカゲ』にハンバーガーを見せる。

 首を傾げて反応する『オモカゲ』

「大学の研究室を出て、ワシ達は、とある製薬会社に身を置いて研究を続けた、実験と研究を重ねるうちにスライムに刺激を与えると分裂、増殖を繰り返すことが解った、最初のスライムを『ゼロ』と呼称し、分裂を繰り返させた…臓器再生の目途は立たなかったが、スライムに捕食されないまま身体に留めることには成功した…それがキミの左腕に植えこまれた技術じゃ…不思議なことに、共存関係を築ける人ばかりではない、そこに法則が見いだせない…だからワシは手を引いたのじゃ」

「法則ですか…単純な答えを肯定したくなかっただけでしょ、先生は」

「……あり得ん!!」

「高木…キミはどう思う? 実際、同居しているキミの感性が正しいと私は思っているのだが」

「……答えは簡単だ、俺は…スライムに気にいられた…それだけだ」

「クククッ…アハハハ…だそうですよ、先生」

「バカなことを…スライムに意思など…知性などない!! キミも綺璃子きりこくんと同じだ、憑りつかれている!!」

「いや…先生、最後まで講釈をありがとうございました…そろそろ講義の時間は終わりです、次の講義が始まるので…ね」

 タンッ!!

 岬は先生の頭を銃で撃ち抜いた…。

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