第45話 系譜

「ねぇ~どこまで行くの? 桜のトコ帰らないとさ、桜はアタシがいないと心配するんだよ」

 ナミは車の助手席でスナック菓子を食べていた。

 ホテルを出てから数時間、車で走っている。

「検査はホテルの器具じゃ出来ないから…」

 そう言われて、ホテルを出たのだが、呑気なナミも、さすがにおかしいと思い始めている。

「ねぇ~帰りたいんだけど…」

 ナミが後部シートに置いた大きなバックに手を伸ばそうとしたとき、その手をガッと掴まれた。

「痛い!!」

 ナミは振りほどこうと暴れた。

「大人しくしていてくれないかしら…わたしね、海の見える場所で死にたいの…もう少しだから…ね」

 ナミを連れ出した看護婦はナミの顔を見てニコッと笑った。

(怖いよ、この人…)

 ナミは怯えはじめていた。

「あっ、ナミさん、あのとき貰った化粧品ね…使ってみたんだけど、肌に合わなくて」

「そう…」

「でね…お返ししようと思って、今日、持ってきてるの」

「そうですか…」

「アナタの死化粧…わたしがやってあげるから、そのときにね、綺麗にしてあげるから、顔だけは…」

「顔だけ……」

「そうよ、顔だけ、アンタ、ソレで生きてるんでしょ」

「違う!!」

「そう? 身体は、ほら…誰にでも…ねぇ、だから、身体は汚いじゃない、要らないでしょ? わたしが切り刻んであげるから、安心してね…汚い身体の横に綺麗な顔を並べてあげる」

「バカじゃない!! 降ろして、電話して桜に迎えに来てもらうから!!」

「マフィアの娼婦が!! オマエに価値なんかない!! 何の価値も無い!!」

 看護婦はジャケットの内ポケットから取り出したメスでナミの左手をシュッと薄く切り裂いた。

「………痛っ!!」

 少し間を置いて痛みが走った。

「何? 何なのアンタ?」

 ナミが左腕を押さえて身体をドアの方へ移動させる。

 少しでも、この女から離れたかった。

 ドアはロックされている、助手席からは開かない。

「怯えないでナミさん…わたし…アナタのこと嫌いじゃなかった…けど、アナタはわたしとは違い過ぎたの…わたし、綺麗じゃないし、スタイルも良くない…勉強も出来ないし…でも必死で准看護師になれたの、けど…仕事なんてなくて、務めても正看護師に虐められるだけでね、いつしか老人ホームで介護の仕事して…貧乏で…借金して…それで、あの日…やっと、この世界が変わるんだって思ったの…今でも覚えてる、あの人のこと?」

「あの人?」

「そうよ、この日本を変えてくれた人よ、わたしは覚えてるわ、あの人が叫んだ言葉を…」


『もう俺達は食い物にはされない』

 世界に中継で流れた映像、議事堂の壇上で『ナニカ』を語った若者。


「彼は言ったわ!! 虐げられてきた者達で、痛みを知る者だけの理想郷を造る!! 新世界を俺は約束する!! そう言ったのよ!!」


 看護婦の顔は狂気を帯びていた。

 その狂笑にナミは恐怖した。


「満足できない…満たされない…嘘を吐いてまで…過去を偽ってまで、頑張っているのに…いい事なんか何もない…」

 今度は涙を流し出した看護婦が急ブレーキを掛けて、ハンドル顔を伏せて泣きだす。

「それなのに…オマエ達は…娼婦なんて嘘をばっかで…顔だけで…何かあれば身体を差し出すだけで何でも許される…バカみたい…ホント、バカみたい」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る