第34話 贈与

「しばらく呼ばれないと思ったら、死んだんだってアイツ」

「そーなんだ…」

「って、ナミ、アンタどうすんの?」

「ん~わかんない…お金は貰ったけど~」

「アタシは出るわ…また、街で客取るわ」

「ん~そうなんだ…」

「ナミも行かない?」

「ん~少し考えてみる」


 部屋に戻って、冷蔵庫からグレープフルーツジュースを取り出して、一口だけ飲んで、「はぁ~」と深いため息を吐くナミ。

(呼ばれないまま、此処に居られればな~)

「まぁ無理か…」

 ボソッと言い聞かせるように呟いてベッドにゴロンと横になる。

(此処も好きってわけじゃないか…けどな~)

 窓の方に身体を向けて、またため息を吐く。

 窓からは空しか見えない。

(街に戻るのも嫌だな~)


 枕の脇に置いたグレープフルーツジュースを指で転がしながら、何か考えている。

(ちょっと知り合いも出来たしな~)

 口を尖らせてちょっと考える。

(看護婦さんと………桜……う~ん…だけか?)

「う~ん…狭いな~世の中って…」

 窓に縁どられた空を見ている…

(ホントに狭いや…空も四角い…)

 自分が飼われているのだと嫌でも知ってしまう。


 それから3日、ナミは部屋から出ずに過ごした。

 内線が鳴る…

(呼ばれた…)


 シャワーを浴びて、派手な下着に着替える。

 短めのスカートを履いて、上層階へ向かう。

 いつもの部屋…気が滅入る。

 ノックして部屋へ入る。


「あっ…」

「やっぱり…キミか…」

「桜…なんで?」

「数日前から、此処に住んでいる…前任者の引き継ぎで…その…娼婦を…」

「あぁ…切ってたの?」

「まぁ…そうだ…」

「そうなんだ…大体、解ってた…アイツが死んだって聞いてたし、出て行くんだろうなって…」

「あぁ…」

「うん…じゃあね…」

 ナミが部屋から出て行こうと背を向けた。

 長い黒髪が、ふわっとなびいた。

 ズキッ…軽い頭痛に桜の右目がヒクッと痙攣した。

「あっ…此処に居たいか?」

「ん…よく解らない…」

「そうか……それが解るまで…居ればいい」

「どういうこと?」

「別に…たまに話し相手になってくれるだけでいい…嫌なら出て行けばいい、それが決まるまで、今まで通り、このホテルで暮らせばいい」

「いいの? ナミ居ていいの?」

「あぁ…金は今まで通り払うよ」

「うん…あのさ…ありがとう」

「あぁ…此処で見知った顔は少ないから…なんとなくな…」

「うん…」

 桜の見知った顔は、大概、すぐに消えていく…

『ボトムズ』であった桜には、自分達が消耗品だという自覚があった。

『マフィア』になった今でも、そう変わりはしない。


 ナミも同じだ。

『娼婦』という消耗品。


 だからだろうか…ソレを捨てることができなかった。

 見知った顔を消すことを躊躇った。


 人に銃口は向けられるようになったのに…


(俺は…甘くなったのか…それとも…)


 ナミは様子が変わった見知った部屋を鼻歌まじりで観察している。

 貰われてきた猫が新しい家を確認するように。

「なんか、殺風景だね…今度、何か買いに行く?」

「あぁ…そうだな…」


 座り慣れない椅子に腰を下ろしてナミを目で追う。

 その目が、ふと緩んだことに戸惑っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る