第七章

第39話 運河

(片腕だった…)

 スーツの袖をフラフラと不自然に揺らして歩く後姿が頭から離れない。

 桜はホテルに戻ってからも、片腕の男のことを考えていた。

(高木…だった…いや、見間違いか?)

 顔を見た、その時間は数秒に過ぎない。

(俺を見ていた…笑っていた…)

 目が合ったということは、向こうは自分を見ていたということだ。

 偶然ではない。

 いつから見ていた?

 俺を観察していた…のか?

(なんのために…)


 俺は解るはずも無いことを、考え続けていた。

 心当たりならある。

『マフィア』である以上、恨みなんか数えきれないほどに買っている。

 今日だって…

 だが、アイツは…高木は笑っていた。

 ソレが気になる。


 PiPiPiPi…

 思考に閉じこもっていた俺に手を差し伸べたのはナミだった。

「桜、帰って来たなら連絡頂戴よ~」

「あぁ…そうだった…悪かった、少し疲れて眠っていたんだ」

「ふ~ん、あのさ、コレ飲む?」

「コレ?」

「あぁ、電話じゃ解らないね、あのさ、持っていくよ、今から行っていい?」

「あぁ…もちろんだ」


 10分と掛からず、ナミは部屋に入ってきた。

「あのね、コレ」

 栄養剤を箱で差し出す。

「嬉しい?」

「フフフ…」

「なに?」

「あぁ、嬉しいよ、ありがとうナミ」

 俺はナミを軽く抱きしめた。

「飲んで!! 飲んでみて」

「今かい?」

「今!! 飲ませたくて買ったの!!」

 ミシン目とか気にせずに箱を強引に開けるナミ。

「はい」

(冷えてはいないんだな…)

 俺は温い栄養剤を一気に喉に流し込んだ。

(甘い…な…)

 喉に張り付くような甘さが温さと相まって少しむせた。

「美味しい?」

「あぁ…冷えてればな…」

「うん、冷やしてくる」

 今さらなのだが…

 ナミは冷蔵庫を開ける、

「あのさ~、このプリン食べれる?」

 冷蔵庫の中は、俺の物よりナミが持ち込んだ物のほうが遥かに多い。

「期限大丈夫なの?」

「……大丈夫っぽい」


 俺は冷蔵庫の前でしゃがみこむナミを後ろから抱きしめた。

 愛おしかった…


 ………

「どうだった? 久しぶりの同僚との再会は?」

 岬が高木に聞いた。

 ステーキをナイフで切りながら、口に運ぶ岬。

「おっと…片手のキミには…すまない、配慮が足りなかったね」

 岬は黙っている高木の顔を愉快そうに見ている。

 高木はニタッと笑って、右手で鉄板のステーキを握って、そのまま口に運び噛み千切った。

「様変わりしていたけど…ひと目で解りましたよ、桜さん…あの人は昔のままだ…迷いながら生きている」

「ほう…」

「ただ…迷う時間が極端に短くなっただけ…動作の早いパソコンみたいだ」

「パソコン?」

「アレですよ…メモリに余裕が無くなると動作が遅くなるでしょ、でも不要なデータを消去すれば、動作は早くなる、あの人は何を捨てたんでしょうねぇ」

 ステーキを一切れ口に運んで、岬はワインで流し込んだ。

「高木…桜を此処に連れて来れるか?」

 高木はステーキを鉄板に戻して、右手をベロンと舐めた。

 指についたソースをしゃぶり、テーブルクロスで無造作に拭き取る。

「DEAD OR ALIVE ?」

 高木は流暢な英語で岬に尋ねた。

「フフフ…ONLY ALIVE…当然だろう」

 高木はワインを手に取り静かに飲み干し、つまらなそうな顔で席を立って部屋を出て行った。

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