第44話 孤影

「そうですか…いや夜分に失礼しました先生…それでは…失礼します」

 桜は受話器を置いて舌打ちした。

「桜さん」

「決まりだな…ナミは…さらわれたな」

「ボケッとすんな!! とっとと人集めて探しに行け!!」

 桜の側近が、下っ端のケツを蹴りあげる。

「はい」

 数名が廊下に飛び出して行った。

「探せないだろうな…」

 小さく呟いて桜は、大きく深呼吸した。

「どうしますか?」

「オマエ、もう一度、ホテル内でナミを見たヤツを探して話を聞け、特に…時間だ…いつ頃の話か、誰と一緒に居たか、その2点について知っているヤツを探せ」

「はい」

「俺は、少し…考えてみる…心当たりを」


 桜は、事務所の椅子に深く腰掛けて、窓から空を見た。

 満月が雲に隠れて月明かりを遮った。

(何処へ隠しやがった…)


 俺を、おびき寄せるために………?

(違うのか?)


 桜の頭に、ふと過った可能性。

 桜は、自分が狙いだと思い込んでいた。

 検査というから、ホテルに住まう医師、また出入りしている関係者をあたっていた…

 数名の看護婦とは連絡がつかなかったが、メモにあった検査のことなど誰も知らないということだ。

 つまりは、検査という口実でナミを誘い出した。

 コレは間違いなさそうだった。

 だから医療関係者を重点的にあたったのだ。

 娼婦のナミに人質の価値があると…誰が思うだろうか?

 そもそも、人質なら何らかのコンタクトを取ってくるはずだ、それもない。

(考え違いをしているのかもしれない…俺なんか眼中に無いのか…コイツは…)


 最初からナミが目的だったのか…

 今になってみれば、そう考える方が納得できる。

 蚊帳の外にいる俺が、何の為に? そんなことを考えても意味が無いんだ。


 桜は机の引き出しから銃を取り出して、ジャケットを羽織った。

(何処を探せばいい…)

 ナミが外出する場所なんて知らないし…そんな所をあたっても意味が無い。

(クソッ!!)


 ナミは検査だと言われて呼び出された…医師か看護婦…。

 複数人でナミをさらったのなら隠せるだろう、嘘で口裏を合わせればいいのだ。

 単独なら…それは難しい。

 ナミがホテル内で監禁されているとは思えない。

「桜さん、カメラの映像にナミさんが!!」

 チェックに回した手下が戻ってきた。

「女に連れ出されています…やはり外に出てます」

「自分で確認する」

 桜は監視カメラの映像を見た。

(さらわれた感じは無い…自然に付いて行っている、知り合いか…だろうな…)

 映像を拡大しても、一緒にいる女に見覚えはない。

(それにしても…堂々と歩いているな…)

 カメラなど気にする素振りも無いナミを連れ出した女。

「ヤバイな…」

 桜がボソリと呟いて爪を噛んだ。

 久しく出ることの無かったクセ、桜は精神的に追い込まれると無意識に爪を噛むクセがある。

 ガリッ…

 噛み続け…爪の先が柔らかくなると噛み千切って飲み込む。


「桜さん…この女…看護婦ですよ!! 間違いない…俺、こいつに治療されたことあります…刺されたときに」

「看護婦…検査か…ナミとの接点が出来たか…クソッ!!」

 桜が机をつま先で蹴った。

(やはり、俺とは関係無かったか…娼婦と看護婦…早く気付けば…クソッ!!)


「探せ…コイツの家、部屋、全て洗え…関係者もだ!! 急げ!!」

 桜の声に焦りが濃く混じっていた。

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