第40話 愚者

(殺すな…か…)

「無茶なことを言ってくれる」

 高木は、ガンッと壁を蹴り、自室へ戻る。

 粗末なベッドに横たわり小さな窓から夜空を眺める。

(まったく、何もかもが不自由だ!!)

 無くなった左腕、牢獄のような部屋、逆らえぬ命令…

 何もかもが不自由だ。


 ………

「今日はココで寝るよ」

 身体を引きずる様にベッドに潜り込むナミ。

「好きにすればいい」

「あのさ、眠るまで隣にいてほしいよ」

「あぁ…」

 ナミを背中から抱く様にベッドに身体を沈める。

 ナミの黒い髪に指を通すと、時折、頭がクラッとする。

 眩暈のような、倒錯のような…不思議な感覚に襲われる。

 その感覚、嫌いではないが…時折、遠い記憶に指先を這わせるような奇妙な感覚、それが怖い…。

 クーッ…クーッ…と少し口を開けて眠るナミの横顔を見ていると心が和む。

 桜はナミの髪を撫で、寝付くのを待ってホテルのロビーへ向かった。


「どうした?」

 ホテルのロビーに人だかりが出来ている。

「あっ、桜さん」

 桜に気付いた、何人かの下の者が桜に会釈する。

「何かあったか?」

「いや…桜さんに出張っていただくような事でもないと思いましたので…」

「別に連絡が無いことを責めているわけじゃない…そこの浮浪者が騒動の原因だな?」

「はい…どこから入ったのか…ロビーで行商の売り物を勝手に食いだして…追い払おうとしたのですが…その…」

「なんだ?」

「コレを…」

 桜に差し出された小瓶、その中には5cmほどの『スライム』が入っている。

「コイツが持っていたのか?」

「はい、どこで手に入れたのか聞いたのですが…要を得ないというか…」

「ふ~ん…」

 桜は小瓶を蛍光灯に透かして『スライム』を眺める。

「どこか…違うな…その…なんというか色がクリアだ」

「返せ!! ワシの『ゼロ』だぞ」

 浮浪者が桜に飛びかかる。

「何しやがる!! このジジイ!!」

 下っ端のマフィアが、浮浪者を取り押さえる。

「おい…爺さん、コイツは『ゼロ』というのか?」

 浮浪者に近づき小瓶を目の前に突き出す。

「ワシの『ゼロ』じゃ!!」

「オマエのねぇ…解った…おい、この爺さんに部屋を用意してやれ、風呂に入れて身なりを整えさせろ、臭くてたまらん…明日、俺の部屋に連れて来い」

 桜は浮浪者に小瓶をポイッと投げて返した。

「それと…爺さんが飲み食いした分は、払ってやれよ」

「いいんですか?」

「用事が済むまで、その爺さんは俺の客だ、そのつもりで接しろ」

「しかし…ボケてますよ、この爺さん」

「だから嘘は吐かないだろうさ…たぶんな」

「解りました」

「あぁ、それと…見張りは付けろよ、逃がしました、なんて言ったら…解っているな」

「はい」

「明日、11時に連れて来い」

「おい!! 若いの、昼はの~ハンバガが食べたいの~」

「あっ? 調子に乗るなよジジイ!!」

 下っ端が浮浪者の頭を押さえつける。

「フフ…用意させよう、明日は色々と聞きたいことがある、朝食は和食でいいか?」

「おうおう、ししゃもがいいの~」

「用意してやれ…いいな」

「はい」


 部屋へ戻るとナミが目を覚ました。

「桜…どこ行ってた?」

「あぁ、ロビーに珍客がね…」

「珍客? 誰?」

「それが解らんから…珍客なんだよ」

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