第33話 甘受

 古いワインのボトルを眺めている男、部屋の内線が静かなコール音を4度無視している。

「ふぅ~っ」

 大きなため息を吐いてボタンを押す。

「なんだ?」

「ボス…報告が…」

「急ぎなのか?」

「あ…いえ…後にしましょうか?」

「……いや構わん…」

「昨夜、その…送った『盾』のことですが…」

「…『盾』……あぁ…どうした?」

「死にました…」

「そうか…で?」

「いや…報告までなのですが…」

「…『スライム』に食われたの?」

「いえ…その『ボトムズ』に…」

「殺された…」

「はい…」

「ふ~ん…口数が多いヤツは早死にする…昔から言われてるもんな…」

「あの…それで…彼の身辺整理…どうしたら?」

「ん? 私物は好きに処分してしまえ、売るなり、盗るなりオマエの好きにしろ」

「あっ…いえ、その娼婦達は?」

「アイツの…そうだな…まぁ、アイツの金を分配してやれ」

「あっ…はい…その後は?」

「ん? 引き受け手があれば此処に残れるけどな…無ければ街に帰せばいいさ」

「解りました…とりあえず、娼婦は3人…均等に分配します」

「あぁ…それとな…オマエ、アイツを殺った『ボトムズ』知ってるか?」

「はい…桜という男です」

「ふ~ん、その『ボトムズ』…桜っていったか? 躊躇いなく『盾』を始末するか…いいね…」

「えっ?」

「その『ボトムズ』に会わせろ」

「はい?」

「すぐに呼べ!!」


 コンコンッ…

(此処がボスの住処…最上階か…)

 俺には縁の無い所だと思っていたが、向こうからハシゴを降ろして来るとは…


「入れ」

「失礼します」


 思ったよりボスは若かった…40歳手前くらいか、背は高いが華奢な体つき、目だけが暗く濁り、深淵を覗いているような気持ちにさせる。


「桜くん…キミが殺した『盾』は、殺される数時間前まで、私の部下だったんだ」

「……そうでしたか…それで?」

「それで? クククッ…いいね、思ったとおりだ」

「詫びでも入れろと?」

「ハハハハッ…冗談だろ、使えぬ部下の始末、ご苦労さまだった…礼を言いたくてね」

「別に…そんなつもりじゃなかった…いや、知らなかったんで」

「よく喋っただろう? アイツ」

「はぁ…まぁ…」

「それで殺した?」

「それだけじゃありませんけど…」

「それもあるってことだね」

「まぁ…」

「いいね…キミは口数が少なそうだ…そういうヤツは信用できる…スジも良さそうだ」

「なんで呼ばれたのでしょうか?」

「オマエ…仕事を継げ」

「はい?」

「殺した後始末は自分で背負え…そういうことだ…とりあえず、部屋を用意する…期待しているよ…桜くん…戻っていい」

「はい…」


「私だ…あぁ…アイツの部屋な…桜に使わせろ、私物以外、そうだな娼婦もまとめて、ヤツに預けろ……」


 俺は1週間後、部屋を移った。

 最上階の2つ下の階層。

「眺めは変わらないな…」


 俺の眼前に広がる世界、また少し自分から離れていった世界…


「なんでもないさ」

 ただ…少し世界が遠のいただけ…

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